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第49話 試練の森 第二層





「本当だ。イリノイさんの言う通り魔物なんて全然いないな」




 雨の中、順調に森を進む僕は思ったよりも楽な行程に拍子抜けしながらも先を急いでいた。


 現在地は第二層。辺りが薄暗くなってきたところから、どうやら時刻は夕方らしい。


 地図を見るに第三層へ続く門まではあと半分といったところか。


 悪天候のせいか冒険者などの人影も皆無だった。




「これなら明日には着くんじゃないのかな」




 くぐるべき門は後三つ。このペースのまま、獣にも魔物にも遭遇せずに進むことができれば明日の夕方には着くだろう。


 イリノイさんは層を越える毎に魔物が強くなると言っていた。


 だから僕は今日中に第三層の門までたどり着き、その手前、第二層で夜を明かそうと考えた。




「今が夕方だとするとこの森に着いたのが朝だったのか。レイクホールの屋敷を出たのが昼過ぎだから……いち、にい、さん、お、三日かからずに森に着けたということか。──イリノイさんに褒めてもらえるかな」




 あまりにも順調なため、ひとりごとも弾む。


 これも嫌々ながらもモーリスに鍛えられた日々が功を奏してのことだろう。


 僕は胸の中でモーリスに感謝すると、なるべく雨にあたらないように大きな木の下を選んでは小走りに門を目指した。












「そろそろ胃になにか入れておかないと……」




 少し前に地図を確認したときの場所から計算すると、もうじき第三層へ続く門に着くころだ。


 そんなとき、軽快な足取りで歩き続けていた僕の身体に空腹感が襲ってきた。


 今までは緊張が勝って意識せずにいられたけど、少し余裕が出てきた途端に腹の虫が騒ぎだした。




「どうしよう、狩りなんてできるかな」




 こんなときモーリスがいれば心強いのに、と、ここでもまた愛嬌ある無精ひげの顔が頭に浮かぶ。


 しかし今はひとりだ。とにかく今までの経験を活かして食料の確保を頑張ってみよう。




「でも剣もないし……どうしよう」




 第一層で剣のかわりに拾った木の枝を見てため息を吐く。


 イリノイさんに短剣でも借りておけばよかったな、と後悔するも時既に遅し。


 庵への移動が急遽決まったことだとはいえ、こんな大きな森に何の準備もなく手ぶらで入るなんて僕ぐらいのものだろう。


 真っ暗になってしまってからでは食料の確保もままならないだろう──僕は肉は諦め、武器を使わなくても収集可能な食料の調達に行動を切り替えた。


 つまり、落ちている木の実を集めることにしたのだ。


 とはいえ季節がらそうそう都合よく食用に適した木の実など落ちているはずもなく、辺りは暗さを増していく。


 そろそろ雨をしのげる場所も探さないといけない。


 このままでは寒さと飢えに耐えながらの夜明かしになってしまう。




「まずいな……」




 焦る気持ちとは裏腹に種ひとつ落ちていない。


 左右の茂みの奥に入れば何か見つかるかもしれないが、その分獣や魔物に襲われる危険も増えそうだ。


 できることなら危険を冒すことなく空腹を満たしたい。




 だからというわけではないのだけれど──




「運よく肉でも落ちていないかな」




 馬鹿げたことをボソッと呟いてしまった。




「はは、そんなわけ──」 




 そんな自分が滑稽になり、つい吹き出してしまったとき、




「──えぇ!?」




 無残な姿で横たわる数頭の天鼠狼(バットウルフ)が目に入った。




「そんなことって……」




 恐る恐る近付いて、木の枝でつついてみるが動く気配がない。




 数えてみると全部で七頭の屍があった。


 全てかなりの力で押しつぶされたような死に方だ。




 なんのいたずらか、幸いにも大量の肉が目の前に現れた。が、天鼠狼(バットウルフ)の惨い姿と、これをやってのけたなんらかの脅威がまだ近くにいるかもしれないことを考えると、一気に食欲が吹き飛んでしまった。




「この場所は危険だ……」




 僕は天鼠狼(バットウルフ)の屍から遠く離れたところまで移動すると葉っぱに溜まった雨水で喉を潤し、身体を丸めてまんじりともせずに一日目の夜を過ごした。












 ◆












「まったく……」




 自分の体の数倍はあろうかと思われる魔物を数頭仕留めたエルフの少女が嘆息する。




「キリがない……」




 少女が通った後には数えられないほどの魔物の骸が散乱していた。


 今倒した魔物もその中のひとつに過ぎない。


 少女が歩き始めると魔物の死体を貪り食べに、獣が群がる。


 凄まじい光景だ。


 しかし、少女は後ろを振り返ることなく前に進み続けた。








「なんだか森の様子がおかしいね」




 先ほどよりも巨大な魔物を屠った少女が空を見上げ呟いた。


 この時季にしては珍しく数日間降り続ける雨が少女の白い肌を打つ。


 少女は小さく舌を出して唇を伝う雫を舐める。




 少女は一層、二層と進んできた森が、いつにも増して魔物や獣の数が少ないことを訝しんでいた。


 普段であれば少女の前に姿を現す精霊も、二層では全く見当たらなかった。


 そこへ来てこの第三層は、精霊の姿こそまだ見ていないが魔物の数が多過ぎた。


 数年前に調査隊として訪れたときとは明らかに異なる様相を呈している第三層に、森をよく知るエルフ族の少女は警戒を強める。




「今日一日探して見つからなかったら、一度戻って閣下に報告しよう」




 少女はそう呟くと森の奥へと歩を進めた。














 ◆












「な、なんだこれ!」




 僕は食い荒らされた魔物の屍を見て声をあげた。


 第三層の門をくぐってすぐのことだ。




「うわ、あっちにも!」




 視線を奥に向けるとそんな死体がゴロゴロと転がっている。




「やっぱり誰かいるのかな……?」




 結局、緊張から一睡もできずにいた昨夜、天鼠狼(バットウルフ)をあんな姿にした原因について、いくつかの可能性というか仮説を立てていた。




 といっても天鼠狼(バットウルフ)よりも強い魔物の仕業か、冒険者かの仕業、はたまたそのどちらでもないか、の三通りだけだけど。




 牙や爪の跡がなかったから魔物の可能性は低いか。


 仮に冒険者だとしたら相当な魔術の使い手かもしれないな。


 でも素材となる部位がそのまま放置されていたから……冒険者じゃないのかな。


 とにかく、誰かいるとしたらイリノイさんの指示通り鉢合わせしないように気を付けなきゃ──などと考えていたのだ。




 そして目の前に広がる魔物の屍。




 既に食い散らかされているのでどんな状態で死んでいたのかまではわからないけど、おそらく昨日の天鼠狼(バットウルフ)を始末したモノと同じモノの仕業だろう。


 僕はしゃがんで屍のひとつを棒で突っつき、そう結論付けた。




 そして──。




「なんだ?」




 踏み荒らされた地面にキラッと光る糸のようなものを発見し、手にとってみた。




「緑色の……髪の毛……かな? これ……」




 どうやら人の髪の毛のようだ。


 遠目からでも見つけることができたそれは相当に長く、また美しく輝いている。




「この髪の人がやったのかな……」




 僕はぶるりと身震いすると急いで立ち上がり、




「少し遠回りになるけど仕方ない」




 屍が続いている道とは反対の方向に向かって先を急いだ。






 



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