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第78話 それぞれの事情


「ほら、突っ立ってないで座りな」


 お師匠様が、パンッ、と手を叩くと食堂の重い空気が払拭された。


「童も詳しいことは夜にでも聞かせてやるから、取り敢えず座るんだよ」


 僕が座ると、なにか言いたげな様子のクラックも荒々しく腰を下ろす。



 そして全員が炉を囲むように座ると──お師匠様から右回りに女性ふたり、クラック、カイゼルさん、僕、エミルといった座り順で──お師匠様が口を開いた。


「みんな座ったね。なんだか面白そうなこともあるようだが、まずはそれぞれの名前を教えておくれ。早く家に帰りたい者もいるだろうが、お前さんたちは死にかけだったんだからね。しばらくはここで体力をつけないといけない。お互いのことを知っておかないと何かと不便だろう?」


 クラック以外の全員が頷く。


「質問があったら後で聞くよ。ここでの決まり事などはその後、わたしから話すとしようか。さあ、それじゃあ、わたしから始めようかね」


 お師匠様が「お前さんたちも簡単で構わないよ」と前置きをして


「わたしはイリノイ、ここの家主だよ。普段はレイクホールに居を構えているが、今は訳あって隠居暮らしだね。──さあ、エミル、お前さんの番だよ」


 言った通り簡潔に話を済ますと次はエミルの番になった。


「私はエミリアと申します。どうぞ気軽にエミルとお呼びください。私は人鬼オーガに襲われていたところと、森の中で力尽き倒れていたところと、合わせて二度にも亘って神の御使いである聖者さまにお命を救われました。今、こうして皆様の前でお話をすることができるのも、聖者さまあってのことなのです。私にとって聖者さまとは、まさに──」


「エ、エミル! 次は僕だね! キョウです! よろしくお願いします! ──はい、カイゼルさん!」


 話が長くなりそうなエミルから強引に順番を奪い、お師匠様より短く済ませると隣のカイゼルさんに番を回す。


「ふむ、では。うぉっほん! それがしはレイクホール聖教騎士、カイゼル=ホークと申す。戦の神に見捨てられはしたが、生命の神には見捨てられなかったとみえて、ここにおる兄者によって命を御救い頂いた。ここに座る者は皆、一様に兄者に命を拾われておる。斯様に身体の小さな兄者が五人もの命を背負い、試練の森をひとりで──」


「カイゼルさん! 長い長い! 終わらせて!」


 こっちも長くなりそうなので急いで終らせる。


「う、うむ、では、次、お主じゃ」


 そしてクラックが


「クラック、冒険者だ」と名乗った後にエミルを指差し、


「そこのブレナントの聖女エミルと冒険者集団パーティーを組んでいる」と続けた。


「おお! なんと! 貴殿はブレナントの聖女殿でおられたか!」


「聖女……様が、このような森の奥に……」


 カイゼルさんと、お師匠様の隣に座る金色の髪を肩口で切り揃えている女性の方から感嘆の声が漏れる。

 クラックは、といえば、その声を耳にして得意顔で髪をかき上げている。


 なんでクラックが偉そうにしているんだ……?


 疑問に思うがそれはエミルとクラックの問題だ。また突っかかってこられても面倒なだけだから、なにも言わずに見て見ぬ振りをする。


 もうひとりの女性──こちらも金髪だが腰のあたりまで伸ばしている──は『ブレナントの聖女』という名称に心当たりがないのか首を傾げていた。

 

 そしてその女の人の番になる。


「キョウ君、この度はお助けいただいて、本当にあり……がと……う……」


 が、僕の方へ身体を向けて話をしようとして僕と目が合うと、そのまま言葉を止めてしまった。


「? 僕の顔になにかついていますか?」


 顔に寝小丸さんの毛でもついているのかと思い、頬や額を手で払うが、


「い、いえ! ──あの、私は遠く小さな国から使いを頼まれレイクホールに来ました。名はオルレイア、どうぞレイアとお呼びください、歳は二十二歳になります」


 女の人──オルレイアさんは早口で挨拶を済ませると目を伏せてしまった。



 も、もしかして服を破いてしまったことを……怒ってる……?

 あとで謝っておかないと!



「あ、じゃあ最後は私ですね、私はセラといいます。十六歳です。両親と弟、妹の五人でマティエスの町で暮らしていたのですが、町の外れで人攫いに遭い、無理やり馬車に乗せられて王国北部まで連れてこられました」


 この人がマティエスから連れてこられた人のようだ。


 セラさんは日焼けしているため、毒の影響を感じさせることなくとても健康的に見える。


「夜中、見張りが気を抜いた隙になんとか逃げ出すことができたのですが、どこに逃げたらいいのかわからず、迷っていたところを偶然通りかかった聖教騎士様に助けていただいたのです。……でも、そうしたら……突然襲われて……」


 活発そうなセラさんは最初こそハキハキと話していたが、やはり襲われたときの恐怖が甦ったのか、顔を顰め声を詰まらせてしまった。


「うむ、セラ殿、その先は某が引き受けよう」


 そこへカイゼルさんが助け船を出し、セラさんに代わって話を続ける。


「某を含む聖教騎士団ミスティア隊の六名はマティエスでの任を終え、レイクホールへと帰途についておった。そして街まで半日という地点で、茂みに身を潜めているセラ殿を発見して救出したのだ。事情を聴くと人攫いに遭ったという。そこで我が隊のミスティア隊長は然るべき報告をするため、我らより先にレイクホールの街に入られたのだ」


 僕がミスティアさんから聞いた内容と同じだ。

 するとこの後に──


「だが、隊長が隊を離れてよりすぐに賊に襲われたのだ。しかも賊にしては手錬が過ぎる。我ら聖教騎士五名を相手に一歩も引けを取らんかった。いや、我らが押されていたのだ。なにしろそやつらは姿が見えんのでな。それだけではない、どういったわけか加護魔術も伝報矢メッセージアローも行使できぬのだ。形勢が不利になった我らは散開した。とにかくひとりでも生き残ってこの件を隊長に伝えなければならない、と」


 そしてなかなか戻らないカイゼルさんたちを心配したミスティアさんが迎えに行ったと……


「セラ殿とふたり、身を隠しながら進んでいたところ、何者かに襲われたというオルレイア殿を保護したのだ。たがセラ殿とオルレイア殿を連れて移動していた其らは不覚にもキトリスの毒を食らってしまったのだ。騎士団長のファミア殿に持たされていた薬を三人で服用し、なんとか一命を取り留めると、解毒作用のあるマールの花の滴を求めて無謀であることは承知のうえで試練の森に踏み入った、までは良いのだが、記憶があるのは、四層の門を超えたところまでだ」


 そういうことだったのか。

 

「して、暫し前にこの屋敷にて意識を吹き返した、というわけですな」



 長い話ではあったが、みんなひと言も口を開かずに聞いていた。


 見えざる敵……お師匠様が言っていたミスティアさんを襲った賊と同じ奴か……


 オルレイアさんも襲われていたって……

 同じ敵か?



「お前さんたちそれぞれ大変な思いをしたね。だが安心おし、ここにいる限りは安全は約束するからね。──大切なことだから初めに言っておくが、ここでのことは一切口外しないように誓うんだよ。それが守れないようだったら五層に放り出すからね。いいかい? お前さんもだよ? 若いの」


 これには名指しされたクラックも含めて全員が頷く。


「さて、なにか聞きたいことはあるかい?」


 話を先に進めようとお師匠様がそう言うと


「いつになったら帰れるんだ──いてッ!」

「小僧、元気なのは良いが目上の者には敬意を持って接しろ」


 真っ先にクラックが口を開くが、クラックの横柄な態度をカイゼルさんが叱りつける。


「い、いつ帰れるん……ですか」



 カイゼルさんには逆らわないのか……



 クラックが素直に言い直すと、それに満足したのか相好を崩したカイゼルさんが大きく頷く。


「帰りたいときに帰るが良いさ。わたしは引き止めはしないよ? だがね、嫌がる子を無理に連れて帰るような真似はするんでないよ?」


「っく……」


 遠回しにエミルのことを咎められて、クラックは二の句を継げずに黙り込む。


 ちょっとだけいい気味だと思ってしまった僕は性格が歪んでいるんだろうか?


「あの!」


 すると今度はマティエスから無理に連れてこられたというセラさんが元気よく右手を挙げた。


「あの馬車にはまだたくさんの女の子が乗っていました。私もお手伝いするのでなんとか助け出すことはできないでしょうか」



 他にもいるのか!


 

 死ぬほど恐ろしい思いを味わったというのに、セラさんは自分も手伝うという。

 そんなセラさんの他人を思いやる心に感心したのか、目を細めたお師匠様が


「ああ、そのことはカイゼルから聞いているよ。既に策は練ってあるから安心おし。それにお前さんの手を借りずともまったく問題はないよ、わたしの弟子がここにいるからね」


 火箸の先を僕に向ける。


「──ッ!」


 すぐにでも反論したかったが、どうせ修行の一環だと言って聞き入れてもらえないのと、セラさんから期待に満ちた目で見られていたこともあって、この場では黙っておくことにした。

 とはいっても、


 なにをさせられるんだろう……


 お師匠様の破天荒さを、この身で思い知らされている僕としては動揺を隠すのに必死だった。


「ありがとうございます! それと……家族を安心させたいので、家族に私の無事を伝える手段はないでしょうか」


「それならわたしが伝報矢メッセージアローを放とうかい。他にも今の現状を誰かに知らせたい者はいるかい?」


 以前同じ質問をお師匠様からされたとき、エミルは家族にも教会にも知らせなくていいと言っていた。

 むしろ無事でいることを知られたくないような言い方だったことを思い出した。


 だから──。


「私は自分で放てます」というオルレイアさんの次に


「クラックと言ったね? わかったよ」


 クラックが手を挙げたときに見せた、エミルのとても悲しそうな表情が気にかかった。



 心に抱えたきりで、まだ話してくれていない"なにか"があるのではないか──と。


 


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