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第76話 弟は騎士さま(オーガ級)


「おお! 貴公がキョウ殿でおられるか!」


「──うわ!」


 屋敷の戸をくぐるなり、僕の目の前に、ぬっ、と現れた大きな影に思わず身構える。

 が、特徴的な大きな身体を見て、それがカイゼルさんであるとすぐに見当がつき肩の力を抜いた。


「おっとこれは驚かせて申し訳ない!」


 そう詫びるなりカイゼルさんは人鬼オーガ級の体躯を丸めて跪く。


それがしはレイクホール聖教騎士、カイゼル=ホークと申す者。此度はミスティア隊長ばかりでなく某どもの命までもお助けいただき、まこと感謝の念に堪えませぬ、四層で力尽き倒れていたところをイリノイ嫗の隠れ屋敷までお運びくださり、さらにはその身を危険に晒してまで、某どものためにマールの花を摘んで来られたとのこと、不肖このカイゼル=ホーク、残りの生涯全てを貴公に捧げる覚悟で──」


「ちょ、ちょっと、カイゼルさん! ま、待ってください! なんだか話が大きくなりすぎてませんか!?」


「おお! 何を申されるか我が命の救い主よ! 偶然にも貴公があの場を通らなければ某はキトリスの毒によって無念にもこの身朽ちていたところであったのですぞ! それを貴公のご厚情によってこうして救われたのです! であるならば貴公に拾っていただいたこの命、貴公のものであると同義! 然るに──」


「聖者さま? そのままのお姿ではお風邪を召してしまわれます。このような場所で立ち話もなんですので、食堂へ参られてはいかがでしょうか?」


 追いついてきたエミルによって暑苦しかった玄関の空気が元に戻る。


「そ、そうだ、それがいい! そうしよう!」


「──うむ、かたじけない、雨に濡れておる貴公を気遣いもせず一方的に某の要件を捲し立ててしまうとは、昔からの悪い癖がまた出てしまったようだ。興奮すると周りが見えなくなるのが欠点だぞ、と、ミスティア隊長からも何度となく叱られておるというのに某も──」


「さあ、聖者さま、どうぞ」


「あ、ありがとう」


 エミルから受け取った手拭いで肩や頭の雨を払う。


「ここのところは留意しておったのに、生死の境を彷徨っていた際に頭から抜け落ちてしまったようだ、いや、誠に申し訳ない。実は某がまだ貴公ほどに幼い時分──」


 顔も拭き、エミルに手拭いを返してもなお話が続いている。


「さあ、参りましょう、聖者さま?」


 手拭いを小さく折りたたみ、懐の中へ大切そうにしまったエミルが、僕の先に立って食堂へ向かう。


「ま、まだ話しているみたいだけど、いいのかな……」


「お師匠様をお待たせするわけには参りません、急いだ方がよろしいかと」


 僕は心の中でエミルの手際の良さ(?)に感心すると、靴を脱ぎ、熱く語るカイゼルさんを残したまま食堂へ移動した。






 ◆






 食堂に入るとそこにはお師匠様と、他にもうひとり、見覚えのある男の人の姿があった。


「エミル! 無事だったんだね!」


 やってきた僕たち──ではなくて、やってきたエミルの顔を見るなり男の人が駆け寄ってきて、エミルのことを抱き寄せ──


「クラックこそ!」


 ──ようとしたクラックの両手を先に取り、距離を保ったままエミルが笑顔で答える。




「草刈りはどうだい? そろそろ終わった頃かい?」


 目の前では感動の再会を果たしているふたりがいるというのに、お師匠様はいつも通りの表情でお茶をすすっている。


「いや、まだです……」


「そうかい、頑張るんだね」


 そこへ、


「おお! キョウ殿! 突然いなくなるとは、秘術で姿を消されたのかと思いましたぞ!」


 カイゼルさんが現れ、食堂の室温が僅かに上がった。──ような気がした。









「あれ? あとの女の人ふたりは……?」


「おお! キョウ殿の気を煩わせてしまうとは! 申し訳ない! しかしキョウ殿! 心配には及びませんぞ! ふたりは今、湯浴みをしておりますゆえ!」



 いや、カイゼルさん、エミルに聞いたんですけど……。

 どうして反対向いているカイゼルさんが答えるんですか……。

 しかもそんな大声で……。



「そ、そうですか。──あのう、カイゼルさん、その堅苦しい口調、なんとかなりませんか……?」


 カイゼルさんの話し方は、昔まだ僕が貴族だったころに父様の臣下の口から発せられる言葉を聞いているようで気が重くなる。

 言葉に裏が見えないぶん、貴族たちよりマシだけど、エミルのそれと違って暑苦しいというか仰々しいというか……。


 エミルの口調のように、慣れてしまえばそうも感じなくなるんだろうか?


「それは相成りませんぞ! キョウ殿──」


 だから声が大きいんですって!


 カイゼルさんは人鬼(オーガ級)級だから、たとえ座っていようが、空から声が降ってくるようでいちいちびっくりさせられる。


 お師匠様からもなんとか言ってくださいよ──お師匠様を見ると……なんとも悪い顔をしている。


 あ! あれ、なんか企んでいるときの顔だ!!


 僕がそのことに気がつくかつかないかのタイミングで


「兄者となったキョウ殿に、そのようなご無礼なこと、できようはずがないですぞ!」



 ──兄者?


 兄者って、兄? だよね。ってことは、カイゼルさんが弟ってこと……?


 あれ? このあいだ妹ができたばかりなのに、もう弟ができたの?


 やった!


 これでさらに寂しい思いをしなくて済むぞ!


 弟かぁ……手を繋いでお散歩に行って、帰ってきたら一緒に湯浴みして頭を洗ってあげるんだ、そして暖かいお布団で一緒に寝て、怖いときにはお手洗いにもついていってあげなきゃ。


 あ〜、なんだか兄さまってとっても大変!



 ──って、なるわけないだろッ!!


「な、な、なんですかッ! 僕が兄って!! ちょっとお師匠様からもなんとか──って、い、いない!?」


「先ほど『ふたりの様子を見てくる』といわれて、湯浴み場へ行かれましたが……」


「──なッ!!」


「兄者! お師匠様の修行、楽しみですな! 某には何故か精霊様が近寄ってきてくださらないのでな、契約を結ぶことが叶わず剣一筋でここまでやってきたのですが、先の一戦で惨敗を喫してからはそれではいかん! と相成りましてな! イリノイ嫗とここでお会いできたのを幸いと、弟子入りを志願したのです! 今まで何度頭を下げても首を縦に振って下さらなかったイリノイ嫗が、あっさり弟子入りを許可して下さったときにはそれは驚きましたがな! これも精霊様のお導きやもしれませんぞ! 某がまだ十になるなならないかの時分──」



 カイゼルさんのその大きな声で精霊が逃げちゃうんじゃないのかな……。







 妹は聖女さま。

 弟は騎士さま(人鬼オーガ級)。

 



 どうやら僕は三人兄弟の長男になったようです。



 お師匠様、もうこれ以上兄弟を増やさないでください……。



 


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