ピアスで繋がる。
寮に戻ってきたセナ。
セナはレンのために、新しいピアスを買ってきていた。
セナは、自分の身体には傷をつけず、レンの耳にピアスを増やす。
レンの目から見ると、セナの様子がおかしいようで……?
ガチャリ。
アナログ式の鍵で、ドアが解放された。俺はすぐさまドアノブを回すと、室内へと入っていった。ドアを開けてすぐのところで靴を脱ぎ、七〇センチほどの空間を経て、廊下が続く。左側にはシステムキッチン。右手側には、セパレートの風呂とトイレ。その細い空間、フローリングを通り抜けると、グレーの絨毯を敷いた拓けた空間となる。ここが、俺たちの居場所だ。二段ベッドが右側の壁側に備え付けてあり、飯を食う小さな折りたたみ式テーブルがひとつ、部屋の中央にある。あとは、教科書をしまう棚と、ノートパソコンを置く机がふたつ。南窓でベランダがあり、収納スペースは北側にある。学ランは中等部も高等部も変わらずだから、制服が増える心配は無い……と、思っていたが、学校が女学園、つまりは女子校と合併することになっちまって、新しい制服が支給されることになったから、この制服に袖を通すのも、残すところはあと「数回」となるようだ。今のところ、俺はいつその新しい制服が支給されるのか、知らない。
(まぁ、愛着はないからどうだっていいけど)
「レン。制服なんだけど……」
俺が制服を脱いでいるときに、セナは声をかけてきた。
「あぁ、新しい制服になるんだろう?」
「うん。明日、取りに行こう? 家庭科室で、受け渡しされるんだって」
「へぇ……明日なのか? なんかに書いてあったっけ? 今日、高等部の生徒会室行っても、それらしきものは、何も無かった気がするんだけど」
制服が変わることは、新聞部が出す学校新聞にも載っていたし、そもそも俺たち生徒会のメンバーが、知らないワケがなかった。ただ、いつどこで、どのように受け渡されるかなど、詳しいことはまだ、不明だと思っていた。
「ここの玄関のポストに入っていたよ」
「マジで? そんなの、見逃す奴多いんじゃねぇの? ちゃんと、知らせろよ。センコー」
寮生じゃない奴は、どうやって知るっていうんだ? ここは、全寮制ではない。俺は、いい加減なやり方に、思わず苦笑を漏らした。こういうところでも、三流以下の学校の在り方が露呈している。
それとも単に、俺が掲示板とか見逃していたのだろうか。だとしたら、文句を言うのは間違っているし、学校側としては、不本意だろう。
「レン」
「ん? なんだ?」
二段ベッドの下に腰を下ろしたセナは、小さな紙袋をポケットから取り出すと、俺を手招きした。何かと思い、隣に座る。
「ピアス。買ってきたよ」
「え、マジで?」
本当に買ってくるとは思わなかった俺は、目を見開いて驚いた。まだ、針を刺したままにしておいた方が良いのだろうが、セナがせっかく買ってきたんだ。俺はすぐに見たくなったし、付けたくなった。
これでまた、セナの証がひとつ増える。
「ほら、付けてあげる」
「待って、待って! 見たい! 今度はどんなの買ってきたんだ?」
「ん……」
そう言って、小さな紙袋から取り出されたピアスは、シルバーの薔薇がモチーフとなったものだった。その薔薇の下には、アメジストだろうか……紫の石が光っていた。
「わ、マジで高そ……いいのか?」
「決まってるでしょ。その、仮ピアス外してよ」
「あぁ、分かった」
そう言うと、俺はまだ痛みを発する耳から、軟骨を貫通しているピアスをひとつ、取り外した。それをセナに渡すと、セナはとりあえずそれを枕元に置き、新しいピアスを俺の耳へと近づけた。
ツプ……。
躊躇いなく刺された新しいピアスは、仮のピアスよりは太めだった為、より痛みを発した。俺は目を閉じて、その痛みにただ耐えた。その様子をきっと、セナは見守っているだけだ。そして、無事に貫通させるとホックで閉じて、薔薇ピアスが落ちないようにと固定した。
「出来たよ」
「さーんきゅ。見てみよっと」
洗面所へ走り、俺は新しく付けられたピアスを、今度は鏡越しに見ることにした。痛みは勿論続いているけれども、そんなことよりも、新学期前に新しい「セナの証」がもらえたことを嬉しく思い、俺はこころが踊る気分で鏡を覗き込んだ。
「なんか、存在感あって、イイ! セナ、ナイスチョイス!」
「うん。今のレンの瞳の色に合わせてみた」
「紫? そうだな。それじゃ、しばらくはこのカラコン、ストックしておかねぇと」
俺は笑いながら、洗面所から再びリビングへと戻った。浮かれ気分で気付かなかったが、セナの顔色があまり優れないことに、このときようやく俺は気付いた。
「セナ…………どうかしたか?」
「ん? 別に……」
あぁ、なんかあるんだ。
それは、すぐに分かった。
ただ、分かったところで、こういうときは踏み入れてはいけないことを知っている。俺には、分かってはいけないほどの闇を、セナは抱えていた。その闇を、少しでも俺が取り除けたらいいと思っていたけれども、闇を取り除かれたのは、俺の方だった。
セナと出会って、俺は変わった。
「セナ。カラコンはいいとして……髪はさ、これでいいのか?」
「綺麗だと思うよ」
「そっか」
セナは、青い瞳をまた曇らせている。今日は、あまり起きていてもいいことは無さそうだ。そもそも、あの女……姫宮とか言ったか。あいつが元凶なんじゃないかとすら、思えてきた。
近藤チカ。
その存在は、俺たち……特に、セナにとって、避けては通れない存在だった。
「そういえば……俺たち、高等部に移っても、生徒会続けるのか?」
シャワーを浴び、髪の毛を乾かしながら、俺は先に風呂を済ませてベッドで横になっていたセナに声をかけた。ベッドの下がセナのスペースで、上が俺のスペースだ。
「そうだね。俺は別に、どうでもいいんだけど……近藤さんが、許さないでしょ」
「抜けることを?」
「うん」
確かに、近藤さんはセナのことを重要視していたし、セナが俺に執着するのと似たようなものを、セナに対して抱いていた。俺のことは、今となってはセナのおまけと思われているようだから、そこそこ気に入られてはいるが、まぁ、セナほど重要視はされていない。ただ、俺はセナが生徒会に残るのなら、その傍を自ら離れようとは思っていなかった。
「レンは、辞めたいの?」
「俺に意志はないから」
本心だ。セナが全て。セナがしたいように、したらいいと思っていた。俺はその決断に、従っていくだけだ。
そんな言いなりで、つまらない人生じゃないかと思う奴も居るかもしれないが、そんなことは微塵もない。むしろ、昔の生活……親に従って生きていた時代より、今の方がずっと、俺はのびのびと生きていると自負していた。
勿論、親のもとでぬくぬくと育っている奴を、悪く思うつもりも、言うつもりもない。俺にはそれが、向いていなかった……ただ、それだけだ。そして、親元を離れてから出会ったこの、セナという存在が、あまりにも異質で、特別で……手放せない存在となっただけだ。
「高等部でも、生徒会かぁ」
「問題あった?」
「いんや、大丈夫」
バイトとの両立が、ちょっとだけ厳しくなるかなぁ……と、思っただけだ。
よいしょ……と、ベッドの階段をのぼって、布団の中にくるまった。要らない心配をかけさせたくはなかったからだ。
「あのさ、学費とかのことなら……」
「おやすみ!」
レンの言葉を遮った。レンの考えることなんて、お見通しだ。自分が肩代わりでもしてやると、言おうとしているんだ。セナは、金銭に不便していなかった。
「……うん、おやすみ」
何か言いたげだったけど、セナはそのまま枕元の電気を消して、眠りについた。それを確認してから、俺も電気を消して、すぐに眠りについた。