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第48話 試練の森 第一層







「じょ、冗談じゃない! 庵までこんなに遠いなんて! 外に出て門を越えればすぐって言ってたじゃないか!」




 『森に入るまでは決して見てはいけないよ』と言ってイリノイさんから渡された紙切れを見た僕は三日前に決めたばかりの覚悟が早くも揺らいでしまうほどの困難に直面していた。




「なんだよこれ!」




 もっというならあのとき安直にイリノイさんの提案に乗っかった自分を呪ってやりたくなるくらいに後悔していた。




 その紙切れには今立つ場所からイリノイさんの庵までの簡単な地図が記されており、イリノイさんが僕を思う優しさが──って、そうじゃない! 


 たしかに地図を描いて渡してくれたのは有り難いが、説明が全然違う!




 イリノイさんは『外に出て門をぱっとくぐればすぐだから』と言っていた。


 けどこの地図を見ると、




「どうして門がこんなにあるんだ!!」




 庵まではどう見ても越えなければならない門が四つもある。


 しかも庵と思しきの印の横に『外に出てから十日以内に到着しているように』と書かれている。


 他にも細かい字で『庭の草刈り』や『薪割り』、『猫の世話』など庵に着いたらしておくように、という指示がいくつも書かれていた。




「猫の世話って……」




 どうして普段生活していない家に猫がいるんだろう、と僕は少し不思議に思い──って、だからそうじゃない!


 なんだかもう頭がおかしくなりそうだ!




「十日!? ここから庵まで十日もかかるのッ!? 全然三日じゃないじゃん……食料だってもうないのに……」




 僕はイリノイさんと別れてから三日もの間、地下の通路を延々と歩き続けてきた。


 実際は薄暗い地下だったためきっかり三日かどうかは不明だけど、イリノイさんが三日で外に出ると言っていたから、おそらくそのくらいは経っているのだろう。


 そしてようやく外の新鮮な空気を吸うことができたのだ。


 少ない食事と疲れた身体に弱音も吐かずにここまで来られたのは、無論『強くなりたい』という思いあってのこともあったけど、外に出て門を越えれば庵で休める、と身体に言い聞かせてきたからだ。




 それなのにここからさらに十日もかかるとは──。




 脱力した僕はその場に座りこんでしまいたい衝動に駆られた。しかし『門がひとつだといつから勘違いしていたんだい』と、目を細めて嘲笑う白髪の老婆の姿が頭に浮かび、奥歯をぐっと噛み締めて堪えた。






 そしてイリノイさんと別れ際に交わした会話の内容を思い出した──。












 ◆












「さあ、ここからは別行動だよ」


「え? 別行動……?」




 長い一本道を進み、初めて三つに通路が分岐する個所にやってきたとき、イリノイさんが僕を背から下ろした。


 ここがレイクホールの街の地下に造られた三百年も前から使われている秘密の通路だったということにも驚かされけど、ここから試練の森にある隠れ家までひとりで行かなければならないということにもっと驚かされ、僕は軽く眩暈を覚えた。




「わたしはちょいと城に用事があるからね、ほれ、これが庵までの地図と、これが三日分の食料だよ」


「え? み、三日? 庵まで三日もかかるんですか?」


「何言ってんだい、森の第一層までが三日だよ、まあそこから先は門をぱぱぱぱっとくぐればすぐだから」


「森まで三日も? 僕ひとりで歩いていくんですか?」


「もう鍛錬は始まっているんだよ、童は家族を助けたいんじゃないのかい? 大きい声じゃ言えないが、ティアなんて三歳のころにはひとりで遊びに行っていたけどね」


「……」




 そう言われては七歳の、それも男である僕としては首を縦に振るしかない。


 ミスティアさんの強さの秘密を知るいい機会だと前向きに捉え、自分を奮い立たせる。




「真ん中の通路をまっすぐに行けば三日で外にでる。正規の一層の門(入口)とは違う場所に出るがその地図の通りに行けば迷うことはない──こら、その地図は外に出てから見るんだよ、決して地下にいるときに見るんじゃないよ」




 僕は紙を広げて中を確認しようとしたけどイリノイさんにそう言われて、なにか魔法で細工でもしてあるのか──と思い、それをポケットにしまった。




「いいかい? 森の中での注意事項を言うから頭に叩き込んでおくんだよ」




 イリノイさんが真剣な表情で僕に伝えたのは三つ。


 一つに、森の中で冒険者などに遭遇した場合は決して自分の素性を明かさぬこと。


 どんないいわけでもいいからその場を切りぬけなさい、とのことだ。


 二つめは常に精霊を意識すること。


 試練の森の中では精霊が活発になるため、精霊の存在を認識しやすいそうだ。


 精霊に向かって常に話しかけているくらいの態度でいれば、そのうち精霊を制御できるようになる──らしい。


 僕を強くしてくれるというイリノイさんの言うことだ、信じなければ始まらない。


 そして最後、三つめ。魔物に出くわしたら逃げろ。


 『今年は魔物出現の報告が少ないから大丈夫だろうよ』だそうだ。 




 ……まあそうだよな。魔物もいるよな。


 だけどミスティアさんだって三歳で行けたんだ。七歳の僕が行けないはずがない。


 それに試練の森の中にある隠れ家ったって、そんなに危険な魔物がうようよいるような場所に造るはずもない。


 外に出て門をくぐればすぐだっていうし。




「わかりました!」




 僕はやる気に満ちた目で力強く返事をした。




「さあ、最後だ、何か質問はあるかい?」




 僕の熱意を感じ取ったのか、真面目な顔つきから一転、破顔したイリノイさんが僕に言う。


 僕は聞きたいことがいくつもあったため、遠慮なく質問することにした。




「えと、さっきは誰かに追われていたんですか? 街の門ではなくてこの通路を使ったのにも敵から身を隠すため、とか……?」


「いや、そんな気配を感じはしたが、わたしの気のせいだったようだよ、安心おし。魔厳大門と違ってこの通路は魔力感知されないからね、お忍びで街の外に出るには色々と都合がいいのさ」




 魔力感知……あの大きな門にはそんな機能があったのか。


 誰かの気配も気のせいだった、ということは僕がひとりで進んでいっても敵に襲われる心配はない、ということだな。




「そうなんですか。良かった……あと、ミスティアさんは今はどうしているんですか?」


「昼ごろ新たな任務に出たよ、今回の任地はバシュルッツ国境だそうだよ」


「え? ミスティアさんはバシュルッツ国境に行かれたんですか? どうしてまたそんな遠くに?」


「さてね。バシュルッツとの開戦が近いって言うが、そんなことは建前だろうさ。実際は今回ティアが襲われたことに起因しているんじゃないかね、タイミングがあまりにも不自然だ」


「そう、ですか……そうすると次に会えるのはだいぶ先になりそうですね……」




 ミスティアさんにはまだ聞きたいことがたくさんあったんだけど……。 


 早く任務に行けばいいのに、なんてちらっと思ってしまったけど、本当にそうなると少し淋しい。


 僕を連れて帰って来てくれたお礼もまだなのに。




「昨日の夜、いったい何があったんですか? ミスティアさんは僕のお陰で助かったって──」


「そのこととクロスヴァルトのことについては、わたしが庵に着いたらゆっくり話をするとしようかい。わたしが城に行く用事もそれらに関係することだからね。そのときに夢の話も詳しく聞かせておくれ」




 今聞きたかったのに上手くはぐらかされてしまった。


 でも三日後には庵でゆっくり話ができるんだ。


 ミスティアさんを襲ったのは誰だったのかとか、僕が無意識下にとった行動とか、そのときにまとめて聞いてみよう。




 僕は「わかりました」と返事をすると出発の準備に取り掛かった。


 といっても食料をポケットに詰め込んだだけだけど。




「そういえば、どれくらいの間庵で暮らす予定なんですか?」


「まあ、今回の件のほとぼりが冷めるまでってところだが──」




 ほとぼり……っていつ冷めるんだろう。




「童が強くなるのがどれくらいになるかにもよるね。──童の荷は後で運んどくよ」




 なるほど、僕の成長次第ってことか。




「わかりました。精一杯努力します」


「そうかい、それを聞いたらクロスヴァルトも喜ぶだろうね」




 早く強くなればそれだけ家族を救える時期も早くなるということだ。


 頑張らなければ。




「よし、後は庵に着いてからゆっくり話すとしようかい、わたしは城へ行くよ」


「はい! では三日後、庵で」


「三日後……? ああ、後の細かい指示は地図に書いてあるからね、外に出るまでは決して見るんじゃないよ」


「はい!」


「いいかい? 誰かに会っても絶対に素性がばれるようなことは話すんじゃないよ! わかったね!」












 ◆












「門をぱぱぱぱって……『ぱ』ひとつが門だったってこと……だったのかな……」




 確かにイリノイさんは嘘は吐いていなかった。










「これが試練の森……」




 僕は今、叩きつけるような雨の中、試練の森の第一層といわれる場所に立っている。


 黒い雲と鬱蒼と茂った木々のせいで今が朝なのか夕方なのかもわからない。


 聞こえるのは雨音と虫の鳴き声、時折飛び立つ鳥の羽音だけだ。


 僕は地図を濡らさないように細心の注意を払いながら、第二層へ続く門がある方向を指でなぞる。




「こっちだな……」




 強くなるため、延いては家族を助けるために僕は庵を目指して第一歩を踏み出した。






 



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[気になる点] 元とは言え貴族の子がものわかりが悪すぎ悪すぎる
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