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第44話 バーミラル大森林 第二層にて







 バーミラル大森林、通称、試練の森──




 レイクホール自治領北部に広がるレストリア大陸最大の森林だ。


 いまだ森の生態系の全てまでは解明されていないが、人畜無害な小動物から一国を滅ぼすほどの力を持つと云われる竜種まで、様々な生き物が生息していることが確認されている。


 また、鉱物や晶石といった莫大な資源が眠っていることも冒険者によって報告されている。


 そのわけあって過去何度にも亘り、この肥沃な森に目を付けた時の権力者たちが、ありとあらゆる手法で開拓を試みた。が、それらは件の魔物の脅威の前に悉く失敗に終わっていた。




 ある国は我欲のままに出兵し、甚大な損害を被って敗走する。


 ある高位の魔術師は精鋭集団(パーティー)を集め連携するも敢え無く全滅する。




 そのようなことが時が移り、痛みを忘れるたびに繰り返されてきた。


 だが今以って偉業をなした者は皆無だ。並大抵の実力者では森の三層までも到達できない。


 しかし、それを乗り越えた先に成功者としての輝かしい富と栄誉が待っている──。


 それがいつしかこの森が試練の森と呼ばれるようになった所以である。




 そんななか、スレイヤ王国に攻め入られる遥か前からレイクホール王国は早々に森との共存を選択していた。


 森事態を北方の国々から自国を守る堅牢な盾と見立てることによって、南方に守備の重点を置くことができる。


 魔物の脅威が少なく豊富な食材が収穫できる第一層を食糧庫とすることによって、レイクホールの腹を満たすことができる。


 そんなレイクホールを欲する国や連携を申し込んでくる国もあったが、スレイヤに堕ちるまで前者は力ずくで、後者は鼻であしらい退けてきた。 




 加護魔術の秘匿を持つレイクホールは魔物の扱いに長けている。自ら森に介入することをしなければ魔物たちは襲ってくることがないことを知っていたのだ。


 稀に第一層に出没する魔物も聖教騎士団によって駆逐される。


 このようにレイクホールはバーミラル大森林と一定の距離を保つことによって森の恩恵を授かってきたのだった。


 国として森へ干渉することを禁則事項としている。それは自治領となった今でも続いていた。




 ただ例外として精霊との契約を行う者に限っては第二層まで踏み入る許可を得られる。


 あくまでも自己責任のもと、ではあるが。


 聖教騎士団に於いては森の調査として数年に一度だけ第三層での活動が認められている。


 それ以外では──たとえ要人の救助要請であったとしても──第三層に足を踏み入れることは決して許されなかった。 




 バーミラル大森林は過去第五層まで到達した冒険者と魔術師の記録が残っているがその先はまさに前人未到の地であった。


 第五層より深くは精霊以外にも神々が住まう聖なる地が存在するとも噂されるが、多くは謎に包まれたままだ。






 そんな試練の森の第二層をさ迷い歩くひとりの人物の姿があった。




 第二層からは人間を害敵とみなす危険極まりない魔物が数多く住まう。


 にもかかわらずその人物は手に武器や防具も持たずに悠然と木々の間を歩いている。




 昼過ぎから降り出した雨は激しさを増していた。


 そうでなくても薄暗い森が、その雨と相まっていっそう視界が悪くなる。


 それにまして草木を叩きつけるような雨音が耳からの情報を遮断してしまう。


 ここで魔物に襲いかかられたら屈強な冒険者集団であっても楽して戦果を得ることは不可能だろう。




 そして今まさに恐れていた事態──その人物が数頭の魔物に狙いをつけられてしまった。


 魔物はジリジリと距離を詰め、ついにはその人物を取り囲む。


 四つ足で身を低く構えるその魔物は、獰猛な牙を剥き、半分開いた口からは涎を垂らしている。


 試練の森第二層でも比較的生息数の多い魔物、天鼠狼(バットウルフ)──。


 一、二頭では然したる脅威ではないが、三頭以上で群れると連携を取って襲いかかってくる厄介な魔物だ。


 その天鼠狼(バットウルフ)が七頭ほど、その人物を取り囲んでいる。


 激しい雨の中、顔が濡れるのが不快なのか外套を深くかぶって下を向いて歩いているその人物は、魔物に気付いている様子がない。


 このままでは天鼠狼(バットウルフ)の餌食となり無残な姿になり果ててしまう。




 しかし、魔物であり腹を空かせた様子の天鼠狼(バットウルフ)が、()()()()である人間相手に情けをかけるはずもなく、一頭が地を蹴り勢いよく飛びかかると、同時に他の六頭も一斉に襲いかかった。




 四方から飛びかかる天鼠狼(バットウルフ)にその人物は最後まで気が付くことなく森の肥やしとなるかと思われたそのとき、




「キミたちだけでボクを駆除しようなんて、ちょっとお粗末な筋書き(シナリオ)かな」




 その人物の周囲にたくさんの光の珠が現れ──


 襲いかかる七頭の天鼠狼(バットウルフ)が突如吹き飛ばされると、逆に木々に叩きつけられてしまった。


 ずるり、と地に落ちた天鼠狼(バットウルフ)は七頭とも首や足があらぬ方向に折れ曲がっており、哭き叫ぶこともできないうちに一瞬にして、一匹残らず絶命してしまった。 




「ありがと、リーフアウレちゃん」




 その人物が両手をかざすと光の珠が上下左右に飛びまわる。


 風の精霊、リーフアウレ──。


 まるで精霊たちはその人物に礼を言われ喜んでいるかのようだ。




「あ、こら!」




 その中でも比較的大きな光の珠がその人物の頬を撫でた。


 すると泥濘(ぬかるみ)に脚を取られたのかバランスを崩したその人物がトン、と尻もちを突く。


 その拍子に被っていた外套の頭巾(フード)がはらりと落ち、光の珠に照らされてその人物の素顔が明らかになる。




 ──美しい少女だった。




 深い森を思わせるような碧一色の長い髪と、同じく碧色に染まった瞳。


 年齢は十七、八といったところだろうか。


 すらりと長い手足、恐ろしいほどに美しく整った顔立ちは妖精を想起させる。


 そして碧に輝く髪の隙間から見える特徴的な先の尖った耳──。


 どうやらその人物は森の妖精と喩えられる、今では非常に稀有な種族となってしまったエルフ族のようだ。




「もぉ! ボクは早くアクアディーヌちゃんと契約したいのに」




 エルフの少女は「お尻が冷たいよ」と言いながら立ち上がり両腕をさっと振る。


 するとさっきまでその場を賑やかしていた光の珠がすっと姿を消した。




「どこにいるんだろう……アクアディーヌちゃん……こうなったら……」




 少女は再び深くフードを深くかぶると試練の森、第三層へと続く門に向かって歩き始めた。











第三章の開始となります。

ラルクは次話から登場します。


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