第126話 共闘 7
「なんで王都の地下がこんなことになってんだよ!」
「冗談じゃない! こんな森の上で俺たちは暮らしてたっていうのか!」
扉をくぐり、ありえない光景を目の当たりにした生徒たちが取り乱す。
さすがに腰を抜かすような生徒はいなかったが、それでも皆、唖然としている。
やはり先に話しておくべきだったか──。
だが、どこまでこの国の文献を信じていいかかわからなかったため、このことは誰にも──フレディアにさえ伝えなていなかった。
地下について述べた内容がすべて虚言だった──などとあっては、指揮を執る者としての信頼が揺らぐかもしれない、と考えたからだ。
だが、こうして事実を突き付けられた後となれば、いまからする俺の話も荒唐無稽といって笑い飛ばすこともなくなるだろう。
俺は生徒たちを集合させると、周囲を警戒しつつ、地上ではできなかった説明を始めた。
「いろいろと質問はあるでしょうが、それは最後にお願いします。俺の知る範囲であれば包み隠すようなことはせず、すべて答えますので」そう前置きした俺は、
「──ある文献に、青の都の地下には三つの区画があると記されていました。正確には四つなのですが、ひとつは今いるこの場所、大森林の区画。そしてもうひとつは都市の区画。そして最後のひとつが遺跡の区画──」
俺は、書物に書かれていた内容が真実であると想定して説明を続ける。
「──そして、それらとは区別された特別な場所として、最奥に湖が存在していると書かれていました。その湖ではアースシェイナ神を祀り、今でいう顕現祭の起こりとなる儀式を行っていたそうなのですが、ある理由から現在では使用されていないそうです。その理由というのが今から数百年前に起きた落盤事故であるらしく、その事故を境にこの地下は湖ごと、都にいくつかある出入口とともに厳重に封鎖されることとなったそうなのです。そして、現在ではその存在を知る者はごく少数となっているようです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 理解が追い付いていないのは俺だけか!?」
武術科の生徒が頭を抱え込む。
実際に目の当たりにした──といっても、常識を覆すような事実を受け入れられないのだろう。
「己の知らない事実を、これからの新たなる現実として受け入れるのは容易ではありません。ですが、皆さんの前に広がっている光景は決して幻影や錯覚などではなく、今、皆さんの目が見ていることこそが真実であり現実なのです。そしてそれを知ることになった俺たちはこれを受け止め、スレイヤの将来を担う学院生として、正しく後世に伝えていく義務があります」
生徒は頭を抱え込んだままだが、俺は構わずに続けた。
「先ほども言いましたが、本来、この地下は厳重に封鎖されていたはずだったのです。それがなぜ、今になって他国の者の侵入を許したのか──敵の狙いまではわかりませんが、俺はある仮説を立てました。少し前、いくつかの誘拐事件があったことは記憶に新しいと思います。ある日、俺は授業の一環として都の警備にあたっていた際、その事件に出くわしました。幸い未遂で終わったのですが──」
顕現祭前に起きた、ネルフィーとミルフィーの件だ。
「その事件に関与していた者が地下の存在を匂わしていたのです。そして話は変わりますが、この春、魔法科学院を襲った漆黒の巨神。巨神は湖の底に沈んでいた”残された魂”を核として蘇りました。蘇ったということに関しては後で説明しますが──」
俺──というより黒禍倞──が昔討ち滅ぼしたガディラスの話を今しても、さらに混乱を招くだけだろう。
俺はそれを後回しにして説明を続けた。
「その”残された魂”とは人間の──魔法師の魂のことを指します。もっと直接的に言うと、ある組織によって攫われ、そして殺された女性魔法師の魂のことをそう呼びます」
その説明に、生徒──特に女生徒が顔を顰める。
「つまり、巨神は何者かの悪意によって蘇ったということになるのですが──頻発する魔法師誘拐事件、舞踏会の晩に黒く変色した水路、そして他国の者が侵入したここ地下。それらを繋げると──この最奥にあるという湖において、漆黒の巨神復活に関係するなにかが今まさに行われようとしているのではないでしょうか」
最初の段階で”仮説”とは言ったが、今回の敵と思しき存在が地下に侵入した──との報告を殿下から受けた時点で、俺はそれがほぼ正解ではないかと考えている。
「今しがた下りてきた階段の、剥き出しになった土を見ましたか? 土の乾き具合から掘られてからそう年月が経っていないように感じました。仮にそうだとすると、あの階段はごく最近、それも敵の手によって造られたものかもしれません。とすれば、ここに入り込んだ敵は、そうまでして侵入する必要があり、ここでなにか計画を練っている可能性が浮上します。無論、敵の狡猾な罠である可能性もあります。ですが、俺たちでさえ知らなかったこのような場所を敵が知っている、というだけですでに脅威となりかねません。だから──」
──と、そのとき。
「伝報矢……また王室からのようだ」
俺は本日だけで、三度足元に刺さった矢を手に取った。
なにかあったのだろうか。俺はすぐにヴァレッタ先輩に頼んで封を解いてもらった。
地下にいても矢が届くことに安心した様子のヴァレッタ先輩から矢を受け取る。
「城でなにかあったのかな……」
レイア姫──姉が城に滞在しているフレディアが不安げに言う。
素早く伝報矢に目を通した俺は、
「いや、悪い報せではない──」
まずフレディアを安心させると、
「──殿下からですが、近衛のバークレイ隊長がこっちに向かっているそうです」
全員に向かって内容を伝えた。
先日殿下が言っていた調査隊のことだろう。
公式な記録を残すためにも、こっちとしてはその方が助かる。
「まもなく到着するかと思われるので、それまでできることをしておきましょう。まず、この中に地図を描くことを得意としている人はいますか?」
バークレイ隊長たちを待つ間、俺たちもそれに合わせて準備を整えるのだった。
◆
「誰か来るぞ!」
地下でも魔法が問題なく使えることを確認していると、階段付近にいた生徒が警戒の声を上げた。
一瞬、全員の間に緊張が走る。
「大丈夫です。おそらく近衛の方たちかと」
”嫌な気配”がしなかったことから、俺は殺気を抑えるよう生徒たちにそう伝える。と──
開け放たれていた扉から、紫のマントを翻す近衛兵が姿を現した。
バークレイ隊長を先頭に、三人の部下が続く。俺はその全員の顔に見覚えがあった。
俺は出迎えるために隊長たちに近づこうと──
だが、その四人に護られるように歩く、魔法科の制服を着た生徒の姿を見て、俺は足を止めてしまった。
なぜここに──。
近衛に囲まれている生徒が誰であるか理解した武術科の生徒が、ひとり、またひとりと跪く。
次第にそれが伝播し──立っているのは魔法科の生徒のみとなってしまった。
「ラルク! お待たせしました!」
城にいるはずのミレアがなぜここに──。
しかし、扉付近にいる生徒がまた騒がしくなったことに、俺はミレアからそちらへ視線を移した。
すると──耳を澄ますままでもなく、扉の奥から不気味な音が聞こえてくる。
断続的に聞こえてくるその音は徐々にこちらに近づいてくる。と、武術科の生徒が立ち上がり剣を抜いた。それを合図に、生徒たちは槍を構え、弓を引く。
魔法科の生徒もそれに倣えとばかりに、いつでも魔法を放てるように身構えた。
ずしん、ずしん、という巨大な音がすぐそこまで迫ってくる。
そしてその音が止んだかと思うと──直後、轟音とともに、入口が扉ごと吹き飛んだ。
砕けた破片や重たい土が、ドカドカと生徒たちの頭上へ降り注ぐ。
「リーファ!」
だが、土石が生徒たちの頭を襲う前に、リーファがそれらを掬うとそっと一か所に積み上げる。
「て、敵襲か!?」
まるで爆裂魔法が放たれたかの様相に、誰かが叫ぶ。
すると──ただの大穴と化した入り口から巨大な影がぬっと現れた。
「で、でかい! オ、人鬼かっ!」
突如出現した恐ろしく巨大な影に、生徒たちが一斉に臨戦態勢をとった。
「あの! みなさま──」
近衛に護られていたミレアが生徒たちに向けて注意を促そうとしたが、影の動きに集中しきっている生徒たちには聞こえていないようだった。
そして、全生徒が固唾を呑んで見守る中、大穴からその全身を現した影は──頭や肩に積もった土を乱雑に払いながら、
「ようやく着いたか!」
広い地下全体に響き渡るほどの大声を出した。
その声に俺は──、
「──派手な登場だな、カイゼル。危うく生徒が土砂に埋まるところだったぞ」
苦笑いで答えた。
すると、カイゼルは俺を見つけ──
「おお! 兄者! 待たせたようですな! カイゼル=ホーク、助太刀に参りましたぞ!」
手にしていた大槍を、ドン、と豪快に地面に打ち付けると高らかに笑うのだった。