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  「王太子殿下に、白の清廉を」


  金の髪、空色の瞳の優しげな印象のグランディアとは違い、精悍な顔立ちに酷薄そうな薄い唇。美しい白髪と血の様な赤い瞳。その顔は、グランディアとリリーを見比べて意味深に首を傾げた。


  「ああ、婚約中のお二人の間に、いつも割り込んで申し訳ありません。お邪魔でしたか?」


  「……」


  一番聞かれたくない者に、余計な事を聞かれた。表情を管理できずに、明らかに眉をひそめたグランディアを見て、フィエルは困ったように笑う。


  「殿下に、一つ助言を差し上げます」


  「?」


  「それほどまでにリリエル・ダナーが厭わしいのなら、無理に婚約を続ける事はありません」


  「なんの事だ」


  「だって言ったじゃありませんか、この婚約は、国王陛下のお気持ちで保たれていたのだと」


  「それは「安心しました。これで纏わりついてきたダナーの者と、晴れて縁が切れますね」


  「フィエル・アトワ、何を言っている……!」


  涼しい顔のフィエルに対し、グランディアは怒りに拳を握りしめた。


  睨み合う一触即発の場は、グランディアが先に手を出すかに思われた。だがフィエルは、赤い瞳をスッと逸らす。


  「そちらは、境会(アンセーマ)の聖女ですね」


  『!!』


  グランディアの影に隠れて俯いていたはずのフェアリオは、今はぼんやりとフィエルを見つめていたが、自分に話が向けられると、再び慌ててグランディアの袖を引いた。


  「ご婚約者だったのですね、私、どうしよう、私がグランディア様と一緒に居たのが悪いんです」


  「「?」」


  「お許しください……」


  突然許しを乞う聖女に、グランディアは戸惑いフィエルは一度口を噤んだ。だが視界の端、リリーの震える拳に気付いて、フィエルは改めて聖女の全身を確認する。


  今は完全な黒髪に青い瞳の聖女フェアリーン。だが前に廊下ですれ違った印象とは異なり、弱々しく謙虚な姿が不快ではない。


  だが王太子の袖を離さない姿を見て、フィエルはフッと鼻で笑った。


  「歴代の境会(アンセーマ)の聖女は、とても王族と縁があるようで、そのほとんどが王族との子を生している」


  「……何の話ですか?」


  「ご存知ありませんか王太子殿下? ああ、そうかもしれません。王族と聖女の血の系譜は、王家ではなく、全て境会(アンセーマ)で管理されているそうですから」


  「?」


  「つまり私が言いたいのは、親から押し付けられた婚約者を切り捨て、想う人と結ばれる。今が絶好の機会だと」


  『……』


  「ハーツ大公子、口が過ぎるぞ」


  「申し訳ありません、何もかも、平民の私が婚約者の方に嫌な思いをさせた事が悪いんです」


  「「……」」


  聖女が口を開く度に、意識が強くそちらに向いてしまう。妙な違和感に涙ぐむ聖女を見つめると、それを慰めたくなった。


  「こちらでしたか!」


  呼び掛けに我に返った。回廊から現れたのは深緑色の制服(スクラディア)、しかもそれは、ナイトグランドのアーナスター。


  『!!』


  「お話し中に申し訳ありません。王太子殿下、そして黒の大公女様と白の大公子様に、ご挨拶致します」


  慇懃な挨拶に、リリーだけがこくりと頷いた。それを確認すると、金色の瞳は聖女を捉える。


  「は…初めまして、私はフェアリオ・クロスです」


  「……初めまして。ピアノ・ナイトグランドです」


  「何か急用でも?」


  グランディアの問いかけに、アーナスターは頭を振る。


  「いえ、急用ではありませんが、お三方が居られるのに、素通りは出来ませんでした。王太子殿下にお訊ねしたい事があったのですが、日を改めます」


  「!」


  フィエルは、アーナスターの態度を見て違和感の正体に気付いた。華麗に礼をしたアーナスターは、蒼白な顔のままのリリーに会釈し微笑むと、その場を後にする。それを見たグランディアは、強ばるリリーが微かに震えていることに、初めて気が付いた。


  「……」


  言葉なく、グランディアは逃げるようにその場に背を向け歩き去る。それを聖女は追いかけて、和らいだ光の庭園に残されたのは、黒と白の制服の二人だけになった。



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