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第88話 無名のキョウ、都に入る




 レストリア大陸最大にして最古の都、スレイヤ王国、王都アルスレイヤ──。


 別称『青の都』で知られるアルスレイヤは今、七年に一度の顕現祭を一カ月後に控えて、大いに活気づいていた。

 都には国を越えて大陸中から多くの人々が足を運んでおり、もう半月もすればスレイヤ王室に招待された各国の要人もこぞって訪れる。

 都中に流れる水路には、滞在する客をもてなすための食料や酒を運ぶ船で溢れかえっていた。


 都の中央を流れる運河沿いには、他国の商人が布を敷いては珍しい商品を所狭しと並べて商売をしており、この時期ばかりは財布の紐が緩んだ都の住民が、掘り出し物はないかと目を爛々と輝かせて物色している。

 中にはほしい商品があっても高額のため手が出せずに見ているだけの者もいれば、目当ての商品をどれだけ値切って買うことができるか楽しんでいる者もいた。


 顕現祭に向け、どこを見ても祭りの雰囲気一色に染まっているアルスレイヤであったが、しかしその裏で、華やかな気分の都には似つかわしくない不穏当な空気が漂っているのもまた事実であった。


 『無魔の黒禍』──ひと月ほど前に突如現れ、祭りに浮き立つ都に影を落としている賊の名だ。

 『無魔の黒禍』の手によって、貴族であろうと平民であろうと、老人であろうと子どもであろうと、現代魔法師であろうと古代魔法師であろうと、無差別に襲われ命を落としている。

 なぜ『無魔の黒禍』の仕業だと断定できるのか──というのも、亡骸の付近には必ず『無魔の黒禍』と書かれた紙切れが落ちているのであった。

 このひと月の間におよそ三十もの尊い命が奪われている。

 殺された者の中には顕現祭のために都に訪れていた他国からの客も含まれていた。

 毎夜のように恐怖を振りまく『無魔の黒禍』──。しかしいまだその姿を見た者はなく、アースシェイナ神の顕現祭を血で汚す邪教の仕業だとも、単に快楽を得るための犯行だともいわれている。が、『無魔の黒禍』の史実を知る者の間では、大きな禍が起こる前触れだ──などと、まことしやかに噂されていた。


 そんな表と裏の顔を見せる王都の門の外、入門を待つ長い列に並ぶひとりの幼い少年の姿があった。

 薄い水色の髪に、髪と同じ水色の瞳。

 少年は身体と同じほどに大きい革袋を担ぎ、仕立ての良さそうな外套に身を包んでいる。


「うわぁ、近くで見るとすごいな! ここが国の中心、王様がいる街かぁ!」


 長い列に愚痴をこぼしている大人たちと違い、少年は無邪気に門を見上げて口を開けていた。






 ◆






「忘れ物はないかい?」


 数日ぶりの太陽の光を受けて、庵の草原が眩しく輝いている。

 


 僕はお師匠様に言われて今一度荷物を確かめた。

 

 覗き込んだ革袋には簡単な着替えがひと揃えと、水に食料、そして今朝採ってきたマールの花と虹香茸が大量に入っている。

 外套の内ポケットに手を入れ、コンスタンティンさんに渡す書簡とクレール銀貨が少々──これは青の都に入る際に必要となるそうだ──が入っていることも確認する。

 そして腰の短刀──カイゼルさんが僕でも扱えそうなものをと、納屋で見繕ってくれた──を差しなおす。

 

「はい、大丈夫です」


 王都に向かう旅の支度は問題なさそうだ。

 旅といっても『風奔り』を覚えた僕は、早く用事を済ませられるようであれば、ひと月でここに戻って来ることができるのだ。

 だから思ったよりも不安は少なかった。

 これも修行によって少しは成長できた証なのか……。


「聖者さま……どうかお気を付けて……私もすぐに青の都に参りますので……どうか……」


「ありがとう、エミル、でもうまくいけばエミルが来る前に片付いてるかもね」


 心配そうに涙ぐむ妹を少しでも安心させようと強がる。

 成長のお陰か不安は少ないのだが、それでも青の都を騒乱に陥れている『無魔の黒禍』を思うと心が乱れる。

 誰が、なんのために、その名を名乗っているのか。

 レイクホールでは英雄、しかしスレイヤでは災いの元凶とされている無魔の黒禍の名を──。



「兄者! 兄者が帰って来たら剣の稽古をつけて進ぜますからな! 覚悟なされよ! 兄者の剣捌きはまったくもって酷いもんですからな! ガハハハッ!」


 カイゼルさんが高らかに笑う。

 さっき僕に剣を見立ててくれたとき、カイゼルさんは僕の剣捌きにため息を吐き、「まずは朝と晩、素振りを千回するところからですな!」と修行の項目を増やしてくれたのだ。

 お師匠様が『マールの花を取りに行ったことを後悔するんでないよ』と言っていたのは、カイゼルさんの熱血ぶりを知っていたからだろうか……。


「はい……よろしくお願いします……」


 モーリスとの辛い鍛錬を思い出して苦笑しながら答える。


「いいかい? その魔道具はお前さんに馴染むまで三日かかるんだ。効果を発揮するのは三日後だから、それまで青の都には入るんでないよ?」


「はい。で、肌身離さず持っていればいいんですよね」


「ああ、お前さんは魔力がないからね、もってひと月だよ? そのことを忘れるんでないよ?」


「はい、お師匠様。ひと月後には青の都を出られるように急ぎで対処します」


 そう言い、僕は腕に嵌めた魔道具を擦る。

 これはモーリスが使用しているものと同じ効果をもたらす魔道具だ。

 お師匠様が僕のために城に保管されていたものを借りてきてくれたそうだ。

 外見はそのままに、髪と瞳の色を変えてしまうこの魔道具があれば、三日後には僕の髪と瞳は別の色になり、黒目であることを隠して都に入れる。

 都まで確実に三日はかかるだろうから、姿を変えるのに必要な時間は十分にある。



「童を推薦したわたしが言うのもなんだが、無茶はするんでないよ?」


「わかっています──」


 わかってはいるけれど──

 ラルクロア=クロスヴァルトと無魔の黒禍とが結びついて、その結果クロスヴァルトに罪を擦り付けられたら僕が辺境の地に追いやられた意味がない。

 実家を守るためにも僕は力の限りを尽くさなければならない。

 この場には僕の素性を知らない人が多くいるため、そのことを口に出しては言えないが、お師匠様の目はすべてを理解してくれているかのようだった。


「──お師匠様こそ、この後の”大掃除”で無茶はしないでくださいよ」


 カイゼルさんとお師匠様は、この後レイクホールへと向かい今回の騒動の決着をつけるそうだ。

 細かいことは教えてくれないが、聖教騎士団も大きく関与してくると言っていた。

 どうやら、黒幕は相当な大物らしい。

 女の人たちを集めてなにをしようとしていたのか、層を超えた魔物が徘徊していた森の異変とも関係があるのか、隠れ者の実態は──など、神殿に行って救出作戦に参加した僕も当然知りたかったが「すべて解決したら聞かせてあげるよ」とのお師匠様の言葉を受け入れることにした。


「ハン! 言うようになったじゃないかい、こっちの心配はいらないよ」


 レイクホールのことはお師匠様たちに任せて、僕は僕のことに力を尽くそう。




「寝小丸さん、青の都からのお土産、楽しみにしていてくださいね」


『ウニャ』


 日に当たりながら毛づくろいをしている寝小丸さんにも挨拶を済ませる。


「では、お師匠様、修行に行ってまいります」


 すべてを終えて、いざ出発しようとしたとき


「キョウ君!」


 見送りに出てきてくれていたオルレイアさんが駆け寄ってきた。 


「どうしました?」


 僕の前に立ってなにかを言いたそうにしているオルレイアさんに向かい首を傾げる。


「あの、キョウ君はフランジェリカ様と……」


「はい? フランジェリカ様……? と……?」


「……あ、いえ! やっぱり次にお会いしたときにします!」


 そう言うとオルレイアさんは走ってセラさんの隣に戻ってしまった。



 ん? なんだったんだろう?

 フランジェリカ様って誰だ?



 セラさんも不思議そうにそんなオルレイアさんを見ている。

 セラさんとももう挨拶は済ませてある。

 数日後にはマティエスに向けて出発するそうだ。 

 クラックは──今朝がたエミルと話し込んでいたところをちらっと見たのを最後に、それ以降は顔を見ていない。

 エミルに聞くと部屋にこもっているようなことを言っていた。



「さて、それでは改めて。皆さん、行ってまいります!」



 こうして僕は見送ってくれたみんなに背を向けると、二本の大木の間を通り抜けた。





 ◆





「うわぁ、近くで見るとすごいな! ここが国の中心、王様がいる街かぁ!」



 そして庵を出てから三日後──。


 思いのほか早く到着した僕は都の近くで少々時間をつぶした後、王都の門に並ぶ大勢のうちのひとりになっていた。




 

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