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第27話 代償


「着いたぞ、降りろ」


 手綱を引いて馬を止めたミスティアさんが不機嫌そうに言う。

 結局自己紹介もできず、何を買うのかも聞けないまま目的地に着いてしまった。

 やっぱりまだあのことを怒っているんだろうか。

 この空気のまま初日を終えるのは辛い。イリノイさんに「お互いを知っておけ」と言われたことも達成できずに過ぎてしまう。

 それは得策ではない。僕は「さっさとしろ」というミスティアさんのご機嫌を少しでもとっておこうと、もう一度謝罪を試みることにした。


「あの、ミスティアさん、本当に済みませんでした」

「ん? 何がだ」

「あ、あの、裸を見てしまったこと……」

「フン、そんなことか、過ぎたことだ、私も気にはしていない」

「あ、ありがとうございます、えぇと……」


 良かった。もう何とも思っていないようだ。

 考えても見れば裸を見た、見られた、なんてどうってことないもんな。

 ミスティアさんもいきなり僕がいたからちょっと驚いただけだったんだろう。


 安心した僕がひとりで馬から降りることができずにどうしようか逡巡していると、「世話のやける子どもだ」と愚痴りながらもミスティアさんが僕の首根っこを掴み、ひょいと降ろしてくれた。


「馬くらいひとりで操れるようになれ」


 そう言ってミスティアさんは馬上から蔑んだ視線で見下ろす。


「すみません、ありがとうございます……」


 僕だって乗れないわけじゃない。

 どちらかといえば得意な方だ。

 紅狼の森では華麗に乗りこなしていたんだから。

 ただ、ミスティアさんの馬が大き過ぎるんだ。

 見たことないよ、こんなに大きな馬。

 高さなんて僕の二倍はあるじゃないか。

 落ちたら怪我じゃ済まないぞ。


『いつかは僕だって……』


「なにをブツブツ言っている、こっちだ、早くしろ」

「は、はい!」


 僕は置いていかれないように慌ててミスティアさんを追いかけた。






 ミスティアさんに連れていかれた市場は、市場といっても僕が想像したような規模のものではなかった。


 いくつもの店が軒を連ね、色とりどりの野菜に新鮮な魚や肉を店頭に並べた市場──ではなく、ちょっとした広場に布を敷き、その上に商品を置いただけものが五カ所ほど、といった至って質素なものだった。買い物客もそう多くはない。


「ん? どうした、早くしろ」

「あ、すみません。あの、市場って……」

「ここだがどうした。ああ、この街は住人が少ないからな、この程度の店で十分事足りる」


 僕の言いたいことがわかったのか、ミスティアさんが僕の疑問に応じてくれた。

 どうやらこの光景が日常らしい。

 クロスヴァルトの市場に何度か行ったことがあるけど、夕方のこのくらいの時間ともなるとそれは買い物客で賑わい、歩くのも苦労するほどだった。

 いつも人並みに飲まれて気が付いたら端に追いやられて、結局なにも買えずに帰ってきたことを思い出した。

 同じ市場でもこうも違うものなのか。

 レイクホールの実情をまったく知らない僕が「なるほど」と頷いていると


「ミスティア様! お戻りだったんですね! いつもお勤めご苦労様です!」


 お客さんのひとりが声をかけてきた。


「ああ、ティレルか、昨日の夕に着いたところだ。こっちも変わりはなさそうだな」

「ミスティア様! お帰りなさい!」

「ミスティア様!」

「ミスティア様? あっ! ミスティア様にお会いできるなんて!」


 するとミスティアさんの存在に気がついた買い物客が一斉に走り寄ってくる。

 店の店員さんらしき人も商売そっちのけで客と一緒になって走ってきて──ミスティアさんと僕の周りはあっという間に人で埋まってしまった。


「お帰りなさい! ミスティア様!」

「ああ、ただいま、ココット。元気そうで何よりだ」

「ありがてぇ! ミスティア様にお会いできるなんて、ありがてぇ!」

「ドイル、拝むのはよしてくれないか」


 そう言って老若男女問わずひとりひとりに応じるミスティアさんはどうやら人気者のようだ。


「ところでミスティア様、この子どもはなんです? ま、まさか……」

「おいモーイ、幾ら何でもそれはないぞ、私はまだ十七だ。こんなに大きな子どもがいてたまるか」

「で、ですよね! そうですよね! そんなはずないですよね! あ~良かった……」


 そんな質問にも丁寧に答えている。


「ハーティスの屋敷で預かることになった……」


 自然な流れで僕を紹介することになってしまったミスティアさんだったけど、僕の名を知らないのでちらっとこっちを見る。


「ラルクです。どうぞよろしくお願いいたします」


 それを察知し、ちょこっと頭を下げて自己紹介をした。


「あ、預かる? この子を? イリノイ様のお屋敷で、ですか?」

「ああ、そういうことになった」

「誰も入ったことがないハーティスの館に入ったのか? 坊主?」


 女の人の質問に応じたミスティアさんの答えに男の人が食いつく。


「え、あ、はい……すこし複雑な事情があって……」

「ホ、ホントかよ! ど、ど、どんなだった? ミ、ミスティア様のお屋敷は、どんなだった! い、いい匂いがするのか? お、教えてくれ!」


 すると別の太った男の人が、僕の肩を持ってぐるりと自分の正面に強引に向け、思いっきり顔を近付けて、おかしなことを聞いてくる。


「ちょっとライ! 気持ち悪いわよ! あんたいっつもミスティア様の絵を見てそんな妄想してるんでしょ!」


 それを見かねた女の人が、太った男の人を注意した。

 なんだかすごい人たちに囲まれてしまったようだ。


「い、いえ……僕もまだお邪魔したばかりで……」

「ああ、今日着いたばかりだからな、私もさっき会ったところだ。ライ、あまりいじめてやるな」


 ミスティアさんが、太った男の人にぐらぐら揺すられている僕に助け船を出してくれた。

 すると男の人が「ミ、ミスティア様がおらの名を呼んでくれた」と感激した様子で手を離す。

 ミスティアさんのお陰でどうにか太った男の人から解放された。


「へえ、ラルク君て言うの……あら、よく見たら可愛い顔してるじゃない! 結構好みよあたし」

「あ、ありがとうございます……」


 今度は女の人がぐいっと顔を寄せてきたけど


「気をつけろよ、ココット? こう見えてこいつは私の裸を盗み見る良い性格をしているからな」

「ちょ!? ミスティアさん!? な、なにを」

「は、はだかっ!? ミスティア様の裸?」

「ああ、すみからすみまで全て見られてしまったからな。子どもだと侮るなよ?」

「ち、違います! 違うんです!!」

「きゃああ! ミスティア様のおからだを!!」


 助け船を出してくれたはずのミスティアさんに船を沈没させられ、そのうえ女の人に悲鳴まであげられてしまった。


「てんめぇええッ! クソがきッ! ちょっとこっち来いッ!!」

「ふざけんな小僧っ! 眼ん玉えぐってやる!!」

「こ、この子、女の敵よ!! みんなっ! 気を付けてっ!」


 不穏な空気が漂い始め、ミスティアさんに再度助けを請おうとするも──すでにミスティアさんは布の上に並ぶ商品の見定めに取りかかっていた。


 これがミスティアさんのやり方か……

 やっぱりレイクホールの人は怖いな……





レイクホールは虐げられていた街(元国家)なので、気性の荒い住人が多いです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 家族以外の登場人物たちが主人公にたいして酷すぎる、笑い話にしたいのかわからないが、7歳の子共に対する大人の態度ではないので読んでいて悲しくなる。虐げられていたからといって一方的すぎる。…
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