(4)
学校祭以降、僕たちは二人でいることが多くなった。
僕の方は彼に惹かれていたのだけど、彼は彼で僕と気が合うと思ったのだろうか。
一緒にいる時間が増えると、気づくことも増える。
ふとした仕草、喋る時の癖、好きな色。
彼の欠片を拾うたびに、僕は嬉しくなった。
そして、僕は彼に僕のことも知ってほしいと思うようになっていた。
高校三年の学祭の準備の時期。
三年は受験を控えていることもあり、クラスでの出し物は僕のクラスは展示にとどまることになっていた。
やることもなくて、僕たちは去年と同じイチョウを見ていた。
彼と二人でいるようになってから季節が一回転したというのに、僕にとって彼は鮮やかなままだった。
彼にも僕の秘密を共有してほしい。
好意を伝えるよりも、緊張するかもしれない。
好意は好意で拒絶される恐れがあったが、僕の持つ秘密は、万人に拒絶される可能性があるものだった。
僕は慎重に、その時と言葉を選んだ。
イチョウの葉があと何枚散ったら。
この廊下をもう五分、誰も通らなかったら。
今までだってこの倉庫化した教室の通りを、誰かが通るなんてこと殆ど無かったのだから、こんなこと考えるだけ無駄だって知っていたけれど。
ゴクリ、と口に溜まった唾を飲み込んだ。
彼の方を向けなかった。
あのさ、僕、魔法使いの血が流れてるらしいんだよね。
そう言ってから十秒くらい、僕たちの間の会話が止まった。
静寂がこれほど痛みを伴うなんて、僕は知らなかった。
ただ、伝えるのを失敗したのだと気づいた。
恐る恐る彼の方を見ると、彼は静かに僕の方を見ていた。
「だからお前の髪、こげ茶なの?」
心底不思議そうに聞かれて、僕は脱力しかけた。
僕の色素が薄めなのは、母の血筋のせいで、魔法使いのせいじゃない。僕を魔法使いだと言った祖母は、若い頃は黒髪に黒目だった。顔つきもモンゴロイドだし。
その祖母のことを魔法使いだと言った人は黒髪のイギリス人だったようだが。
見た目と魔法使いかどうかっていうのは全然関係なくて、先祖に魔法使いがいれば、魔法使いになる可能性がある。
僕は、知っていることを彼に伝えた。
すると彼は、へぇ、と言ってイチョウの方に視線を向けた。
「じゃあさ、お前も何か魔法が使えるの?」
実はそこが問題で、僕は魔法を使えたことがない。自分でも自分のことが魔法使いかどうか、疑問に思うくらいなのだ。
辛うじて僕が、その妄言のようなものを信じていられるのは、祖母のことを魔法使いだと分かったから。
僕たちはお互いに「そう」だと認識しあえる。
それがなければ、僕は事実を放棄していたに違いないのだ。
「どうやったら使えるんだろうな」
彼がポツリと言った。
僕も、自分の事が知りたかった。
祖母にやり方を習っても使えるようにならなかったのだ。
時期が来れば使えると言われたけれど、それはいつになっても訪れず。祖母は数年前に他界していた。
魔法使いは人数が少ない。
祖母がいなくなってから、僕はそういえば孤独だったのだと。
ひらひらと散るイチョウを見ながら、一つの解を見つけた。
ここに至るまでにかなり時間が必要だった。
この時、彼の事を特別に思っていたからこそ、手に入れられた解だった。