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第59話 友達の証



 ────ふっ、とミストが散る。


 頬をいていた熱波を、それを生み出していた巨大な炎の竜巻ごと飲み込んだミストは跡形もなく姿を消した。


 太陽に灼かれるような高温から一転、心も凍りつくほどの低温に乱高下させ、そして今──その余韻だけがふたりのいる空間を支配していた。




 しん、と静まり返ったこの場所に存在する音は、遥か遠くで轟いている雷鳴だけだった。

 大地を潤す雨の音も、木々の合間を縫う風の音も、夜に近付き活発になる獣の鳴き声も、美しい羽音を競う虫の音も聞こえてこない。

 まるでこの場のすべての存在が、精霊の絶大なる力の前にひれ伏しているかのようだった。

 

 ただ一滴、ぽたりと落ちた雨粒の音が引き金となり、世界はまた常の動きを始めた。


 大粒の雨が頬を打ち、冷たい風が首筋を通り過ぎる。

 餌を探す獣たちが咆哮をあげると、虫たちも我先に羽音を鳴らす。

 


「凄い……これが僕の……精霊の力……」


 初めてこの眼でしかと見た精霊の力に、腰を抜かしてしまった僕が声を漏らすと、


「こ、これがキミの……これがアクアディーヌちゃんの……」


 ファミアさんの呟きが風に乗り僕の耳元まで届けられてきた。

 ファミアさんに焦点を合わせると座り込んでいるファミアさんと目が合う。


「ファ、ファミアさん! だ、大丈夫ですか!!」


 ファミアさんの安否が気になり声をかけ


 「心配ありがとう、ボクは大丈夫!」と明るく返ってきた返事に安堵するも、「でも……しばらくは立てそうにないや……ははは」


 ファミアさんも腰を抜かしていたことに、失礼ながら親近感のようなものを覚えてしまった。



 お互い腰を抜かした結末でどっちが勝ったのか負けたのかはっきりしないけど、どうやら精霊のお陰でファミアさんを納得させることはできたようだ。






 ◆






「これ……なんですか……?」


 別れ際、「友達の証に」と言ってファミアさんから渡されたものは小指の第二関節ほどの大きさの石だった。

 先が曲がった鳥のくちばしのような形をしており、とても滑らかに磨きあげられている。

 太い部分の真ん中には穴が開けられていて、そこに長い革紐が結いつけられていた。






 あの後、ふたりでうろの中に戻って世間話をしていた際、『是非友達になってほしい』というファミアさんの申し出に僕は疑いの目でもって首を横に振った。でもファミアさんが『いや、今度は本当にただの友達。条件なんかは一切ないよ』と必死に弁明するので、『絶対に僕の力のことは口外しない』という条件を逆に付けてファミアさんの申し入れを受けることにした。


 ファミアさんは水の精霊と契約を交わすためにこの森へきたらしい。

 本来、レイクホールの住人は第三層以降には決して足を踏み入れてはいけないそうだ。

 聖教騎士の中でも序列一位(これを聞いたときにはまた腰を抜かしそうになった)のファミアさんでさえ、数年に一度の調査目的以外では入ったことがないという。

 『いいんですか? ファミアさん?』僕が訊ねると『ははは』と誤魔化すファミアさん。ということもあって、今日のことはふたりだけの秘密になったのだ。


 『この先行くにしても帰るにしてもくれぐれも気を付けて』と何度も何度も口を酸っぱくして言われ、さらには森の中での注意事項も叩きこまれた。

 同じ聖教騎士のミスティアさんのことや行方不明のカイゼルさんのことなど聞いてみたいことはたくさんあったけど、僕の素性を知られる危険があるため、僕は聞き役に徹していた。


 時折見せるファミアさんの表情からも、僕に聞きたいことがたくさんあるんだろうことがひしひしと伝わってきたけど、ファミアさんはその都度「友達」の条件を思い出すのか、ぐっと堪えて別の話を続けていた。

 僕も申し訳ないとは思いつつも、そのことに気が付かない振りをしていた。

 いつかはモーリスのようにファミアさんとも腹を割って話せる日が来るんだろうか。

 来るといいな。

 そんな僕の思いを感じ取ってくれたのか、見るとファミアさんも優しい笑みを浮かべてくれていた──。






「それは呼び合わせの石。首からぶら下げておけるようになっているんだ」


 呼び合わせの石? 綺麗な石だな……魔道具かなにかなのかな。

 見たことも聞いたこともないけど……


「──ボクとお揃いなんだ。ほら、大丈夫だからぶら下げてみて?」


 物珍しそうに石を見ていた僕にファミアさんがそう促してくる。

 顔を上げるとファミアさんが外套をまくり、胸元の石を僕に見せてくれた。

 確かに僕が渡された石と、色も形もまったく同じものがファミアさんの首からぶら下がっている。


「はい」


 返事をすると僕はファミアさんの真似をして革紐を首にかけた。

 が、紐がだいぶ長く、石がおへその当たりにきてしまっている。

 するとファミアさんが「ちょっとそのまま動かないで」と言い、僕の首に両腕を回してきた。

 ファミアさんの胸元の石が僕の額に、こつん、と当たる。

 そして留め金が外されたままの外套の中、温かい胸の谷間から、またあの甘い花の香りが漂い、僕の鼻孔に充満し──


(やっぱりだ。この香り、前に嗅いだことがある) 


 幼い時分の記憶が再度、頭に浮上(フラッシュバック)するが──あと少しで思い出す、というところでファミアさんがスッと元に位置に戻った。

 そして「うん、これでいいかな」と言ってにっこりと笑う。

 その笑顔を見て、やはり僕にエルフの知り合いはいなかったはずだとかぶりを振る。


「ボクのふたり目の友達となってくれたキミにあげる。なくさないでとまではいわないけど、大切にしてくれると嬉しいかな」


「え、こんなに高価たかそうなもの……」


「うん。高価たかいよ? 目玉が飛び出るくらいには。でもキミに持っていてほしい。使い方は──」




 どうして初対面の僕なんかにこんなに優しくしてくれるのだろう。


 なんだか心がくすぐったい。


 強引だとか気性が荒いとかいった側面、すべてを許容してくれる優しさが聖教騎士には、レイクホールの住民にはあるのかもしれない。

 僕が知る貴族の世界とは大違いだ。



「ありがとうございます」

「礼を言うのはボクのほうだよ。いろいろありがとう。いいかい? 本当に気を付けて帰るんだよ?」

「はい。ではこれで」

「うん、これで」


 別れのあいさつを済ませると僕は第四層へ続く門へ向かって歩き始めた。

 無論、帰る方向とは逆だ。

 しかし「もう少し薬草を探してから帰る」という僕の言葉を信用してくれたのか、ファミアさんは何も言うことなく見送ってくれた。

 一度振り返ると、ファミアさんはまだその場で立って僕に手を振ってくれていた。


「さようならぁ!!」最後に大声で手を振る。


 『さあ、庵に向かって頑張るぞ!』と前を向き、気を引き締め直して奮起したとき


「あ、そうそう! 勝手に御両親を殺したり妹君を病気にさせたりしたら怒られるよ!!」


 というファミアさんの声に驚き振り返ると、もうそこにはファミアさんの姿はなかった。


「どういう……意味だろう……?」


 僕は首をひねって少々考えるもその答えに行きつくことができずに、「まあいいか」とまた前を向くと、少しだけ弱まってきた雨の中、次の門を目指して歩き始めた。




 

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