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19話 レッカ亭


 イグが準備中の店内に入ると中は薄暗くカウンターの奥の厨房で若い男女が作業をしていた。

 厨房で仕事をしていた男が、イグが麦を運び終えたのに気付くと前掛けを着けたままホールに出てくる。


「ようイグ。いつも悪いな」


「いえ」


 男は茶色い髪を短髪にし切れ長で鋭い目付き、身長は180センチに足りないくらいだろうか。ただ肩幅がありガッチリしているからイグよりも大きく見える。

 彼の名はアンドリック。この店の主でバーバラの兄である。


「食材が値上がりして困ってるよ。市ではここら辺で取れた麦100キロがウルマーク銀貨13枚だ」


 アンドリックは手を広げやれやれとため息を吐いた。


「その様ですね。ですが、いつもの10枚で構いませんよ」


「本当か?ビッツ村の麦なら15枚はくだらないぞ?」


 まさかそんなに安くしてくれるとは思っていなかったアンドリックは驚く。


「まぁでしょうね。ですが仕入れはいつもの単価でしたし、今回も順調な旅でしたから」


「いいんだぜ。気を使わなくても」


「そんな積りはありませんよ。これでも十分に利益は出ていますから」


「ふっ、助かるよ。……立派になったよなお前」


 アンドリックは嬉しそうに微笑んだ。


 イグは初めてこの街に来た時、何も持っていなかった。いや、何も持っていなかったというのは少し語弊がある。この街に来た時イグの持ち物は身に着けていた破れたズボンとシャツ、それだけだった。


 テンウィル騎士団を抜けた後、イグは町村を渡り歩き下働きや商売のネタを探したり、実際にやってみたりしながら2年かけてこの街まで来た。

 なかなか仕事にあり付けず道中食べ物に困り残飯を漁ったこともあった。畑から野菜を盗んだこともあった。


 そして辿り着いたのがクロッフィルンだった。

 人の良い行商人が運良く馬車に乗せてくれてこの街に入ることができた。しかし見すぼらしい身なりでどこにも雇ってもらえず、レッカ亭の残飯を漁っている時にバーバラとアンドリックに出会った。



「イグ、さっきの子はどうしたの?」


 厨房で買い出してきた食材を片付けていたバーバラもイグの所にやって来る。


「外で待ってるよ」


「そんじゃ俺はこいつを片付けてくるな」


 そう言うとアンドリックは麦を肩に抱え厨房の奥へ運んでいった。

 それを横目にバーバラは不機嫌な顔で口を開く。


「あの子、何歳なの?」


「14になったばかりだな」


「イグってロリコン?」


「んな訳あるか!」


 実は最近リュオの甘えてくる態度や仕草が満更でもなかったイグは図星とでも言わんばかりに焦って否定する。


 バーバラはイグの3つ年下で出会った当時は16歳だった。

 残飯を漁ったことを謝るイグにバーバラはパンとスープを与えた。そして店のフロアで寝ることを許した。


 イグがビッツ村に通うようになった切っ掛けもこのレッカ亭にある。


 イグはアンドリックに身の上話しをする中で、狼や熊を撃退できる技を使えると話した。するとアンドリックからビッツ村に麦を買い付けに行く話が出たのだ。


 アンドリックは冗談半分で言ったつもりだったが、イグはその話を大そう喜び『是非やらせてください』と言った。

 そしてイグは大きなリュックと往復分の食糧、仕入れの為の金を受け取って街を出た。


 普通浮浪者にそんなものを渡せば何処かに持ち逃げしてしまう。アンドリックとバーバラも初めは半信半疑だった。しかしイグは戻って来た。ビッツ村の麦を持って。


 その時からクロッフィルンとビッツ村の往復が始まったのだ。最初はビッツ村から持ってきた麦をこの店に卸すだけだったが次第にイグは金を貯めて、手押し車を買って服を買って馬を買った。運ぶ量も増えて商会に売れるようになった。


 今のイグがあるのはアンドリックとバーバラ、二人のお蔭なのだ。


「それじゃなんであんな子連れて行くのよ?」


「それは……」


「私が行きたいって言っても断ったじゃない!」


「これは成り行きと言うか……、恩人の大切な子供を暫く預かることになったんだ」


 バーバラは眉間に皺を寄せ、どこか悲し気な雰囲気だった。




 イグはバーバラに特別な思いを寄せていた。しかし高値の花だと初めから諦めていた。


 バーバラは8歳年上のアンドリックと二人兄妹。実家のレッカ亭で暮らしている。二階が住居になっていて、この家には年老いた母とアンドリックの妻と二人の子供がいる。住居部分は狭く6人で暮らすとかなり手狭だった。


 だからもしバーバラが結婚する場合、彼女は家を出なければならない。家を持っている相手との結婚が必須条件だった。

 イグの店を持ちたいという夢はここから来ている。


 因みにこのクロッフィルンで家を買おうと思ったらどんなに安くてもウルマーク銀貨で6000枚は必要だ。毎月切り詰めて銀貨5枚を貯金しても100年はかかる。クロッフィルン近郊の農村の廃墟のような家でも銀貨2000枚はくだらない。


「……すまん」


 黙っているバーバラに対してイグの口からはそんな言葉しか出なかった。


 バーバラ近々結婚する。21歳になってもまだ独身だった彼女は親戚の配慮で見合いをした。その時バーバラはイグと一緒に行商人をやりたいと言った。しかしイグはそれを断った。


 イグは知っていたから。毎日屋根のない所で眠る辛さを、物を盗んだり残飯を漁る惨めさを。バーバラにそんな思いをさせたくなかった。自分にもっと甲斐性があればと強く思った。


「あんな子止めて、私を連れていきなさいよ」


 バーバラは冗談っぽく言う。


「それは……、すまん」


「ヘタレ!」


 彼女の叱咤しったにイグは言葉を詰まらせた。


 何も言えないイグに「ふー」と息を吐き、彼女は口を開く。


「いつ街を出るの?」


「早ければ明日には出ようと思っている」


「そう、……なら夜は食べに来なさいよ。サービスしてあげるから」


「ああ、……その、……結婚式に参加できなくて悪かった」


「別にいいわよ。……したくてする結婚じゃないし」


 それまでしかめっ面をしていたバーバラが嘲笑を浮かべた。

 その笑みはイグに向けたものなのか、自分に向けたものなのか、それても二人の関係に向けたものなのかは分からないが悲しい笑顔だった。


 バーバラの結婚が決まって、イグはこの街を出ることを決心した。ここで麦や羊毛の行商を続けていても店を買えないとは分かっていたし、バーバラが嫁に行くことが彼にとってターニングポイントになったのだ。






 イグはが外に出るとリュオは店の壁に寄りかかってオルトハーゲンの頭を撫でていた。


 リュオは耳が良い。その聴覚は人族の比ではない。店の中の会話は全て彼女に聞こえていた。


 イグは無言でオルトハーゲンを馬車に繋ぐ。

 リュオも黙って御車台に上った。







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