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2話 ビッツ村




 ビッツ村の中心には大きな倉庫がる。


 村の民家は木造で壁に粘土を塗り屋根は藁葺で造られているが、この倉庫の外壁は赤レンガで屋根は瓦で造られている。村で唯一重厚な建物だ。


 倉庫には収穫された麦や野菜、紡ぎ終わったウールの糸が集められ関税が掛けられる。それが終わると農産物や生産物は街へと出荷される。


 倉庫の中では数人の男女が作業をしていた。

 季節は5月下旬。麦の収穫を終えたこの時期、脱穀を終えた小麦や大麦、ライ麦は次々に出荷されていく。倉庫の中の村人は次の出荷に向けて準備をしている。



 イグが馬車を倉庫の横に付けると恰幅のいい初老の男と中年の女2人が倉庫の中から出てきた。


「よう!フロイツ、早かったな」


 イグの肩を叩き陽気に話す白髪交じりの男の名はロールド・マイズミン。彼は村の産物を一手に集めたこの倉庫で交渉や価格設定等を担当している。そして、両親のいないリュオの保護者でもある。

 因みにマイズミンを含めこの村の人間は皆人族だ。リュオの様に獣耳や尻尾は付いていない。


「どうも。今回は順調な旅で助かりました」


「がっはははっ!何より何より」


「言われていた品と、それからくぎの相場が上がりそうでしたので、高騰する前に買っておいた物をお持ちしました」


「おい」


 マイズミンが指示を出すと女達が馬車の荷台に被せてあった牛革のシートカバーを畳み上げる。荷台には塩の入った木箱、鉄製の鍋や足踏み式糸車のなんかも積まれていた。


「これが最新式の糸車だね」


「どうやって使うんだろうね」


 女達は初めて見る足踏み式糸車に驚き、手で触って観察している。


「これがこの前話していたヤツですよ。何でも大都市エルトハイデンから入った物で、今までの手回し式糸車よりも2倍から3倍の速さで糸を紡ぐことができるそうです」


 イグは荷台に乗り込みむ。

 そして糸車を仕入れた商会で教わった使用方法をこの場にいる3人に懇切丁寧に説明た。


「こりゃー画期的だな。それにこれなら村でも同じ物が作れそうだぜ」


「ええ、構造は単純ですから、木材を加工して作れると思います」


 マイズミンの意見にイグは同意した。


 女達も感心した様子で糸車を触っている。


「これで、冬の手仕事が楽になるね~」


「ああ、糸紡ぎと旦那の世話で冬は大忙しだからね。嬉しい限りだ」


「あっははは、違いない」


 女達は顔を綻ばせ楽しそうに痴話言を話す。


「それがこいつのせいで都市部では糸が値下がりしているという話しを聞きました。生産量が増えれば糸の単価が下がりますから単純に冬の仕事が楽になるという訳ではないかもしれませんよ」


「なんだ、そうなのかい?美味しい話しってのはないもんだね」


「ええ、そのようです」


 イグの話しは本当だった。

 今年の春に売り捌いた糸を最後にクロッフィルンでも糸の値段が下がり始めている。来年になればおそらく今よりもはるかに値下がりするだろう。


 イグが悪い訳ではないのに申し訳なさそうにしていると、女達は明るく弄る様に話し掛けてくる。


「フロイツさんはもうここへは来ないんだろう?」


「はい、今日が最後の行商になります」


 イグは5年間続けていたクロッフィルンとビッツ村の往復を今回で最後にしようと決めていた。


 彼には夢がある。

 それを叶えるためにこの2年間努力して貯金をしていた。達成にはもっともっと金が必要で、2年間で貯めた金を軍資金にして他の土地へ行き、さらに利率の良い商売を探すつもりでいた。


「フロイツさんみたいな行商人が来てくれると、色んな情報をもらえるから助かるんだけどね~」


「そうそう!ここのところ悪い話しばかりでさ。考え直しなよ~」


「すみません。……ですが悪い話しばかりではありませんよ。糸が値下がりすれば、お美しいお二人に似合う仕立ての良い服が安く手に入るはずですから」


 イグの言葉に女達は「まぁ」と顔を合わせた。この場は商人の方が一枚上手だったようだ。


 この時代、服の値段はべらぼうに高く女は服を3枚持っていれば幸せだと言われていた。リュオが着ていた目の粗い麻のワンピースを一着作るのに女一人で糸紡ぎから作業を始めて4ヶ月はかかった。

 イグが着ている目の細かい仕立ての良い麻のシャツやベスト、ズボンは、彼の荷馬車よりも高い。

 それが高級なシルクになると一枚の服が相棒のオルトハーゲンよりも高くなる。


「まぁまぁフロイツにも事情があるんだ。よしっ!荷を下ろしてくれ」


「はいよ」「任せな」


 マイズミンの合図で女達は荷台から荷物を下し始めた。その動きは手馴れていて、てきぱきと働いている。


くぎは助かるな。夏になれば冬に向けて家屋の補修でたくさん使う。しかし鉄が値上がりしてるってことは傭兵団が動いてるって噂は本当だったんだな」


「さすがです。もう耳にしていましたか。ここに来る前にクロッフィルンにエスニーエルト伯爵の傭兵団が100人近く集まっていました」


「100人くらいじゃ鉄の相場なんて変わらないだろうに」


「商人とは先を予想してしまう生き物です。そこに過剰な期待が加わり相場は過熱する。まぁただそれは一時的なものだと思いますが」


 傭兵団が動けば街で武器や防具や馬車等を調達する。すると鉄が使われるから自然と相場が高騰する。


「だろうな。だがこれでクロッフィルンとオロイツの間に潜んでいる大盗賊も一掃させる。俺達としてはエスニーエルト伯様様だな」


「違いありません。私の仲間も何人かやられましから。あいつらは狼や熊よりも質が悪い」


 野盗は少人数で行動するが、この大盗賊は大所帯で4、50名の構成員がいると考えられていた。どこから来たのかは不明で今年の春先から出没するようになり、商人達は多くの被害を出していた。


「狼や熊か。なぁフロイツ、最後なんだ、教えてくれよ。お前、どうやってフルリュハイト大森林を抜けている?」


 マイズミンは目を細め顎髭を撫でながら興味深そうに聞いてくる。


 フルリュハイト大森林とはクロッフィルンとビッツ村の間にある広大な森林のことだ。この森は林業を営むキコリやマタギを除いて、ここ数年通る者はいなかった。手付かずの自然が多く狼や熊が高頻度で出没するからだ。

 数年前までは行商で通る者もいたが、護衛を雇わなければとても森を抜けることができず、その経費を差し引くと割に合わない商売になる。故に、この森を抜ける行商人は現在はイグ一人だけとなっていた。


 クロッフィルン→オロイツの街→フィルッツ村→ビッツ村と通るルートが一般的だがこれだとクロッフィルンからビッツ村に着くまでイグが通るルートの3倍は時間がかかった。

 それにクロッフィルンとオロイツは相場が殆ど同じで、行き来するだけ時間の無駄になるのだ。


「マイズミンさんのことは親父のように慕っていますが、商人には1つや2つ秘密があるものです。それは私の飯の種ですので、親兄弟にも秘密にしようと思っているんですよ」


「がっはははは。まぁいいか。お前が来てくれたおかげでこの村は陸の孤島ならずに済んだ。それにお前、うちの麦を少し高く買ってくれるていただろ。感謝してるんだぜ」


 イグが特別な何かをやってフルリュハイト大森林を通り抜けているのは確かだった。でなければとてもじゃないがあの森を一人で抜けることはできない。しかしマイズミンも含めこの村の人間はその秘密を無理に暴こうとは思っていない。

 それはここの住人がイグを家族の様に信頼していたからだ。


 現在24歳のイグは19歳の時に見すぼらしい格好で大きなリュックを担ぎこの村へやってきた。それから5年間、欠かすことなくこの村へ通っている。それは短いようで長い付き合い。誠実なイグが信頼されるには十分な時間だった。


「クロッフィルンでビッツ村の麦と言えばそれはそれは高く売れるんですよ。扱っている私の鼻が高くなる程に。私はこの村のお蔭で、相棒も持てましたし、こんなに良い身なりをさせてもらえるようになりました。一度だって高いと思って仕入れをしたことはありませんよ」


 マイズミンはその言葉を聞いて目頭を熱くした。それが商人の方便だと分かっていても、子供のいないマイズミンには立派になった息子のように思えたからだ。


「言うようになったじゃねーか。息子よ」


 マイズミンはイグを抱きしめ、イグもまた少し目を赤くして、はにかみながらマイズミンを抱きしめた。お互いに5年間積み上げた感謝の思いがあった。


「夕方までに荷の準備をしておく。それとうちに泊まるんだろ?ミーミアとリュオには話しておくぜ」


「はい。お世話になります。そうだ、さっきリュオに会いましたのでミーミアさんには伝わっていると思います」


「おお そうか」


「そうだ。オルトハーゲンにリンゴをあげようと思っていたのですが、まだ残っていますか?」


「ああ、あるぜ。もう在庫が少ねぇから残っるやつは全部持って行け。置き場所は分かるよな?」


「ええ。ありがとうございます。それでは倉庫の中を覗いてきますね」


「おう」


 マイズミンはニッと笑いイグは頭を下げて、倉庫に入っていった。


 ここで現金のやり取りは無い。地方は現金不足に陥りやすく、それを補填するために現金と交換することはあった。そのような理由が無い場合は基本的に田舎での商売は物々交換でおこなわれる。



 オルトハーゲンはこの倉庫の横の馬屋に預ける。

 イグはオルを馬屋に入れると、水を飲ませ干し草を与えた後、リンゴを食べさせてやった。








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