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第89話 前途多難


 身分を証明できるものもない七歳の子どもがひとりで王都までやってきたことを訝しむ衛兵に、商人の見習いと言って虹香茸を見せて上手く誤魔化し、一クレール銅貨を支払って門をくぐると──


「うわあ! 本当に青い!」


 ──そこから見える王都の、別称の通り青く美しい都の全景に、思わず感嘆の声を漏らした。

 目に入るものすべてが水路に引かれた青の湖の水によって、淡く青色にきらめいている。

 建物も、樹木も、馬車も、水路に浮かぶ水鳥も、通りを歩く人々でさえも例外ではなく、一様に青く浮かび上がっていた。


「それにすごい人だ!」


 少し前に入ったレイクホールの街とはだいぶ様子が違う。

 辺境の地と国の中心とを比べること自体無茶だけど、この都はとにかく活気に満ち溢れている。


 内門から都の中に続く大通りの両脇にはずらりと屋台が軒を連ねていて、そこかしこから美味しそうな匂いが漂ってくる。

 それぞれの店の前では、若い女の人たちが競うように客を呼び込んでいて、それを見ているだけでもなんだかこっちまで陽気な気分になってしまう。



「だろう? 俺も七年前に初めて来たときは、今のお前と同じ顔してたぜ」


「キョウは田舎もんなんだから仕方がないよ、父さん」


「なぁに言ってやがる! ラーナだって今回が初めてじゃねえか!」


「わたしはいいんだもん! 父さんからたくさん話を聞いてるから! 青の都のことはキョウより詳しいもん!」


「はは、ガーナさん、ラーナちゃんの言う通りですよ。六歳のラーナちゃんより七歳の僕の方がよほどはしゃいじゃってますよ」


 入門の列に並んでいる間にすっかり意気投合した、ガーナさん父娘と言葉を交わす。

 ガーナさんとラーナちゃんのふたりは顕現祭で商売をするために、大陸の西にある国から遥々やって来たそうだ。

 本当は三人で来たそうだが、あとひとり、ラーナちゃんのお母さんとは門の外ではぐれてしまったらしい。

 

「こんなに人が多くてラーナちゃんのお母さん、すぐに見つかりますかね?」


「なぁに、あいつのことなら大丈夫だ、泊まる宿だって決まってるんだからな。いざとなりゃあ、そこで待ってりゃいいだけだ。いい歳こいて迷子になんざならねぇよ」


「父さんと母さんは二度目だしね!」


「ああ、じゃあキョウ、俺たちはこっちだからここでお別れだ。手が空いたらが店に顔出せや、ちっとはまけてやるからな! ああ、あと、くれぐれも無魔の黒禍には気ぃつけろや! ガキにも容赦しないって噂だからな!」


「ありがとうございます、ガーナさん! ガーナさんとラーナちゃんも気をつけてくださいね!」


「また会おうね! キョウ! いい? 宿屋街はあっち、それとあっちと、夜はあっちには近寄ったらダメだよ!」


「はい、ラーナちゃん! いろいろ教えてくれてありがとうね! 必ずお店に遊びに行くから! たくさん売れるといいね!」


 門の前でガーナさんたちと別れると、僕はラーナちゃんから教わった宿屋街の方角へ足を向けた。








 ◆







「とても感じの良い親子だったな」


 人の良いガーナさんたちのお陰で、青の都のことをかなり学習できた。

 僕も大陸の東の果てにある小さな国から来た、と説明したので、お互いに気兼ねなく他国目線でスレイヤ王国について話をすることができた。


 見ず知らずの人との会話がこんなに楽しいなんて!


 クロスヴァルトを出てすぐのときは、誰も僕の相手などしてくれなかったので毎日が辛かった。

 モーリスと出会うまでは、境遇について話せる人もいなく、不安に押し潰されそうな日々を送っていた。


 しかし今は違う。


 お師匠様から借りた魔道具の効果もあるけど、僕自身、大きな変化が起きていることが、ここに来るまでの旅でわかった。

 ひとりで夜を明かすとかきにしても、道中知り合った人と話をするときにしても、卑屈になることがなくなった。

 自信を持てるようになったのだ。


「これも修行の成果だよな……あ、もちろんアクアとリーファのお陰でもあるからね」


 機嫌を損ねないように精霊たちに感謝を伝える。


 が、無論返事はない。



 返事がないのは別に構わないんだけど……。



 僕は胸に手を当てた。


 二日ほど前から感じたことなんだけど、レイクホールから離れれば離れるほどに、精霊との意思疎通がうまくいかなくなっているような気がするのだ。



 気のせいならいいんだけど……。



 とにかく空いている宿を探そう──僕は足を早めた。







 ◆





 一軒目──。



「え! いっぱいって、ひと部屋も空いていないってことですか!」


「顕現祭のひと月前に空室がある宿なんて店をたたんだ方がマシだろうね」



 五軒目──。



「どんな部屋でもいいんです!」


「残念だけど一年も前から予約で埋まってるんだ、他所を当たってくれ、と言ってもどこも同じだろうけどね」



 十七軒目──。



「馬小屋でもいいんです!」


「馬だっていっぱいだよ! 入りきらなくて裏庭に繋いでいるくらいなんだから!」




 まずい!

 どこも空いていないぞ!




 そして十八軒目──。



「あんた、この辺りで探しても空いているはずないだろう? この時期に部屋がある宿なんていったら──」


 ここでも同じ答えか。

 店をたたんだ方がマシだって──



「貴族街の宿くらいのもんだろう」


「え? 空いてるんですか?」


「ああ、あの辺りはまだ空きがあるんじゃないかい? ただ、あそこらは一泊するのに金貨が必要だよ」



 半ば諦めかけていた今夜の宿探しだったが、宿の女将さんの一言で僅かに光明がさした、ような気がした。



 野宿をも覚悟していた僕がなぜこんなにも宿探しに必死になるかというと──。



『野宿だぁ? んなもん無理に決まってるだろう! 衛兵に連れていかれて施設にぶち込まれちまうぞ! 必ず宿は取れよ!」


 ガーナさんからそう聞かされたからだ。

 青の都ではそういった行為は厳しく取り締まっているらしい。




「貴族街……しかも金貨……」


 礼を言って宿を出た僕は貴族街のある方向へ目を向けた。

 その方角は──決して行くなとラーナちゃんから忠告された場所のうちのひとつだった。



「……暗くなる前にマールの花を鑑定してもらおう……」



 華やかな青の都での生活は、田舎者の僕にとって前途多難と思わずにはいられなかった。





 


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