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立ち上がれ、私。

統合する男子校へ、単身調査へ出向いたアヤ。

しかし、そこで見た現実とは、実に野蛮な生徒たちの素行。

一度はあきらめようとした「生徒会長」の座を、チカと争うことに決め……?

「もう、何なのかしら……!」

「アヤ、どうしたの?」

寮のルームメイトでの、黒色の髪の毛をふんわりパーマにしている、幼なじみかつ親友の「羅川カナ」が、明らかにご機嫌ななめな私のことを見て、いつもに無い私を前に、なんだか楽しそうに髪の毛をドライヤーで乾かしていました。

「どうしたも、こうしたも……カナ。聞いてくれる!?」

「聞くってば。だから、ちょっとは落ち着いたら? 紅茶でも飲む?」

「……飲みます」

私は、ストン……と椅子に腰を下ろしました。それを見て、親友のカナはダージリンの紅茶を淹れてくれました。薔薇の花が描かれたティーカップを持つと、良い香りの紅茶の匂いを楽しみ、それを一口まずは口に含みました。

「今日、優伽丘に行ってきたんでしょう? 良いひと、居た?」

「居るわけがありません!」

思い出すだけでも、腹が立ちます。いい加減なひとたちが多い学校なのだとお見受けしました。

「あらまぁ、そっちのことで怒ってるのね?」

「そっちのこと?」

「彼氏、探しに行ったんじゃなかったの?」

「ちょっと……カナ!?」

カナは、くすくすと笑みを浮かべていました。

「冗談よ。アヤはそういうの、興味ないもんね。あたしは、好きなひと……欲しいけどなぁ。せっかく共学になるなら」

楽天家のカナは、ひまわりの描かれたティーカップを手に取り、紅茶をすすっていました。まつ毛が長くて、瞳は若干茶色っぽいけれども、やはり日本人顔。私はもっと、日本人顔でした。

 お嬢様学校と言われる光ノ丘だけれども、私の家はそこまで裕福というワケではありませんでした。中学での成績が良かったことと、それなりの資産があり、入学出来たということです。


 ただし、私の祖母だけはお金持ちでした。


 コネ……というものも、無かったとは言い切れないかもしれません。


「格好いいひとは、居なかったの?」

「格好いいひと……?」

嫌な思いばかりをしてきたと思ったけれども、派手髪の小さな少年土方さんは、可愛らしくて、愛くるしい瞳を持っていてモテそうだし、黒髪に青い瞳の沖田さんは、誰が見たって芸能人みたいで、黙っていれば絶対人気が出そうだし……最後に会った近藤さんも、やわらかくてふんわりした雰囲気が印象的で、顔立ちも整っていて、黒のフレームメガネもすごく似合っていました。


私を取り囲んで、お金をたかってきたひとたちは、論外です。


「その顔から察するに……居たみたいね?」

「い、居ませんわ!」

私は顔が赤くなるのを自覚しました。


 誰に、胸を動かされているの?


 私は、何に期待しているの?


「明日、新しい制服を受け取りに行くのよねぇ。どんな制服になるんだった?」

カナは、やわらかい卵色のパジャマに身をくるみながら、紅茶をすべてすすり終えると、私に問いかけてきました。私もまた、紅茶を全て飲み干すと、学生カバンからパンフレットを取り出しました。新しい、優伽丘高等学校のものです。そこに、新しい制服が写っていることを知っていました。制服を着ているのは、本当の学生ではなく、イメージモデルを務めた素人モデルさんです。

「男性がグレーのブレザーに、胸元には優伽丘のエンブレム。そして、学年別ネクタイ。ズボンは紺色ベースの緑色のチェックのようです。女性は、グレーのボレロに、同じく金色と青色のエンブレムが胸ポケットに刺繍されていて、ブレザーと同じ色のベストを着込み、スカートは同じくグレーのフレアスカートのようです」

カナはパンフレットを覗き込んできました。

「へぇ、なかなか可愛い制服じゃない! 女子は、リボンなんだね!」

「そうみたい。赤、青、紫……光ノ丘の色が、そのまま採用されているみたいです」

「イケメンに会いたいー!」

私は親友のその発言に、思わず脱力しました。なんて軽率な考えなのでしょう。そして、とてつもなく楽観的思考。それはきっと、あの学校の有り様を、見ていないから言えるのでしょうと、こころの中で呟きました。


 私だって……あの学校の姿を知るまでは、多少なりとも期待するところがありました。


「カナ。忘れましょう……」

「えぇ~? なに、それ。アヤばっかりずるーい!」

ため息まじりに私がそう告げると、カナは口を尖らせて足をジタバタさせました。子どもっぽく見える容姿に行動ですが、カナと私は同級生です。

 合併した後も、寮はこのまま残るそうです。そのことだけは、安心しました。あのような野蛮な男たちと同じ寮で住むなんて、考えられなかったからです。

「ずるいと思うのなら……」

私はティーカップをテーブルに置くと、一息吐いて深呼吸し、カナの目をじっと見つめました。

「カナ、生徒会に入りなさい」

「ヤダ」

即答され、私は目を見開いて驚きました。カナは、当然私が女学園で生徒会……それも、会長を務めて来たことを知っています。そんな私が誘うというのに、どうして即座に断るのか、私には分かりません。ストレートの黒髪を今は、ふたつ結びにして束ねてまとめています。

「どうしてですか?」

「あたし、恋に生きるって決めてるから」

語尾の後ろにハートマークでも付きそうなその浮かれように、もしかしたら、男子校との合併を拒んでいるのは、抵抗を感じているのは私だけなのではないかという気さえしてきました。

「寝ましょう……」

「はいはーぃ!」

ティーカップを片付け、口をゆすぐと、私は二段ベッドの下に入り、布団の中に潜り込みました。カナは二段ベッドのはしごを上っていくと、電気を消しました。

「アヤ、おやすみー! 明日、起こしてね!」

「分かりました。おやすみ、カナ」

こうして、私たちの夜は更けていきました。


 翌朝。


 私たちは、優伽丘高校の体育館へと向かいました。ザワザワと、女学園の生徒が新入生を含めて体育館に集まっていました。男子生徒は、一年生が家庭科室、二年生が図書室、三年生が理科室でそれぞれ制服の受け渡しをされているそうです。

「今まであたしたち、女子校だったじゃない? だから、新鮮だよね。こうして男子生徒が歩いている中を、歩くって」

「……そう、ですね」

気が重くなりました。昨日の帰りのことを、まだ私は引きずっているのです。ただし、今日は昨日より先生方も多くいらっしゃるようです。あのような大胆な恐喝というものは、出来ないはずです。


 怖がっていても、何もはじまらない。


 私は、この学校へ入学するのですから……。


 私は一度、大きく頷きました。


「カナ、行きましょう!」

「どうしたの、アヤ。急にやる気になっちゃって」

カナは笑みを浮かべながらも、あたりをキョロキョロと見渡していました。いわゆる「イケメン」というものを、探しているのでしょう。


 ときめく出会い。


 それは、思春期のものになら、誰にだってあること。


 私も例外ではないはず。


「アヤ、体育館。あっちでしょ?」

「うん」

黒いゆるふわカールのカナが、紅のカチューシャをしながら髪を輝かせ、ルンルンしながら問いかけてきました。運動場沿いに、体育館がふたつ、隣接していることは昨日確認しています。

「学ランも、格好いいのにねぇ。ブレザーになっちゃうの、ちょっと勿体無いね」

「そうかなぁ……」

「女子の制服は、どっちも可愛いけど」

カナはとても嬉しそうでした。基本的に何事も前向きで、神経質すぎるとも言える私とは、違った性格をしていました。

(カナが生徒会長になったほうが、良いのでは……)

私の脳裏によぎりました。でも、会長は近藤さんがなるというし……私はまた、俯き加減でトコトコと歩きはじめました。

「もう、アヤ? 浮き沈み激しいよ! エンジョイしなくっちゃ!」

「私、生徒会に入るの、やめようかな……って」

「えぇ!?」

吃驚の声をあげたのは、勿論隣を歩いていたカナでした。私は、高校一年の後期から、生徒会に入り、二年の後期から会長に任命され、生徒を引っ張ってきていたからです。三年生になるときに、女学園は事実上なくなってしまうことになりましたが、女学園の生徒皆様からは、支持も厚く、私が会長……とまではいかなくとも、生徒会で有り続けることは、望まれていました。ありがたい話です。


 けれども、私はここで上手くやっていく自信を、一日で無くしてしまったのです。


 この学校の経営者である方のお孫さん、近藤チカさんが会長に立候補したら、そのまま当選するのは目に見えています。副会長は、会長の任命制なのか、それとも全生徒による投票なのか分かりません。また、他の生徒会員が何人制なのか、自由に入れるシステムなのか。それも分かりません。

「アヤは、会長になるんでしょう!? 会長は、アヤしか居ないよ!」

「ううん。会長は……」

「会長には、僕がなりますよ」

「……!」

私たちの目の前に、ゆったりと現れたのは、昨日、屋上で出会った長めの黒髪ストレートの少年、「近藤チカ」でした。

 近藤さんは、メガネを中指と人差し指で押し上げると、私たちの顔をじっくりと見つめてきました。結構な近眼のようです。レンズは薄型にしているようですが、近眼用特有の写り方がしていました。

「まだ、正式に決まってはいませんが……会長に立候補するつもりですし、当然、当選するつもりでいます」

「……は、はい。近藤さんの方が、相応しいと私も思います」

「アヤ!?」

あっさりと負けを認める私を前に、親友カナはとても驚いていました。黒色の瞳をまんまるに開けて、何度もまばたきしていました。

「アヤは、あたしたち女学園の代表なんだから!」

「キミは……?」

「羅川カナ。アヤの親友よ!」

「アヤというのが、その女性のことですね?」

そう言って、私の顔を見つめてきました。優しい瞳だけれども、何か裏がありそうな……そんな気持ちにさせる、不思議な色をしていました。私はその瞳を直視できず、目を泳がせていました。

「そうよ! アヤ。このひとは誰なの!? 知り合い!?」

「気の強いお嬢さんだね。嫌いではないけれども……」

ふっと、鼻で笑った。

「好きでもないかな」

「なっ……しっつれいしちゃうわね! あたしだって、あなたのような性格悪そうなひと、ごめんよ!」

カナは物怖じしないところがありました。背丈も高くてすらっとしたその男性を前にしても、決して恐れることもなく、不思議な雰囲気に呑まれることもなく、「カナ」らしさを発揮していました。

 その様子を見ていて、私は思わず、笑みを浮かべました。近藤さんの「それ」とはまた違った、笑みを……。

「アヤ。あたしはアヤの味方だから! イケメンでも、性格ダメな奴はごめんなんだから!」

確かに、近藤さんの容姿は整っていました。口はあまり良いとは言えないようですが、話し方は穏やかですし、流石は経営者の血縁者……というところでしょうか。

 でも、もし私がここで退いたら……それは、権力に屈服するということに繋がるのでしょうか。私はそれを思うと、「それは嫌」という考えに至りました。

「あの、近藤さん……」

「何かな?」

私は意を決して、言葉を発しました。

「私、やはり会長に立候補します」

それを聞いた近藤さんは、少し驚いたような顔をしてみせたけれども、すぐにまた笑みを浮かべて、私たちを子ども扱いするように、メガネをかけ直し、口を開きました。

「別に、立候補するしないは、キミたちの勝手だよ。ただし、結果は見えているけれどもね」

「そんなの、やってみないと分からないじゃない!」

でも、生徒の数は圧倒的に男性が多いため、やはり分は近藤さんにあるのでしょう。でも、私は……決めました。

「諦めません」

面白くなかったのでしょう。もしかしたら、これまで反論などされたことも、なかったのかもしれません。

 近藤さんは、ため息を漏らすと首を傾げて腕を組みました。まだ、服装は学ラン姿です。全身黒づくしの近藤さんからは、威圧感すら覚えました。

「好きにするといいよ」

そして再び歩き出し、私たちの隣を通り過ぎていく……その瞬間。私の耳元に囁きかけていきました。

「出る杭は、打たれるよ」

私はその言葉の真意を考えながらも、なんだかゾッとするものを感じました。


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