第26話 最悪の出会い
『どうして屋敷に知らない人がいるのよ! ノイ婆! 私が生まれてから誰ひとり入れたことないのに! 精霊様は何してたの!? わけのわからない子どもを屋敷に入れるなんて! お陰でもっの凄い恥ずかしいとこ見られちゃったじゃない!』
「あれはあたしの客だよ」
『きゃ、客!? 冗談でしょ!? 人嫌いのノイ婆が客を招くなんてあり得ないじゃない! いったい誰なのあの子! あ〜もうどうするのよ私、裸まで見られて! あ〜もうホンット最っ悪っ!!』
「だから普段から言っているじゃないか、温室の湯で湯浴みをするのはおよしと。わかったかい? これに懲りたらもうよすんだね」
『──ッ!! ノイ婆! 私にそれやめさせるためにわざと私に他人がいること教えなかったんでしょ! そうよ! 絶対そうよっ! あんなどこの馬の骨ともわからない子どもに可愛い孫の裸見せても平気なの!?』
「馬鹿言うんじゃないよ、入ってくるなり自分で裸になったんじゃないか、声なんてかける暇もありゃしない。それにね、他人の気配に気付かないなんてまだまだ未熟が過ぎるんじゃないかい」
『それはっ! い、一年ぶりにノイ婆に会えるから嬉しくってつい、はしゃいじゃって……確かに気は抜いてたけど……、で、でも! 恥ずかしいところを見られたのは変わらないじゃない!』
気まずい……とっくに気が付いてるなんて言えない……ティアさんも声の音量抑えても丸聞こえなんですけど……
「ほれ、童もいつまで寝たふりしてるんだい、早く起きてしゃんとしないかい」
「──!!」
「──!!」
ば、ばれてた!?
「き、貴様! 気を失っている振りをして会話を盗み聞きするとはっ!」
「ひっ! す、すみません! 言い出す機を逃してしまって……」
「そのうえ貴様、わ、私のか、躰を、み、見たろう!」
「は、はい! それもすみませんでした!」
「きっさまぁぁぁ!!」
本当に今日は怒られてばかりだ……。
レイクホールの人はみんな気性が荒いのかな……。
僕は罵声を浴びながら、今日はとんだ厄日だ──と身を丸めて嵐が過ぎ去るのを待った。
◆
「大体なぜ私が貴様などと市場に買い出しに行かねばならんのだ」
「は、はは、すみません。僕が急に来てしまったから……」
決して「あなたも突然帰ってきたんだから同じじゃないですか」などとは言わない。
「『屋敷にあるもので適当に拵えてやる』と言ったイリノイさんに『私はあれが食べたいのだ』とわがままを言って、結局足りない食材を買い足す羽目になったのはあなたのせいじゃないですか」などとも言わない。
無論、馬から放り投げられることがわかりきっているからである。
あのあと僕を怒り疲れてお腹を空かせたティアさんに、イリノイさんが夕食を用意することになったんだけど、かなりの食材が不足していたので『足りないものは私が買ってくる』とティアさんが手を挙げたのだ。
そこに『ならば荷物持ちとして童を連れていけ、これから長い付き合いとなるから道中でお互いのことを知りあえ』とイリノイさんが持ちかけた、というわけである。
ティアさんは不満たらたらだったけど、どうやらイリノイさんには逆らえないらしく、最終的には渋々だけど頷いていた。
居候の僕は否と言えるはずもない。ただにこにこ笑っているだけだ。
イリノイさんの屋敷に使用人は雇っていないようで、買い物から料理、掃除に至るまで全て自分たちで賄っているらしいことがふたりの会話からそれとなく聞き取れた。
そうして今、馬の上でティアさんに抱きかかえられるように座り、僕は市場へと向かっている。
あの後すぐに馬に乗せられたので、お互いの自己紹介もまだ済んでいない。
なんとなく緊迫した空気が流れているから、いきなり自己紹介じゃなくて少し話題を逸らしてみよう。
そんなことも頭で考えながら──
「でも、ティアさん、市場でなにを買うんですか?」
気まずい雰囲気を払拭しようとなんとか会話を試みる。が、
「気安く呼ぶな! お婆様から頂いた大切な名だ! 私の名はミスティアだ! ミスティア=ハーティス、ミスティアと呼べ!」
ここでもしっかり怒られてしまった。
(ん? あれ? 今の言い方……)
「……だ。お婆様が作る……は……だぞ……私は…………」
(そうだ、ナッシュガルで思い出した記憶……ミレサリア王女殿下の言い方に似ていたんだ)
「……一年間……して……………のだ、…………」
(あれ、でもその前にもどこかで……どこだったかな……聞いた記憶があるような……)
「……のか?」
(あ~、思い出せない……なんだかあの時もこんなもやもやが……)
「聞いているのかッ! 貴様ッ!」
「うわっ! き、聞いています!」
「ほう、そうか、であれば今から市場で何を買うのか答えてみろ」
「えっ!? あ、えぇ……と……に、にく……?」
「貴様ッ! 人に質問をしておきながら話を聞いていないとはどういう量見だッ!」
またやってしまった。
ティアさんのお怒りはまだ当分収まりそうにない──