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春センチメンタル企画参加作品です。

注意事項ですが、BLです。

R15も入れていますので、この二点が苦手な方はご無理なさらないでください。

あと、エロくはありませんが、彼の趣向がちょっと変わってたりします。

佐倉作品に慣れてる方は「こいつ、またかよ」って思っていただけるはずなんですけど、初めての方はビックリさせたらすみません。

ちゃんとラストはセンチメンタルに着地する予定です。

 温んだ空気が頬に染みる。

 僕が見上げたそこには、けむくじゃらの蕾から少し覗いた白い花びら。

 見上げて少し後悔した。

 木蓮がもう、咲きそうだった。


 春の空は、静かな嵐の様相だった。

 忍び寄る風はバレリーナのつま先を思わせる。

 灰色の空を背景にして、ソメイヨシノの蕾も色付いていた。


 僕のせいだ。

 この肌に染みる感傷を、いくら春のせいにしたくったって、春の温さはそれをやんわりと拒んで、僕のせいだよ、って返してくる。思い知らされる。


 だから、僕は春が嫌いなんだ。



 去年の春、僕は大きな過ちを犯してしまった。

 その報いを今も受けている。


 ハクモクレン、ユキヤナギ、ミツマタ、ソメイヨシノ。

 僕の家の近くの遊歩道は、冬の寒さを脱ぎ捨てて華やぎを増していた。

 出来るだけ花や、蕾からはみ出した花弁を見ないように、遊歩道を埋める灰色の石畳を凝視する。


 僕の足はそのまま遊歩道を抜けて、ショッピングセンターの隣の道を通り過ぎ、僕の住む住宅街とは別の住宅街へ向かっていた。その区画の隅に小さなパン屋がある。


 昼の混雑時を避けて、僕はそのパン屋へ入った。


「いらっしゃいませ」


 今日も彼がいた。

 当たり前だ、僕は彼を見にきているのだから。

 僕の過ちは、それと知らずに今日も僕を見ている。


 過ちを知り彼を見る僕と、過ちを知らずに僕を見る彼。

 笑いそうだ、僕が滑稽すぎて。


 あれからもうすぐ一年が経つというのに、やはり僕は許されないらしい。


 いつもと同じ、彼の接客を受ける。


 トレーには昨日と同じパン。一昨日もその前も同じ。ずっと同じ。

 バターロール五十六円を二個。チーズマフィン百二十円を一個。

 合計三つを乗せてレジに向かう。

 ポイントカードと百円玉三枚を財布から出す。

 ポイントは二百円でスタンプが一個。三十個溜まると金券と交換されるが、今までそれを使ったことはなかった。


 彼からレシート、ポイントカード、五十円を受け取った。

 僕の手に触れるか触れないか。

 この瞬間だけが、僕と彼に許された微かな触れ合いだった。


 お釣りを受け取れるように、でも、彼の邪魔にならないように硬貨一枚になるように。

 こんな姑息な僕を誰か、なじってくれればいいのに。

 こうやって、店の定休日以外、毎日同じパンを買いにくることの愚かさも、彼の記憶に残るように、出来るだけ同じ行動を繰り返すことも。

 全て引っ括めて、殴り倒してほしい。


 そうして許されるなら、どれだけ救われるか。


「ありがとうございました」


 彼の声に押されて、僕は店を出た。

 店のドアが僕の背中でパタンと閉まる音。それが冬の空気ように、寒々しく響いた。


 何度も繰り返した彼とのやり取り。

 最初は淡い期待すら抱いていたのに、今では彼の手に触れるたびに、首縊りの紐がぶら下がる頂上を目指して、階段を一段一段登っている気分だ。


 焼きたてのバターロールが入った紙袋。

 寒くなり始めたとき、それがとても温かくて、彼から与えられなくなった温もりのようで。希望すらなくなっていたけれど、パン屋に通うのはどうしてもやめられなくて。


 でも春にはその温かさは必要なくなる。


 一年間変わらなかったものを、僕はどうしようもないのだ。

 春の暖かさに、どうしようもない事が仕方ないくらいにわかってしまって、僕は笑うしかなかった。

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