70 アーナスター
スクラローサとアーナスターの追手から逃れてはいるが、自由気ままに国内外を行き来できる道を知っている。
オルガンは、長年の結界で鎖国化し、歪んだスクラローサ王国を船上から眺めていた。
およそ二百年前、当時は他国に普及していなかった保温庫、保冷庫、冷風機、温風機。境会の聖女が国に与える知識として、不定期に行われる発表会。
それらをスクラローサ王族が先立って使用し先進的だと謳われたが、スクラローサ貴族は見せびらかすだけで独占し、国民や外国への輸出は無かった。
やがて時と共に、他国でも同じ様な物は開発され、広く国民に行き渡り、競うように新製品が開発される。
結果、聖女の作り出す目新しい商品を、先進的な技術だと傲り独占していたスクラローサは様々な開発に乗り遅れ、今では閉鎖的な島国の様に浮いていた。
「境会が、代々フェアリーという聖女を崇め、利用し、今でも他国に輸出入などを規制し害を与えている。正常な取引が出来ないスクラローサは、残念だ」
そしてスクラローサの後進は、貴族の娯楽商品に力を入れて、一般庶民の生活を改善する商品の普及が、著しく低い点にもあった。
王宮内にある境会の大聖堂。その上空には結界である三叉の矛が浮かんでいる。
「次代、トイの王子からの封書です」
「来ちゃったか……」
開いた手紙を見たオルガンは、片手を首に溜め息を吐いた。
「参ったね。例の貢ぎ物、黒の姫様に似てないって怒ってるよ」
「トイの王子は、令嬢と会ったことがあるんですか?」
「無いだろう。だが、今は通学されているからなー…」
王都の学院に通うリリーの美しさは、絵姿となって国内外に知れ渡っている。
「あの人なら、本物を寄越せって、収まりつかないんじゃ」
「本物は、もう渡すわけにはいかないからな…」
オルガンが今まで接したことの無い稀有な少女を、今は商品としては見れなくなった。
「取りあえず、島に着いたら別の者を早急に用意しろ。黒髪、青い目、美人。それでもう一回、様子を見よう」
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アーナスターがいつものように中庭から学生食堂を見上げていたら、立ち上がったリリーが手を振った。
「アーナスターさん! お時間があるかしら?」
「!!」
断るわけがない。急いでリリーの元へと向かうと、食堂にたどり着く手前、黒の制服が待っていた。自然に人払いされた廊下には、リリーとアーナスターの二人だけ。
「……ぁの、」
緊張に震えたアーナスターの褐色の頬は赤くなったが、よく見ると、リリーの口は不満に結ばれている。
「?」
「この前の事なの」
「??」
「王宮はね、庶民の生徒の方には、とても危険な場所でもある。貴族や王族の中には、愚かにも命をもてあそぶ者もいるの」
「……はぃ」
「この前、アーナスターさんはとても危なかった」
「……はい」
「私、貴女は大切なお友達なの。危ない事は、してほしくない」
「はい」
深刻な表情は、アーナスターのはっきりとした返事に満足して微笑んだ。
「よく怒られる私が言うのも説得力がないのだけれど、お互い気を付けましょう!」
出された手に逡巡したが、おずおずと握り返す。そしてそのまま、リリーはアーナスターと食堂の席に着いた。




