66
「王太子殿下に、白の清廉を」
金の髪、空色の瞳の優しげな印象のグランディアとは違い、精悍な顔立ちに酷薄そうな薄い唇。美しい白髪と血の様な赤い瞳。その顔は、グランディアとリリーを見比べて意味深に首を傾げた。
「ああ、婚約中のお二人の間に、いつも割り込んで申し訳ありません。お邪魔でしたか?」
「……」
一番聞かれたくない者に、余計な事を聞かれた。表情を管理できずに、明らかに眉をひそめたグランディアを見て、フィエルは困ったように笑う。
「殿下に、一つ助言を差し上げます」
「?」
「それほどまでにリリエル・ダナーが厭わしいのなら、無理に婚約を続ける事はありません」
「なんの事だ」
「だって言ったじゃありませんか、この婚約は、国王陛下のお気持ちで保たれていたのだと」
「それは「安心しました。これで纏わりついてきたダナーの者と、晴れて縁が切れますね」
「フィエル・アトワ、何を言っている……!」
涼しい顔のフィエルに対し、グランディアは怒りに拳を握りしめた。
睨み合う一触即発の場は、グランディアが先に手を出すかに思われた。だがフィエルは、赤い瞳をスッと逸らす。
「そちらは、境会の聖女ですね」
『!!』
グランディアの影に隠れて俯いていたはずのフェアリオは、今はぼんやりとフィエルを見つめていたが、自分に話が向けられると、再び慌ててグランディアの袖を引いた。
「ご婚約者だったのですね、私、どうしよう、私がグランディア様と一緒に居たのが悪いんです」
「「?」」
「お許しください……」
突然許しを乞う聖女に、グランディアは戸惑いフィエルは一度口を噤んだ。だが視界の端、リリーの震える拳に気付いて、フィエルは改めて聖女の全身を確認する。
今は完全な黒髪に青い瞳の聖女フェアリーン。だが前に廊下ですれ違った印象とは異なり、弱々しく謙虚な姿が不快ではない。
だが王太子の袖を離さない姿を見て、フィエルはフッと鼻で笑った。
「歴代の境会の聖女は、とても王族と縁があるようで、そのほとんどが王族との子を生している」
「……何の話ですか?」
「ご存知ありませんか王太子殿下? ああ、そうかもしれません。王族と聖女の血の系譜は、王家ではなく、全て境会で管理されているそうですから」
「?」
「つまり私が言いたいのは、親から押し付けられた婚約者を切り捨て、想う人と結ばれる。今が絶好の機会だと」
『……』
「ハーツ大公子、口が過ぎるぞ」
「申し訳ありません、何もかも、平民の私が婚約者の方に嫌な思いをさせた事が悪いんです」
「「……」」
聖女が口を開く度に、意識が強くそちらに向いてしまう。妙な違和感に涙ぐむ聖女を見つめると、それを慰めたくなった。
「こちらでしたか!」
呼び掛けに我に返った。回廊から現れたのは深緑色の制服、しかもそれは、ナイトグランドのアーナスター。
『!!』
「お話し中に申し訳ありません。王太子殿下、そして黒の大公女様と白の大公子様に、ご挨拶致します」
慇懃な挨拶に、リリーだけがこくりと頷いた。それを確認すると、金色の瞳は聖女を捉える。
「は…初めまして、私はフェアリオ・クロスです」
「……初めまして。ピアノ・ナイトグランドです」
「何か急用でも?」
グランディアの問いかけに、アーナスターは頭を振る。
「いえ、急用ではありませんが、お三方が居られるのに、素通りは出来ませんでした。王太子殿下にお訊ねしたい事があったのですが、日を改めます」
「!」
フィエルは、アーナスターの態度を見て違和感の正体に気付いた。華麗に礼をしたアーナスターは、蒼白な顔のままのリリーに会釈し微笑むと、その場を後にする。それを見たグランディアは、強ばるリリーが微かに震えていることに、初めて気が付いた。
「……」
言葉なく、グランディアは逃げるようにその場に背を向け歩き去る。それを聖女は追いかけて、和らいだ光の庭園に残されたのは、黒と白の制服の二人だけになった。




