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第31話 騎士様の望み


「怪我を見せてみろ」


 お客さんに衛兵を呼びに行くよう指示を出したミスティアさんが、座り込んだままでいる僕の下へやってきて頭の傷を見てくれた。

 あんなミスティアさんを見た直後なので、変に緊張してしまう。


「だ、大丈夫です!」


 だからつい後退りして距離を取ってしまい、


「ぼ、僕なんかよりミスティアさんは平気ですか!」


 思わず顔を逸らしてしまった。

 男であるのに何の役にも立てなかった自分が腹立たしいのか、女であるのにあれほどの力を持っているミスティアさんが羨ましいのか、自分でもよくわからない複雑な心情が邪魔をしてミスティアさんの目を真っ直ぐに見られない。


 嫉妬、なんだろうか。

 憧れ、なんだろうか。


 僕も魔法が使えれば──。


 その一言を受け入れればいいだけなのに、それを良しとしない自分がいる。


 綺麗な光に包まれたミスティアさんの神々しい姿が目に焼き付いて、僕の頭から離れない。ジャストさんやアリアさんの魔法を見てもこんな気持ちは抱かなかったのに。


 あれほど美しい魔法を、僕は見たことがない。


 だから、


 僕もああなりたい──。


 そう思ってしまうのは厚顔無恥で自意識過剰な思考だろうか。


 一度は諦めた魔法師の力を求める欲望が、後から後から湧き上がってくる。


 それがミスティアさんの目を見られない理由なのかもしれない。


「あんな下衆どもにどうこうされる私ではない」


 僕の頭を診ながら「血は止まったようだな」と続けるミスティアさんが、またなにかを呟いた。

 今度は僕と近い距離にいるので、はっきりと聞こえたにもかかわらず、口から出た言葉を理解することができない。

 呪文か詠唱のようなものなんだろうか。


 するとミスティアさんが触れている箇所が温かくなり、ズキズキと不快に痛んでいた頭部から嘘のように痛みが消えていく。


「あ、これって……」

「よし、こんなもんだろう、立てるか?」

「あ、はい、ありがとうございます……。あの、ミスティアさん、これって」

「お、おい! ほんの少し留守にした間になにがあったってんだ!」


 立ち上がりながらミスティアさんに魔法のことを質問しようとしたとき、店のご主人の声が風通しのよくなった店内に響き渡った。


「ここの店主か? 済まないな、見ての通りだ。修理にかかる費用は聖教騎士団に請求してくれ」


 カウンターで呆けているおじさんに、ミスティアさんがサラッと言う。


「聖教騎士団……?」おじさんは、わけがわからない、といった様子で酷い有り様の店内を見回す──

 すると、僕と目が合い「おお、お前は昼間の坊主……お前はこれ見てたか?」と、聞いてくる。


 僕は気不味さを感じながらも「い、一応……」と、応えると


「坊主、悪いが何もわからねぇ俺に事の次第を説明してくれるか?」


 (買い出しにでも行っていたのだろうか)たくさんの酒瓶をカウンターに置いたおじさんが、こちら側に出てきて店のテーブルに座った。


 ミスティアさんをここに連れてきたのは僕だ。なんといってもそのことが店をこんな状況にしてしまった最大の原因だろう。


「はい……」


 僕は申し訳ない気持ちで一杯、という思いでおじさんの向かいの椅子に座った。




 ◆




 僕がおじさんに説明し終わったとき、ちょうどミスティアさんも衛兵とのやりとりを終えたようだった。

 絡んできた三人を引き渡すと僕の隣に座って、一緒に話をする姿勢をとる。


「話は聞いたか、店主。騒がせて済まなかったな」

「い、いや、騎士様、俺は店さえ直りゃあ文句はない、です、むしろ彼奴らは三日ほど前から毎晩店に来るようになったんだが、で、すが、毎回あまりにも騒いで他の客に迷惑掛けやがるから、次なんかしでかしたら摘み出してやろうと考えていたところだったんだ、です」

「別に敬語はいらんぞ、普段通りにしていて構わん。しかし、そういうことであれば面倒な手間が省けて良かったな、あの三人組もしばらくは美味いものなど食せなくなるだろう」


 しどろもどろのおじさんにミスティアさんが気を使う。


 市場の人に対してもそうだったけど、ミスティアさんは結構気さくなのかもしれない。僕以外にだけど……。



「あ、いや、そいつは助かる、なにせ騎士様と話すことなんて初めてだからな、俺は料理は得意だが学がねえからこんな話し方しかできやしねぇんだ。まあ、あの三人は冒険者だかで金払いは良かったがな、俺の料理も酒のあて程度の感覚でただ口ん中に放り込んでいるだけだったからな、どこまで味をわかってやがるか」

「客の入り具合から見るにこの店の味は確からしいな、この街でこんなに賑やかな光景は久しく目にしていない。私の理想とするレイクホールを垣間見たような気がして嬉しかったぞ」



 なるほど、それで入り口で立ち止まって嬉しそうに眺めてたんだ。



「俺がこの街に来たのは一年前なんだ。森の食材の豊富さと美味さに心打たれてこの地に骨を埋めようと決めたんだ。今はまだちっせぇ店だがゆくゆくは国中から人を呼べるようにしてぇんだ」



 一年前ならミスティアさんが知らないわけか。

 それでこんなに繁盛してるんだから大したものだ。



「そうか! それは良い! 店主、気に入ったぞ! 私はミスティアだ、ミスティア=ハーティスだ! 店主は名をなんという!」

「お、おう、俺はジゼルだ。シリウスという小さな国から旅してきた」



 ジゼルさんっていうんだ。

 ミスティアさんも嬉しそうだな。

 いつもこんな感じならいいのに。



「ジゼルか、よろしく頼むぞ! レイクホールをジゼルの料理を求める人で溢れさせてくれ!」

「おう! もとよりそのつもりよ! 騎士様! 坊主も親戚にいい姉ちゃんがいて幸せだな! そうそう、キノコだったな、ちょっと待ってろ!」


 随分とご機嫌な会話だ。


 ミスティアさんとジゼルさんは意気投合したのか僕が入る余地がなかった。

 今もミスティアさんは鼻歌混じりで頬杖をついている。


(機嫌がいいときは鼻歌を歌うのか……)


 ジゼルさんのおかげでミスティアさんについてひとつ勉強になった。


 そんなことを考えていると、


「どうだ、俺が自ら森に入って採ってきたキノコだ、綺麗なもんだろう」


 そう言って、ジゼルさんが籠いっぱいのキノコを持ってやってきた。


「おお! 虹香茸もあるではないか! 素晴らしい! ん? 市場に出回っているものよりも随分と立派だな!」

「そりゃあ、俺は深いところまで入れるからな、街のもんが入ったことがないようなところには、こんなのがごろごろしてるぜ」

「譲ってくれ! 籠全部買おう! いくらだ!」

「いや、彼奴らを追い出してくれた礼だ、無料(ただ)で持ってってくれ。それに、どのみちこの様子じゃあ明日からはしばらく店を開けられねぇ、悪くなる前に貰ってくれ」

「何を言うか、そういうわけにはいかん。良し、これで全部買い取ろう」

「って騎士様! こいつはクレール金貨じゃねえか! こんなもん、籠十個でも釣り合わねえぞ!」



 キノコにクレール金貨!

 ひと月は店を閉めていても大丈夫なんじゃないか!



「良いから受け取ってくれ、騎士団は店の修理代は出しても休んだ分までの補償はしない。店が開けられなくなった分だと思って受け取るが良い」

「いや、でもよぉ」

「なら、それで良い食材を仕入れて美味い料理を創って客をたくさん呼んでくれ、それなら良いだろう」

「そうか、そこまで言ってくれるんなら断れねぇ、よし! ならついでだ、今まで稼いだ金も合わせていっそのこともっと広い店に移るか!」



 なんだか凄い話になってきたな……。

 確かにもっとお客さんは入るだろうけど、そうするとジゼルさんひとりじゃやり繰りできなくなるんじゃ……。



「それが良い! ジゼルの料理でレイクホールに人を呼び込む第一歩だ!」

「おう! 坊主! 新しい店になったら食いに来いよ! また腹一杯食わせてやるからな!」

「私も来ていいか! 茸を山盛り食べさせてくれ!」

「勿論だ! 必ず招待するから楽しみに待っててくれ!」



 ジゼルさん、ミスティアさんとこんなに仲良くなっちゃって、市場の人たちに恨まれるんじゃないかな。

 まあ、その分僕から目が逸れるから有り難いといえば有り難いけど。




 意外にも気の合うふたりに驚かされながら、たっぷりのキノコを抱えた僕は、鼻歌が止まらないミスティアさんと一緒にジゼルさんの店を後にした。





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