その子、俺の子。
統合し新たな制服となる男子校と女学園。
アヤたちと偶然遭遇した沖田と土方は、アヤから「近藤」の名を聞く。
明らかに様子の可笑しくなる沖田。
動揺する沖田に対し、土方は……?
「セナ。新しい制服はブレザーなんだなぁ」
「そうだね。まぁ、何でもいいけどね。どうせ、きちんと着る訳でもないんだし」
「確かに……」
俺は、ククっと笑った。家庭科室には、そこそこのひとがもうすでに集まっていた。九時から受付で、夕方まで開かれているらしいから、空いていると思ったんだけど、朝のうちに面倒なことを済ませようと考えている奴らは、多かったらしい。俺たちもその中の人間だ。
「セナは、Lサイズだろ?」
「うーん……LLでもいいくらい。だけど、これ以上でかくはならないだろうからなぁ」
「いいよなぁ、セナは。俺はMでもまだ余裕あるぞ?」
試着しながら、俺たちはお互いの制服姿を見合った。学ランだったからこそ、まだ幼く見えていたセナだが、ブレザーを着ると、いよいよ大人に見える。すらっとしたモデル体型で、ウルフヘアがまた、よく似合っていた。
「髪、染めようかな」
「へ?」
唐突に、セナが言い出した。自分の髪やら服装に興味を持ったことは、これまで一度も無かったからだ。セナは、自分の容姿を変えようとは決してしてこなかった。どういう心境の変化だろう。
「……冗談」
「そ、そっか」
本当に冗談だったのか、俺の反応を見てやめたのか……両方なのか、微妙なところだった。
「ネクタイの色は、一年は赤なんだね」
「派手じゃねぇ? セナ、結んでよ」
「はいはい」
俺は、ネクタイなんか結んだことがなかったから、どうすりゃいいのか分からなかった。けれどもセナは、手馴れた手つきでネクタイを結んでいく。どこで覚えたんだろうかと、興味がわいた。でも、敢えて聞きはしなかった。
「はい、どーぞ」
「……なんか、学ランのがしっくりこねぇ?」
「そうだねぇ。見慣れてるっていうのも、あるのかもしれないね」
俺は、グレーのブレザーのボタンを留めずに着こなすと、その格好のまま家庭科室を後にした。それに続いて、セナも歩いてくる。学ランと交換という訳ではなくて、本当に、珍しいとは思うが「支給」という形だったから、タダで手に入った。
新しい制服にすでに着替えて歩いている生徒も少なくない。元々のここの生徒も、女学園の女たちも、新しい制服に袖を通して、学校探索をしているようだった。
「セナ、生徒会室行かないか? 女がこうも出歩いていると、落ち着かねぇ」
「それは言えるね」
別に、同性愛者って訳じゃないけれども……女は、どちらかといわれると、苦手だった。
……母さんが、よく、泣いていたから。
「レン?」
「あ、いや……なんでもねぇ!」
俺は青い瞳の相方、セナの肩をポンっと叩いた。紙袋の手提げを持っている。その中には、俺たちの着ていた、学ランが入っていた。
「なら、いいけど」
セナは追及してこない。それは、セナ自身もまた、色々と踏み込んで来て欲しくないことが、多々あるからということを、俺は知っている。
「は、派手頭!」
「は?」
突然、背後から声をかけられた。明らかに女のものである。甲高い声が響き渡った。
「すっごーい! どうなってるの!? 背丈ちっちゃくて、かっわいー!」
「なんだと、こらぁ!」
勢いよく振り返ると、そこには、見覚えのある女と、背丈が俺よりも高い、黒髪のゆるふわカールを、肩を越すくらいまで伸ばした女が立っていた。
「……土方さんに、沖田さん?」
昨日、生徒会執行部室にやってきた、会長の座を狙っている女と、どうやらその友人らしい。ふたりはまだ、女学園の制服を着ていた。
「何なに? アヤ。あの派手頭と……わぁ、イッケメンじゃん! あの背が高いイケメンと、知り合いなの!?」
「お前なぁ、派手頭って言い方やめろ。俺は気に入ってんだよ!」
俺は、金髪の前髪から紫のカラコンを覗かせながら、女たちの方に歩み寄っていった。すごんでいるつもりだが、まるで効き目はないらしい。あろう事か、俺は背丈の高い女に、髪をワッシワッシと撫でられるのだった。
「ちょ、ちょい! 待てよ! お前、失礼だろ!? 俺は男だぞ!」
「そんなの知ってるよ~。ねぇ、名前なんていうの? どっちが土方くんで、どっちが沖田くん?」
「俺が土方だ!」
噛み付く勢いで、俺は自分より背丈の高い女を見上げながら言い放った。そして、クシャクシャにされた髪の毛を、手グシで必死に直していく。
「ピアスもすっごーい。こんな緩い学校だったんだね。隣の学校っていうだけで、交流なんか無いから、知らなかったぁ」
女が、俺のピアスに触れようとした……その刹那だ。これまで黙っていたセナが、俺と女の間に割って入って、それを制した。
「この子に、あんまりちょっかい出さないでね? 俺の子だから」
「えっ!?」
その言い方は、誤解を与えるだろ……と、思いつつも、悪い気はしなかったので、俺も訂正することはなかった。えっへんと、格好を付け直した。
「派手頭のお相手は、青い瞳の美青年かぁ。アヤ、すっごい学校だね。さっきの黒髪メガネといい、イケメンだらけじゃん!」
その言葉を聞いて、ゾッとした。嫌な予感がした。俺はちらっと、セナの顔を見た。セナは、いつもの顔つきで、それを聞いていた。ただ少しだけ、目を俯かせて……。
「セナ、帰ろうぜ?」
「うん、そうだね」
「あ、あの!」
そのとき、声を発したのは、昨日この学校に顔を出した、姫宮だった。黒いストレートの髪を、今日はふたつに束ねている。
「近藤さんと……何か、あるんですか?」
俺は、それだけは言ってくれるな……と、胸中で毒づいた。
「別に、何もないよ」
だが、セナは俺よりも大人だった。
それとも、大人のフリをしているだけなのか……。
俺は知っている。
「もうひとり」の、セナを……。
「近藤さんが、会長になるそうです」
姫宮がなおも言葉を続けてきた。その言葉にどんな意味があるのかなんて、知ったこっちゃあない。俺はただ、このまま「近藤さん」の話題をセナに聞かせるものではないと判断し、セナの腕を引っ張った。
「そんなの、どうだっていいんだよ! 俺たちには!」
「……」
セナの表情が曇った。どことなしか、ぼーっとしているのが見てわかった。このままじゃいけない。俺はとにかく、セナのこころが休まるところへ向かおうと、更に強くセナに腕を引っ張った。
「行くぞ、セナ!」
「ぁ……うん」
そして、セナの腕を引っ張りながら俺たちはこの場を後にした。近藤さんに今は会いたくもなかったし、食堂の方を通って、ぐるっと学校の中を遠回りするように歩いて、寮へ帰ろうとした。
セナはまだ、ぼーっとしている。
「何、考えてる?」
俺は、歩きながらセナに問いかけてみた。気を紛らわしてやろうと思ったんだ。だけど、答えは分かっていた。こういう時のセナは、何も考えられていないんだ。
普段のセナは、驚く程頭が良かったし、冴えていた。先の先まで考えていて、俺みたいな凡人なんかじゃ、想像つかないほどだ。
「……セナ?」
返答が無かった為、俺はセナの顔を見ようとした……その時だった。
ガバ……ッ。
「……」
セナが、背後から俺の身体を抱きしめてきた。俺は一瞬驚いた表情をしてみせたが、すぐにいつもどおりの顔に戻った。大丈夫。まだ、混乱しているだけだ。
「セナ、ほら。ちゃんと俺はここに居るだろ」
「……うん」
セナの鼓動が徐々に落ち着きながら脈打っていくのが、伝わってくる。
「大丈夫だって。そんな動揺しなくたって」
「うん」
セナはゆっくりと身体を離すと、長い前髪の隙間から、落ち着いた青い光を放った瞳が輝いていた。
「セナ。腹減ったぁ」
「コンビニで買って帰ろうか」
ラーメンでも、食って帰りたい気持ちだった。でも、今のセナの状態を考えると、あんまり外食しているのもよくないと思い、俺の意見は封印しておくことにした。
「そうだな。焼きそば食う」
「あるといいね」
セナは優しく笑った。




