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第87話 路銀の調達と風の精霊リーフアウレ

本日2話目の投稿となります。


 ヒョオオと不気味に唸る崖を覗き込んだ僕は、ぶるり、と武者震いをした。

 ここへ来るのは二度目だが──できることなら来たくはなかった。

 間もなく夜が明けるとはいっても、相変わらずの天気のため視界はほぼゼロだ。

 眼下に広がる大地の裂け目は尚のこと暗い、というより黒い。



「じゃ、じゃあ、リーファ、い、行くよ?」


 リーファと呼ぶことにしたリーフアウレに向かって会話を試みる。


「…………」


 ふっ、リーファもアクアと同じじゃん。


「こ、こんなときくらいは返事してよッ!?」


「…………」


「も、もういい! 行くからね!」


 男は度胸だ! とばかりに、僕は命綱である蔓を縛りつけた身体を深淵に投じた。



「う、うわぁぁぁあああっ!!」



 何日か前にも体験した死への恐怖が頭の中を駆け廻るが、あのときよりも少しだけ成長した僕は


「【ク、クロカキョウの名に於いて風の精霊リーファを使役する! ま、舞いあがれ! 僕の身体!】」


 拙いながらも、ここに来るまでの間に寝小丸さんの上で練習した精霊言語を叫んだ。


 すると僕の身体は眩い光に包まれ──






 ◆






 少しばかり時は遡り、昨日の夜のこと──


 


 かなり慌ただしかったが、部屋に収容した女性たちの世話は、エミルとオルレイアさん、セラさんに任せてある。

 お師匠様の診立てによると、女の人たちは全員命に別条はないそうだ。

 なんでも一種の催眠状態にあるようで、今はその解除に効くという香を各部屋に焚いて様子を見ている。

 

 カイゼルさんはクラックを引き連れて深夜の森に食材の確保に出かけた。

 僕がいなくなるといっても総勢三十人を超える大所帯となる。

 寝小丸さんもどこからか()()()を狩って来てくれてはいるが、やはりカイゼルさんは騎士として世話になりっぱなしということに思うところがあるのか、大槍を担いで飛び出していった。

 僕は『明日、日が昇ってからでもいいんじゃないですか?』と引き止めはしたが『娘らは明日の朝にでも目が覚めるやもしれん、その際腹一杯食わしてやりたいではないか!』と聞かず、クラックの首根っこを掴んで出て行ってしまったのだ。


 そして僕はお師匠様の部屋でお師匠様とふたり、王都へ向かう件についての話を詰めているところだ。




「その書簡を持ってコンスタンティンという腹の出た男を尋ねればいろいろと世話をしてくれる手筈になっているよ。わたしよりもその男から聞いた方が余程正確だろうね」


「はあ、でもどうして僕が……『無魔の黒禍』といっても、もしかしたらそっちが本物かもしれませんよ」


「ハン! それはお前さんがその眼で確かめるんだね! それに童を推薦したのはわたしだよ? 今は序列一位のファムもいないからね、レイクホールの守りが手薄になるから高位の騎士を青の都に派遣するわけにはいかないのさ。それに残った騎士の連中はこれからが忙しいよ? なにせ大掃除が待っているんだからね」


「それで僕が……。 というと、カイゼルさんも用事があるわけですか……」


「ああ、今回はカイゼルが中心となって膿を出しきるからね、漸くあの古狸の化けの皮を剥がせる日が来たってもんだよ」


 古狸……何の話かまではわからないが、おそらく今日の人質の件と関係しているに違いない。

 お師匠様が人の悪い顔をしている。


「あのう、そうすると僕はどれくらいの間、青の都に行っているんですか……?」


「どれくらいかって、そんなことはお前さんの向こうでの働き次第だが、まあ、ひと月もあれば十分だろうね」


「やっぱりそうですよね……そのくらいはかかりますよね……往復の移動も合わせると……五カ月……余裕をみて六カ月……」


 僕はとても心配なことがある。

 ひとりで青の都まで旅をすることも無論そうだが、そのこと以上に


「あの、言い出し辛いんですけど、六カ月も、となると、その、路銀が……」


 僕はほぼ一文無しだ。

 お金といえば、モーリスから貰った小銭が多少残っている程度なのだ。


「ハン! 六カ月? なにを言っているんだい、お前さんは! いいかい? お前さんはまだ修行中なんだよ? にもかかわらず六カ月もホイホイ外に出せるわけないだろう! ひと月だよ! ひと月後には戻って来てここでの修業を再開させるんだよ!」


「へ? ひと月って、え? だって移動だけでも片道でふた月は──」


「お前さん、修行の成果がなにも出ていないのかねぇ、いったいここで何を学んだんだい?」


「あ! 寝小丸さん! 寝小丸さんと一緒に行っていいんですか! それなら──」


「童! あんな図体のでかい魔物を連れて森から出たらどうなると思うんだい! それこそ国中が混乱してしまうじゃないかい!」



 魔物って……寝小丸さんが聞いたら悲しむけど、まあ、確かにお師匠様の言う通りだ。

 寝小丸さんであればひと月で戻ってくることも可能だろうけど、そうだよな、目立ちすぎるよな……。



「だとすると、どうしたら……」


「リーフアウレ様がいらっしゃるだろう?」


「え? リーフアウレ? あ、はい、でもまだぜんぜん仲良くなくて──」


「あのねぇ、童や、わたしがお前さんを推薦したのは他でもない、原初の精霊様がお傍にいらっしゃるからでもあるんだよ? 隠れ者を仕留めたあの術にはわたしも年甲斐もなく取り乱したよ」


 お師匠様は取り乱したという割には、やけに嬉しそうに続ける。


「だからこそ、辺境伯にお前さんを推薦した。お前さんは原初の精霊様に愛されているんだよ? そのことにもっと自信と誇りをお持ち。いいかい? 路銀だってそうだよ? この間お前さんが採って来たマールの花があるだろう? あれを青の都へ持ってお行き。宿と食事の勘定くらいにはなるだろうさ。精霊様は必ずお前さんをお助け下さる」


「えっ! またあそこに行くんですか! って、そこでリーフアウレを使うんですか!?」


「言っただろう、精霊様はお前さんを必ずお助け下さると。風奔りの術もついでに覚えておいで」



 青の都に出発する前から死ぬかもしれないじゃん! とも言えずに、僕は渋々頷くことしかできなかった。






「お師匠様、そういえばエミルの件ですが……」


 自分の部屋に戻る間際にお師匠様にエミルのことを聞いてみた。

 心の声とか、邂逅者とか、神殿でのエミルの様子がおかしかったことも気になったからだ。

 しかしお師匠様は


「それは本人から直接聞くが良いさ、わたしが話すことでもないだろう。あの娘らをそれぞれの街まで送り届けたらエミルを王都へ向かわせるよ。そこで合流すればいいんじゃないかい?」


 とだけ答えると、女の人たちの様子を見に行ってしまった。


 

 お師匠様がそう言うのであればそうするしかない。

 疑問が多く残るが、次の使命が下された僕はそれに向かって全身全霊取り組まなければならない。

 ましてや今回は『無魔の黒禍』が関わっているんだ。

 僕のことや、クロカキョウのこともなにかわかるかもしれない。

 とにかく今はそのことに集中しよう。



 そう考えた僕は夜明けまでにあの崖に辿り着けるように、寝小丸さんと交渉しようと庭へ出た。







 ◆







 光に包まれた直後──浮遊感を覚え、閉じていた目を開ける。

 すると、


「うわぁっ! う、浮いてる! 浮いてるぞッ!」


 僕の身体は崖の中ほどに浮いていた。


「す、凄い! 凄いぞ! リーファ! ありがとう!」


「…………」


「リーファ、あっちだ! あそこにマールの花がある!」


 返事こそないままだが、リーファは僕の思った通りの場所に僕の身体を移動してくれる。


「あ、あそこにも! 今度はあっちだ! リーファ!」


 今は精霊が身近にいることがわかる。そのことがとても嬉しかった。

 魔法が使えなかった僕が、こうして宙に浮くことができている。

 無魔と言って白い目で見られていた僕が、なんの力もなく、何度となく死にかけた僕が、こうして精霊と通じ合っている。


 ああ、みんなにこの喜びを伝えたい!


 僕は人生の絶頂を迎えたかのように胸を躍らせた。


 そしてかなりの数のマールの花を採取し終えたとき、


「日が昇って来たぞ! 何日ぶりの太陽だろう! リーファ、見に行こう!」


 薄らと白みがかってきた上空に、太陽を感じ


「──高く昇れぇ! リーファ!」


 リーファに指示を出す。


 リーファは僕の身体をどんどん上空に持ち上げる。

 寝小丸さんが子猫のように小さく見え、大地の裂け目がにっこりと笑った口のように見えてとても滑稽だ。


「──いいぞ! リーファ! 行っけぇ!!」


 僕の身体はぐんぐん昇る。

 不思議と怖さや寒さは感じない。


 リーファは地上千メトルほどの高さまで僕を運ぶと、すうっ、と僕の身体を宙に停止させた。

 僕は胸を張り、顔を上げ、まっすぐ正面を見る。


 そこには──


 地上千メトルからみた朝日に僕は感動して声を失った。

 数日ぶりに見る太陽は黄金に輝き、生の恵みを惜しげもなく大陸中に降り注いでいる。

 眼下に広がるバーミラル大森林は想像以上に広く、地平線の彼方まで続いている。

 

 なんという広大な景色だろう、なんとういう尊大な世界なんだろう!



「見えるかい! アクア! リーファ! とっても綺麗だ!!」


「…………」


 もう返事がなくなって気にしない!

 精霊たちが僕を助けてくれることがわかったから、僕も精霊を愛し、共に生きて行こうと覚悟を決めた!


 僕は手足を一杯に伸ばして橙色の朝陽を一身に浴びる。


 そして


「アクア! リーファ! 僕を選んでくれてありがとう! この美しい世界を護るために力を貸してくれっ!!」


 太陽に向かって声の限り叫んだ。



 『喜んで!』



 そのとき、確かに僕の耳に透き通る声が届いた。






 第三章  完




 

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

第三章の終了となります。

前話後書きで次話から第四章となります、とお知らせしましたが、すみません、今話で終了となります。


次話からは舞台を王都、青の都に移してのお話となります。

王都では『無魔の黒禍』を名乗る何者かとの接触があり、さらにはミレサリア王女との再会もあり。

精霊の力を得たラルクは王都でも通用するのか、陰謀渦巻く権力者たちとどう向き合うのか。

第四章はラルクが成長するカギとなるイベントが多く起こる予定です。


庵に残った面々も気にはなりますが、その辺りは別の話で書きたいと考えています。

ドレイズ猊下は……今後も関わってきそうです。


再開までしばらくお時間をいただくかと思いますが、今後もお付き合いいただけると幸いです。


                                        白火



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