お前は俺の、お人形。
アヤが去ってからの生徒会室。
残っていたセナとレン。
セナはいつもの衝動にかられ……?
「黒髪ロングのうるせぇ女……と」
「その言い方、なかなかに酷いんじゃない?」
「セナに言われたくないってぇの。校門まで、送る気サラサラ無かっただろ?」
「ん? まぁ、ねぇ……」
セナは、再びあの女……姫宮とか言っていたか、そいつが寄越した「らしい」手紙とやらを、手にとり目を通し始めた。その様子を見て、俺は立ち上がるとセナの背後にまわり、後ろから手紙に目をやった。
「そんなに面白いこと書いてある?」
「いや? ちっとも」
「……マジだな。激、真面目な奴らなんだな。えっと、何だっけ?」
「光ノ丘女学園、ね」
目にかかる金の前髪をかき分けながら、俺は興味無さそうに「へぇ」とだけ告げた。その様子に、セナは笑みを浮かべていた。黒髪のウルフスタイルがボサボサなのは、俺がいつもかき乱してやっているからだ。セナは、幾らボサボサにされようとも、気にはしなかった。格好つければ、かなりのイケメンだと思うんだけど、俺とは違って見た目には全然こだわらない人間だった。
俺は、容姿にコンプレックスが大アリ。背丈は一六五センチくらいで、チビ。目は男にしては大きめだし、染める前は黒髪黒目の平凡な成り立ち。親もサラリーマンとただの主婦で、決して裕福ではない。だからこそ、家に迷惑はかけられないと思って、ここの寮に入って、バイトしながら授業料も寮費も全て、自分でまかなって来た。派手な見た目にしているのは、バイト柄というのもあるが……セナの趣味でもあった。
「なぁ、なぁ。セナ? また、空けるんだろう? ピアスホール」
「うん。そろそろ、空けたいかな」
そう言って、セナは俺の方を見た。セナ自身は、ピアスなんか付けていないし、ホールもひとつも無い。だが、ピアス狂という困った性格をしていた。
自分の身体に空けない分を、俺に空けてきたんだ。セナとの付き合いは、中一からだった。そのときから、俺はピアスを空けられ続けている。今では、もう数えきれないほど空いている。
「今度は、どこに空けんの?」
「んー……そうだなぁ、軟骨貫通」
「はいはい」
俺は、嫌がることをしなかった……はじめから。
俺は、セナのお人形。
セナは、俺のお人形。
「ピアッサー、今、持ってる?」
セナは、俺の髪を撫でてから、そっと左耳に触れた。既に三つ、ピアスが付けられている。閉じたホールもあるけれども、他にも三つは左だけでも空いている。右耳には五つのピアスが空いている。ただし、鼻ピアスやら唇にはまだ、空けられていない。俺は別に、どこでも構わないんだけど、とりあえずは一般的なピアスの場所に留まっていた。とにかく、自分の所有物であるという証が欲しいんだと思う……俺も、セナも。
「持ってるぜぇ? いつ、セナのピアス狂が発病するか、分からないからな。常にふたつは持ち歩いてやってるよ」
「それはどーも。冷やす?」
そんなつもり、無い癖に……と、俺は胸中で呟いた。
痛みの方が、より感じる。
そして、忘れない。
それを知っているから……俺たちは。
「いいから、やれよ」
「うん」
セナに向かい合って俺は座った。そして、ピアッサーをひとつ、セナに渡す。するとセナは、左耳の軟骨の位置を確かめると、ピアッサーの針を当てた。
「ドキドキするね」
「ばーか。何度目だよ」
「うん、確かに。じゃ、遠慮なく」
そして、引き金を引く音がした。
カシャン……。
骨を貫く音と共に、痛みが広がっていく。
俺の左耳には、四つ目のピアスが飾られた。
セナのピアス狂は、不安定なときによく発病する。「あの女」の影響からなのか、それとも、別件でセナのこころをかき乱すことがあるのか。寮のルームメイトである俺ですら、それはまだ、分からないことだった。
「空いた」
「仮の石は、今度は何色にしたんだったかな」
「青いね」
セナの瞳の色だ。
青色は好きだし別に悪くはないが、安っぽいから、俺はちゃんとしたものが欲しくなった。
「早く、新しいピアス買って来よっと」
「それは、俺の役目でしょ?」
「知ってる」
べーっと、舌を出して笑った。セナが俺の耳につけるピアスは、これまでも全て用意してきた。だが、俺がピアッサーを持ち歩くのとは別で、セナはいつも、新しいピアスを持ち歩いている訳じゃない。というより、自分がピアス狂だなんて、思っていないんじゃないかとさえ思える。
セナの両親は、セナのことを認知してはいなかった。
だからこそ、セナは歪んでしまったんだと思う。
ただし、俺はそれを哀れんだりはしていない。
今つけているピアスは、全てセナの好み……だと思う。あまりにも趣味趣向がバラバラで、本当に好みのものを付けられているのかは、分からない。色にも統一性はなく、暖色、寒色様々。さらには、パンク系のモノから、可愛い猫みたいなモノを付けられたこともあった。まぁ、俺も特別好みがある訳じゃないから、別になんだってよかったんだけど。
今の髪色も、セナが決めていた。セナが染められない分、俺が自分の髪を染めてやっている。ある日突然、雑誌を見ながら「金髪っていいね」なんて言うものだから、翌日俺は、金髪に染めてやった。しかし今度は、「やっぱり赤がいい」と言ってきたので、仕方なく、赤いメッシュを入れることにしたんだ。すると、これまで特別俺の行動に何も言って来なかったセナが、俺を見て、「その髪、いいね」と言ってきたものだから、俺は気分を良くして、今ではこの髪のセットにしている。最近、若干プリンになりはじめているから、そろそろ美容院にも行きたいところだ。
瞳の色は、俺は列記とした日本人だから本当は黒いんだけど、昨日セナに「何色がいい?」と聞いてみたところ、「紫」と言われた為、今は紫色のカラコンを入れている。ちなみに、中学のときは、グレーのカラコンだった。これもまた、セナのご指名だ。
そう、俺たちは中学一年の時から一緒に住んでいる。
この学校は、優伽丘中学からの持ち上がりの高校。
つまりは、寮生活も中一から行えるんだ。
「用事も済んだみたいだし、買いに行こうか」
「え?」
「ピアス」
俺たちは、昼下がりの街へと繰り出した。まだ痛みの残る俺の片耳には、青い石が光っている。そして、隣では背丈一八〇ほどのセナの青い瞳が輝いていた。
「レン」
「ん? 何?」
校門へと歩いていた途中で、面倒なことに出くわした。上級生たちが、女を囲んでたかってるじゃないか。この学校は「まだ」男子校。女と言えば、先ほどのあいつしか、いなかった。服装もエメラルドグリーンのワンピースだし、見覚えがありすぎて怖い。
「だから、送るって言ったのにねぇ」
「送る気あったワケ?」
「さぁ?」
はぐらかすセナだが、実のところはあの女の身を案じていたのだろう。この学校は、確かにお世辞にも「品行良性」とは言い難いところだった。だからこそ、入るのも簡単だし、こんな派手髪にピアス魔な俺でも、センコーも何も言っては来ないのだが……。女学園なんかと、それも、お嬢様学校と合併でもしたら、マジでどうなるものかと、ある意味不安にはなった。
「で、どーすんの?」
「行くしかないね」
「だな」
俺たちは、上級生たちのもとへと走った。




