夜勤怪談 覗く男女
病院の夜勤をすると怪談話のネタが出来る。そんな風に思う人もいると思いますが、どうやらそれは本当だったようです。私もいくつか持ちネタが出来ましたから。私は病院に併設されている老人保健施設に勤務している介護福祉士です。
そして、当時の老健の建物はかつて病院として使用されていた建物を改装して使われたお下がりの建物でした。だからそういう話があってもおかしくない雰囲気はあったんです。そして、実際にそういう話に出くわしました。ある夜勤の夜のこと。
私が対応したわけではありませんでしたが、入所して間もない利用者さんがナースコールで訴えてきたのです。ちなみにその利用者さんは見た感じは普通で問題行動なども無いと申し送りで聞いてはいましたが。
「--知らない男の人と女の人がカーテンの隙間から覗いてきて、何かぶつぶつ言ってきて怖い。なんとかして! 部屋を変えて!」
私はそれを聞いて認知症による幻覚とかそういう症状かと思いました。実際、そういう幻とか夢を見る人はいますし。しかし、その日、一緒になった私より夜勤の経験がある同僚とベテランの夜勤の看護師さんは言いました。「やっぱり出たのね」と。
どうも私が知らなかっただけで「出る」という噂はあったそうで、翌日、このことを上司に報告したら居室が変更されたのです。私としてはむしろそっちが怖かったです。つまり、認知症の症状ではなく「本物」だと上司たちは認めたのですから……。
そして、その後はその利用者さんからそういう訴えは無かったので、その対応で正解だったようです。私としてはまさかうちの施設は「出る」ということが衝撃でしたが、この話はまだ続きがあります。
数年後、うちの施設は新しい建物に移ることになり、古い建物は取り壊されることになりました。私は取り壊される建物を見て、あの二人の幽霊はこれからどうするのかと余計なお世話ながら思ったりしました。おそらく地縛霊でしょうし。
取り壊された後の駐車場に「出る」のかなと余計なお世話ながら。しかし、本当に余計なお世話だったようです。新しい建物になって二年ぐらい経ったある夜勤の夜のことです。真夜中にナースコールがあって利用者さんが訴えてきました。
「--知らん男の人と知らん女の人がカーテンからこっちを覗いてきて何かぶつぶつ言ってきたんや! ここの職員さんや無い。怖いわ!」
私はそれを聞いてゾッとすると同時に思いました。引っ越してきやがったのかと。ちなみにその利用者さんは確かに認知症はあるものの幻覚を見るような人では無いですし、わりとしっかりした人です。
そして、この利用者さんがこの訴えをしたのはこの夜のこの一回だけです。だから、これは紛れもなく「本物」であると実感すると同時に、私はあの二人が地縛霊では無かったことに衝撃を受けました。
おそらくこの施設か病院自体に二人で執着しているんじゃないかと思いました。過去にうちの施設で何があったのかと思わずにはいられませんでした。しかも、まだこの話は終わりではありません。
私は人事異動で建物は同じですが別のフロアの配属となりました。現在、異動してから二年目でだいぶ慣れてきた今年の春の話です。すっかりあの二人のことを忘れかけていた夜勤の夜、ナースコールがありました。
やはりその利用者さんも認知症はあるものの幻覚を見るとかそういう症状は無く、わりとしっかりした人です。しかし、例のナースコールをしてきたのです。やはり真夜中で時刻は午前1時頃だと記憶しています。
「--カーテンから知らない奴が覗いてきてぶつぶつ言ってきて、最初は一人やったのにもう一人増えて一緒にぶつぶつ言ってきて怖い。男と女やった。なんやあれは!?」
私はその訴えを聞いて、枕灯をつけて、話を傾聴して、入眠を促しました。それしか出来ませんからね……。そして、やっぱりこの訴えはこの夜の一回限りでした。
とりあえず、三回も例の二人の訴えを聞いてわかったことがあります。どうもあの二人は利用者さんの名前の特定の漢字に反応しているのではないかと思います。
個人情報になるので言えませんが、一人目の利用者さんは名前に、二人目の利用者さんは名字に、三人目の利用者さんはその字では無いですが名字に似た漢字。
そして、その字は珍しい漢字です。おそらくその二人は名前にその漢字がある人を捜していて名前にその字がある利用者さんのところを訪問しているのでしょう。
一回限りで訪問が終わるのは人違いであることを認識するのかと思います。過去に何があったのかはわかりませんし、二人の目的や執着の理由もわかりません。
ただ、あの字が名前にある利用者さんが入所してきた時、またあのナースコールが夜勤の時にあるのだろうと思いながら、私は今も同じ施設で働いています。