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閑話 いくつかの心残りはあるものの (前)



「揃っているな」


 ミスティアが門の下で待つ人影に向かい声を掛けると同時、レイクホールの街に四の鐘の音が鳴りわたった。


「別れは……済ませたか?」


 続くミスティアの言葉に、馬を引くふたりの騎士がミスティアに近寄ってくる。


「は。私は独り身ゆえ御心配には及びません」

「は、はい! ミスティア様! おばあちゃんに話したら『お前がミスティア様の従士に抜擢されるなんてあたしゃもういつ死んでもいい』ってすっごい喜んでくれました!」


 ミスティアの問いに金髪の偉丈夫──グストンは前髪を指先で払いながら、銀髪の美少女──リサエラは手を胸の前で組み目を輝かせながら答える。


「そうか。──よし、旅の支度に抜かりはないな」


 グストンとリサエラのふたりはミスティアと同じく、襟元に金の刺繍が施された騎士服に身を包み、その上から皮の外套を羽織っている。

 腰には剣を掃き、厚手の皮の手袋に膝までの革靴といった装備もミスティアと揃いだ。

 グストンは白いズボンであるのに対し、リサエラは丈の短い白のスカートという違いはあるが、どちらも聖教騎士団の正装となる出で立ちである。

 外套の襟止めのボタンには十字架と黒の梟が彫られおり、ひと目でスレイヤ王国最強を誇るレイクホール領の聖教騎士と判断が付くようになっているのが特徴だ。


 スレイヤ王国最北端の地レイクホールから南西に馬を走らせ約十カ月、そこにミスティアら聖教騎士三人の赴任地バシュルッツはある。


 長く険しい道のりだ。

 三人はその場で今一度、装備や荷に不備がないかを確認した。



「では一路バシュルッツに向けて──と、その前に少し待っていてくれ」


 装備の点検が終わり、ミスティアがグストンとリサエラのふたりにその場で待つよう指示を出す。

 ミスティアは──馬を引き、門番の詰め所に近寄っていく。と、


「誰かあるか!」──詰め所の奥に向かい声を張る。


 すると奥から門番らしき男が姿を現し門番としての仕事もなおざりに「あん? 街に入るなら一クレールだ。出るならそのまま──」とそこまで説明したところで目を見開く。


「っ!! ミ、ミスティア様っ!!」


 自分が誰を相手にしているのか咄嗟に気が付いた門番の男は、その場で硬直し口をパクパクさせる。


「勤務中すまないが、ハングという者はいるか?」

「は、は、ハングですか! い、います! い、いやがりますっ!!」


 男はミスティアに直立不動のまま答えると、視線はミスティアから逸らすことなく首だけを回転させ


「ハ、ハングッ!! い、今すぐ出てこいッ!! ハングッ!!」と、大声で叫ぶ。


 すると今度は小太りの男が腹をかきながら顔を出してくる。


「……ふあ〜〜……なんだよ、……今交代したばかりじゃねえかよ……俺は昨日の騎士様の捜索騒ぎで眠いん──」


 男は欠伸をしながら面倒くさそうに歩いてくるが、ミスティアの姿を見るなり


「ミ、ミ、ミ、」驚きのあまり声を失ってしまった。


「貴君がハングか、いや、勤務交代の折にすまぬ。実はラルクが貴君に世話になったようでな、その礼を言いに来た。此度はラルクが、いや、延いては私もだ、この通り助かった。礼を言うぞ、ハング」


 ミスティアはそう言うと飛び切りの笑みをハングに送る。

 これはラルクたっての願いだ。

 ミスティアは出し惜しみなどすることなくこれ以上ないほどの麗しい笑顔でハングに微笑みかける。

 おそらくレイクホールの中にはその笑顔を見られるのであればクレール金貨を払っても構わない、という男(女もだが)は大勢いるだろう。

 それほどに誰もが羨むようなミスティアの笑顔をひとり占めしたハングはというと


「ミ、ミ、ミ、」と、先程から二の句を継げずにいた。



「ミスティア様! 本当にこいつとミスティア様は知り合いだったんですか!」

「知り合い? ああ、ハングのお陰で──いや、詳しい事情は話せぬが、とにかく助かったのは事実だ」

「すげぇ! ハング! お前、あの話は嘘じゃなかったんだな!」


 門番の男がハングの背中をバチンと叩く。

 それが気付けになったのか、


「じゃ、じゃあミスティア様、あの坊主……いや、坊ちゃんは例のモノをミスティア様に届けることができたんですね……」


 我に返ったハングがミスティアの笑みを一身に受けながらどうにか応えるが、その視線はミスティアの笑顔──ではなく、スカートの、さらにその奥を見ているようだ。


 ミスティアはそんなハングの視線に気付くことなく、ラルクの指示通り笑顔を送り続けている。



 が、しかし……



 ハングの次の一言で詰め所が大惨事になろうなどとは、この時点では誰も想像だにしていなかった。





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