リリー45 (十七歳) グランディア
『あのっ! こんにちは!』
「?」
移動教室で講堂に行く途中、大きな声で呼び止められた。ここはけっこう通行人が多いエントランス。他のカラーの制服の皆様も、じろじろとこちらを横目で見ている。
そーだよね。悪役と主人公のイベントって、大体が影でこっそりではなくて、目撃者多数の場合もあるあるだよね。
無視なんて、絶対的な意地悪は出来ないよ。だけど立ち止まっただけの私に代わって、フィオラちゃんが素早く対応してくれた。
「ご用件は?」
右側のフィオラちゃんは、背が低くてとっても可愛らしいけれど、厳しい事はビシッと言えるかっこいい後輩。
頼もしい。
だけど内心では、それは主人公なので、そっと取り扱って欲しいとも願ってる。
くれぐれも、どんなふざけた発言を主人公が言ったとしても、私に代わってビシッて叩いたりしませんように……。
少し会話して戻って来たフィオラちゃん、微妙な顔で私を見た。
「王太子殿下が、姫様をお呼びだそうです」
私に伝わった事を確認した主人公は、頼んでもいないのに九十度に頭を下げて歩き去る。
グーさんが、私に会いたいって……。
真っ先に考えた、なんで主人公が、それをわざわざ伝えに来たって思うでしょ?
グーさん、仕事が忙しいから私に来て欲しいって、でもこれってきっと、イベントの一部なんじゃないかと思うんだよね…。
主人公とグーさんの間に悪役が挟まる事による、主人公が困っちゃう悪役障害物イベント。
何処にお呼ばれしたって、関係性の薄い主人公を虐めるつもりは全くないけど、考えてみると、私がお邪魔するだけで主人公の気持ちはささくれ立つものなのかもしれない。
仲間たちはもちろん怪しんでいたけど、私には心当たりがあった。そろそろ、手作りお菓子のお返しを欲しがっていそうかもなって。
だって子供の頃にダナーの城に来てた頃は、持ってきてくれたお菓子のお礼に、お帰りの際はうちの係の人が、それなりの手土産渡していたのだし、後からグーさんのお城にお礼を送ったりもしたって言ってたのだし。
そんなお礼のやり取りを聞いていたから、私も子供ながらにお手紙に、花瓶の千切ったお花を差し込んでみてみたり…。
グーさんて性格もだけど、色々と細かい気づかいしなきゃいけないのも、けっこう面倒くさいんだよね…。
いやグーさんのせいじゃなくて、気づかいは現在世のマナーなのかもしれないけれど。
**
翌日。
手作りクッキーのお返しは、私の手作りだと思うでしょ?
だから私、過去世でも、炊飯器の水の量もわからないレンチン派。炊飯器にご飯が残っていたら限定の自慢の自作おにぎりは、中にマミー作のおかずをつめちゃう超時短弁当。
現在世では、お出かけ用に、パンの中にお肉やお魚をつめてみたらって自慢の時短提案したら、下の兄貴が貴族の食事のなんたるかという、長々としたメニュー説教を私に語り続けた事もある。
そうなんだよ、作れないって。
なのでうちの自慢のシェフのケーキ持ってきた。可愛いホールケーキは、私にとってはペロリと一人前小さめサイズ。
これを渡したら直ぐに帰ってくるね。
「お気をつけて」
今日の護衛はメイヴァーさん。あの長ーい廊下の手前に、彼を置き去りにして私は頑張って一人で歩く。
この前通ったからかな? あの時よりも何だか今日は短く感じる。そして問題の近道、中庭にたどり着き、城内に入ったところで係の人が現れた。
「ご案内致します」ペコリ。
はい、お願いいたします。
先を歩く係員の後をついていく。
開かれた扉、思ったよりも広い部屋。応接間を横切って続き部屋の執務室に入ったら、グーさんではなく、何処かで見たような、会ったことのないおじさんが立っていた。
(……誰?)
振り返ると、ここまで案内してくれた、係の人が居なくなっている。
「其方、右大臣の娘か?」
はっ!! やべ!!
思い出した。絵姿でしか見たことないおじさん。実物、雰囲気違うから分かんなかった!
「国王陛下に、黒の安息を捧げます」
慌てて腰から頭を下げたよね。




