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依存症な俺たち。

セナは先に帰っていると思った。

しかし、寮に戻ってもセナの姿は無かった。

レンがセナに出会ったのは、小学六年も終わる頃。

そのときから、ふたりは特別な存在へとなりつつあり……?

 ガチャ、ガチャ。


「おーい、帰ったぞ。セナ」

とっくに、セナは寮に帰宅していると思っていた。ピアスを買って来いとは言ったが、本当に買いに行っているとは思っていなかったからだ。セナは、極度の面倒臭がりの、極度の気まぐれだったからだ。そして何より、物忘れが激しい。俺がものを頼んだことなんて、覚えていないんじゃないかとすら、思えてしまうほどだ。

 ただし、時にはものすごい記憶力も発揮する。もしかすると、物忘れが激しいフリをしているだけかもしれない。その方が、人間都合がいいことも、あるというものだ。

「セーナ! おっかしーなぁ……まだ、帰ってないのか?」

俺は今日、時計も携帯も持ち歩いてはいなかった為、今の時間を知ることが出来ない。ただ、まだ日が完全に沈んだワケじゃないし、夕方ってことは分かる。すっげぇアバウトな時間の測り方だとは思うけど、それで今まで難儀したこともなかったから、俺はズボンのポケットに手を突っ込んで、扉に背中をくっつけ、空を見上げた。

 俺とセナの部屋は、五階建ての寮の第三棟の四階。四一二号室。角部屋だった。左隣が居ないから、その分気は楽だが、右隣の奴がなかなかに煩い奴が入っていたから、俺たちはいつも、そいつが帰ってくる前にさっさと飯にして、寝るようにしていた。

第五棟まである寮だが、中等部から高等部までの生徒が、適当に散りばめられている。空いた部屋に、次の生徒が入ってくる形だから、同じ棟の隣の部屋だからといって、同級生とは限らない。最初に入寮するときに、挨拶だけはセナと揃ってしたから、隣の奴の顔だけは、かろうじて知っている。四一一号室には、俺のような派手髪のヤンキーがふたりで住んでいる。ここの寮は、基本的にはふたりひと組となっている。その組み合わせは、校長が決めているとか、決めていないとか……定かではない。

寮長というものは、居ない。寮での決まりごとも、特にはないし、自由だ。飯も各自で用意することになっている。大概の奴が、学校内の食堂で済ませて来ている。ただし、ひとをあまり好まないセナと俺は、コンビニ弁当を室内で食うのが殆どの日課となっていた。

(セナの奴……ひとりでコンビニにでも、寄ってるのか?)

それもまた、珍しい話だった。セナは滅多に、ひとりでは出歩かない。それは、ひとりではあまりにも目立ってしまうからだ。セナの容姿は、抜きん出て良かった。芸能プロダクションにも、よく声を掛けられていたというものだ。


 最初に声をかけられたときに、助けてやったのが俺だった。セナは、プロダクションの奴に捕まって、面倒くさそうな顔をしていたのを覚えている。そこで、当時まだ小六だった俺は、そのおっさんに膝カックンを喰らわしてやったんだ。

「そんなに人手足りないなら、俺様使え!」

なーんて言ってやったら、「お前みたいなガキは要らない」とか言って、スーツを着た大人は去っていった。その様子を、同じく小六だった……にしては大人びて見えたセナは、呆然と見守っていた。そして、青い瞳で俺のことを見てきた。そのときの俺は、黒髪に黒目の、ランドセル姿。どこにでも居る、単なるガキだった。

「いいね」

「は?」

何が「いい」のか、俺にはまるで分からなかった。今となっては、その言葉の意味が分かるほど、俺とセナは繋がりを持ってはいるが、出会ったばかりの俺には、想像もつかない。ただ、セナは優しく、そしてどこか寂しそうな瞳で、俺の左耳に触れた。


 そのとき、芽生えたのかもしれない。


 セナの、ピアス狂。


 セナの、俺への異常なまでの執着心。


「どこの学校へ行くの?」

セナは、ランドセルではなかった。手提げカバンだった。ひと目で、いいところのお坊ちゃんっていうのは分かった。黒髪のやや襟足が長めのウルフスタイルヘア。青い瞳を光らせるその少年は、不意に俺に問いかけた。

「どこって……中学の話?」

「そう」

「優伽丘中等部へ行くつもりだけど?」

「……そう」

ほんの少し、瞳が陰って、ほんの少し、はにかんだ笑みを浮かべたような気がした。

「俺も、優伽丘に入るよ……中等部」

「げっ、同い年!?」

とてもそうには思えなかった。それほど、セナは大人びていたんだ。それは、生まれ育った環境と、セナの背丈がそう思わせているものだと感じた。

「そうみたい」

ただ、何故セナは、俺が小学六年だと見破ったのか、未だに不明だ。あの時、名札でも付けていただろうか。もう、三年も前のことになるから、記憶も曖昧だ。

「名前、教えてくれない?」

「……?」

何故とは問わなかった。ただ、この少年を前に俺は、これまでに感じたことのない何かを感じ取っていることは確かだった。

 黒髪の短髪で、眉毛の上辺りまでに切りそろえた前髪の俺は、大きな目で相手のことを見上げたながら答えた。

「レン。土方レン」

「レン…………俺は、セナ」

「セナ、な。覚えた」

セナは、口元にうっすら笑みを浮かべていた。


 あの時の笑みを思い返すと、不思議な気持ちになる。


 セナは、俺がセナのルームメイトになることを、予知しているかのようだった。


「おっせぇー……」


 独りだ。


 耳から伝わるジンジンする痛みだけが、俺とセナを繋ぐ……。


「寒いな」


 遂には太陽が見えなくなった。


 鍵は、落とすからと俺は持ち合わせていない。


 肌寒さから、心細さへと変わっていく。


「レン」


 そのときだ。ドアの前で座り込んで俯く俺に、上から声を掛ける人物が現れた。声の主はわかっている。俺が唯一、待ち望んでいたものだ。

「セナ……」

体操座りをしたまま、俺は顔だけを上に向けてセナの顔を見ようとした。だが、辺りが暗くなりすぎていて、セナの顔色をうかがうことが出来ない。ただきっと、セナは無表情なんだろうと思った。セナとは、滅多に感情を面に出すことはなかったからだ。

「おっせぇーよ……セナ」

「うん。ごめん」

ゆっくりと立ち上がろうと、俺はセナに向かって手を差し出した。その手を、何も言わずにセナは取ると、俺のことを引き上げた。

「どこ行ってた?」

「色々」

「ふーん」

はぐらかされた、と。内心で面白くない感情がざわめくのを感じた。でも、それをセナにぶつけてはいけない。

「身体が冷えた! セナ、早く鍵開けてくれ!」

「はいはい」


 依存しているのは、セナだけじゃない。


 そんなこと、知れていた。


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