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  「この場を無かった事にしろ」


  「ですが、これは大変な事態なので、報告しないわけには…」


  硝子に輝く廊下を、ぼんやりと緊張感なく見つめるダナー家の大公令嬢。何の事かと状況を把握出来ていない教師を見て、フィエルは赤い瞳をすっと眇めた。


  「この建物の管理不行き届き、正直、教師の総取り替えでは済まないかもしれない」

 

  「!?」


  「施設管理長はもちろんの事、学院長を始め、どこまで責任を問われ、何を求められるか」


  「……そ、それは?」


  「跡取りの顔に傷を付けたのだ。左側(うち)ならば、責任者たちの命を貰う」


  「!!」


  「もちろんそれだけでは済まないな。この現場には()()が揃っている。まあ、あれは跡取りではないのだが、それでも唯一の娘だろう? 正直、右側(ダナー)が学院にどこまで何を追求するかは、想像出来ない」


  現実が腑に落ちた。青ざめていた教師は、ガクガクと全身が震え出す。


  「あの者は、見た目に怪我は無いようだ。それを受けた私は、この場を不問に処すと言っている。新たに多くの教員たちを育てる時が、無駄にならない様に」


  「ハーツ大公子殿下……お助けを……」


  「だが、それはこの場を全て、塵一つなく、早急に元に戻せればの話だ」


  「はい、……今、直ぐに、」


  「あの、お話のところ悪いのだけれど、それよりも早く手当てを「お前には関係ない」


  控えめに声をかけてきたリリーを、再び素っ気なく突き放す。それに蒼の瞳は半眼になったが、教師が突然跪いた。


  「お許しください!! ステイ大公女殿下!!」


  「先生?」


  「お怪我は無いとは伺いましたが、御身は、大丈夫でしょうか?」


  「ええ、私はそれは無いのだけれど、そこの方の治療をお願いいたします」


  「畏まりました、ですがどうか、どうか、この学院の管理不足、ご内密にして頂けたらと、平に、平にお願い申し上げます」


  跪き震える教師。困惑にそれを見つめたリリーは、怪我をするフィエルに目線をずらした。すると再び、赤い目はフンと逸らされる。


  「……先生、お立ちください。お立場、理解出来ます。この場は右側(ダナー)ではなく、怪我を負った左側(アトワ)に任せます」


  同じ様に膝をつき、震えの止まらない男の肩に手を置いた。神を崇める信者の様にリリーを見上げる教師の姿を確認すると、フィエルはその場を立ち去った。



 **



  「どうしたのですか!? その頬のお怪我は!!」


  フィエルが貴族専用サロンに戻ると、主の整った顔に貼られた数ヵ所の傷当てを見た白制服の者たちは、騒然となりいきり立った。


  蒼白になったラエルが駆け寄ると、フィエルは人払いに他を遠ざける。


  「至急、別棟に人を送れ」


  「そこで何が?」


  「襲われた」


  「右側(やつら)にですか!?」


  「違う。だが確実に、犯人の痕跡を見つけ出せ」


  どかりと椅子に腰かけるフィエルに、近寄れず遠巻きから眺める者たち。そして彼らから、赤い瞳は唯一信じる護衛に移った。



  「ラエル、それが何であろうとだ」



 **



  「異世界からやって来た?」



  「……はい。学校からの帰り道、寄り道に通った森の中から、ここに……」


  帝王学の中に、聖女に関する記述があり、もちろんグランディアもそれを目にしている。だが遥か二百年前から続く伝承は、聖女とされる偶像を利用した、境会の広告だと思っていた。


  「殿下、この者は頼る者がおりません。良ければ、少しの間でも、お話し相手になって下さると幸いです」


  「……それは、構わないが」


  「ありがとうございます! 私、とても不安で、本当に助かります」


  リリーによく似た雰囲気の美しい少女は、分かりやすくグランディアを求めてすがる。


  「あの、図々しいお願いなのですが、昼食を、王太子殿下とご一緒しては、駄目ですか」


  「……」


  「聖女様、王太子殿下を困らせてはなりません。殿下には、婚約者が居るのですから」


  「あ、そうなのですね、申し訳ありません…」


  見れば見るほどダナー家の者たちと見劣りしないが、その色は、暖かい陽射しに包まれている少女。


  そして何よりグランディアは、フェアリオの自分と同じ瞳の色が気になった。


  「構いませんよ。ご一緒しましょう」


 


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