(3)
僕が彼と出会ったのは、高校生のときだった。
二学年の時に同じクラスになった。
お互いに学年の中で名前が知られるような、そういう目立つ部分を持たない平凡な生徒だった。
僕が彼を意識するようになったのは、二学年の秋だった。
学校祭の準備の最中。
部活とクラス、それぞれの出し物を掛け持ちしている者は自然と部活の出し物の方に力を入れるようになる。
クラスに残ったのは、部活の準備がない者や帰宅部の面々だった。
クラスの女子に仕切られて、僕たちは役割を全うするのに力を注いでいた。
ダンボールが足りない、と言われて、彼と僕は二人でダンボール置き場へと向かった。
学校という場所は不思議だ。教室という名の同じような箱が四階まで同じように縦横に並んでいる。その箱から、学園祭というイベントに向けて人が染み出してくる、飛び出してくる。
イベントへ向ける気持ちが建物に蔓延すると、インフルエンザのように猛威を振るいはじめる。
それは恋愛ごとにも副作用を起こしていた。
僕のような、多数に埋もれる生徒のところにまで、誰某の何事かがあった、と聞こえてくるぐらいだ。
学校中が病気だった。
病巣の中を、僕と彼はダンボールを取りに歩いていく。
僕の頭の中の学校の地図のルートでは、その場所へ行くには教室を出て一番近くの階段を一階まで降りて、校長室の前の廊下を通り、左に曲がる。そして、生徒の下足入れ、保健室、購買と行くと、外につながるドアがある。そこを出ると、右手にダンボールを積んである場所があるのだった。
しかし、彼は三階まで降りると、そのまま向かいの建物につながる、屋外の通路を進んでいった。
僕は戸惑いながらも彼についてゆく。
短い彼の髪は、風にもびくともしないんだな、と思った。
向かいの建物に入って彼はそこを一階まで降りた。
僕が来たことのない場所だった。
それを伝えると
「俺はこっちの方が好き」
そう言って、僕がいつも通るところより暗い廊下を進んで行く。
ここは、倉庫になってる部屋が多いんだ、と彼は、鍵がかかった教室の方に目をやる。
次いで、ほら、と僕を促して逆の方に目を向けさせた。
そこには、黄色く染まった世界があった。
大きなイチョウの木が一本だけ立っていて、廊下と外をつなぐ窓の並びに映えていた。
「いいだろ、ここ」
少し笑ったように感じて、斜め前にいる彼の方を向くと、イチョウの木が網膜に焼き付いて、彼まで黄色く染まって見えた。
初めて、他人を綺麗だと思った瞬間だった。
そして、僕も学校に蔓延する病気にかかったと自覚するまで、そう長い時間はかからなかった。