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第125話 共闘 6



 薄暗い階段を、一歩ずつ慎重に下りていく。

 ふたり並んで歩いても、さほど窮屈に感じないほどに横幅はあり、頭上──天井までの高さもだいぶ余裕がある。

 その点は歩きやすいのだが、階段の角度が急であるため、一歩一歩に慎重を要す。

 一歩踏み外せば、ダダダダ、と滑り落ちてしまいそうだ。


 俺は後ろから生徒が落ちてこないことを願いながら、地下へと潜っていった。




 しばらく進み、小屋の明かりが届かない距離までくると──、


「線なし君、そろそろ光魔法を使うわよ?」


 隣のヴァレッタ先輩が階段の先に光の玉を放った。


 すると、赤黒い土が剥き出しの壁と天井が照らし出され──、


「わ。結構長そうね……」


 先の見えない階段に、ヴァレッタ先輩が感想を口にする。


「大丈夫ですか?」


 先輩の声に多少の疲労が混ざっていることに気を遣うが──、


「なに言っているの、ぜんぜん平気! っていうか、これからじゃない!」


 先輩は、後続に迷惑をかけないよう足を動かしたまま俺に笑顔を見せる。が──、


「でも……この暑さだけは堪らないわね」


 と、顔のあたりを手で仰ぎながら愚痴った。

 

 ──確かに暑い。

 

 季節的にそれは当然なのだが、そうではない暑さが肌に纏わりついてくる。

 階段を下りる毎に湿度が高くなり、不快さが増してくるのだ。


 弱音を吐く姿などあまり見たことがない先輩でも辛そうにしているということは、ほかの生徒もおそらく同じ思いを抱いているかもしれない──と後ろを振り返ると、すぐ後ろにいるフレディアをはじめ、多くの生徒がヴァレッタ先輩以上に暑さと格闘している様子が目に入った。


 ──然もありなん。


 半数以上の生徒が相当量の酒を飲んだ直後なのだからそれも致し方ない。


 さらに、本来であれば古代派だろうが現代派だろうが、魔法を使って環境を整えることなど容易いものなのだが『敵の戦力がみえない以上、魔石や魔素の無駄遣いは決してしないように』──と忠告していたこともあり──、


 序盤でバテられても困るな……


 俺はアクアに頼むと、階段の中を適度な冷気で満たした。


「あ、涼しい! もしかして線なし君が?」


「少しは捗るかと」


「ありがとう! でも、魔力量に関係なく加護魔術を使えるなんて──本当に精霊様に愛されているのね」


 表情を楽にした先輩が、羨むようにそう言うが──。


 あまり気にすることがなかったその言葉の意味に、俺はふと考え込んでしまった。


 言われてみれば、確かにそうかもしれない。

 無魔の俺でも、今では普通に加護魔術が使える。

 それは俺の側に精霊がいてくれるからだ。

 魔力がない俺でも精霊たちが契約をしてくれたのは、精霊たちが俺のことを愛してくれているからだと師匠は言っていた。

 だから、加護魔術師でいられるために精霊たちに嫌われないような行動を、と常に考えてはいたが、使用限度までは深く気にしたことがなかった。

 アクアたちから愛想を尽かされない限り、使えるものだと思っていたからだ。


 コンティ姉さんから『試練の森から離れれば離れるだけ精霊の力が弱まる』と教えられて、シュヴァリエールの近くにバシュルッツへの足掛かりとなる精霊の泉を造った──まではいいが、それ以前に魔石や魔素と同じように俺の加護魔術に使用制限があるとしたら──。


 今更が過ぎるが、俺の生命線であるそのことについてもっと知っておかなければならないことを、ヴァレッタ先輩の一言で気づかされた。


 今まではそれでもやってこられたが……

 師匠は教えてくれないだろうし、今度、試練の森に戻ってアクアたちに質問してみようか……

 あそこでなければ精霊たちと会話ができないしな……

 この近くにもそんな場所があればいいのに……



 などと、階段を下りながら考え込んでいたとき、


「ん……?」


 涼しくなって五感が冴えてきたのだろうか。

 覚えのある匂いに気がつき、俺は顔を上げて鼻を動かした。


「どうかしたの? 線なし君?」


「この匂い……」


「え? な、なにか匂うの?」


 「あ、あれだけ走った後だから……」と、ヴァレッタ先輩が自分の身体の匂いを嗅ぐ。


 そんな先輩を横目で見ながら、俺は嗅覚に神経を集中させると──。


「間違いない。リーゼ先輩の香水の香りだ」


「え? リーゼラルテの? なんだ、よかっ──」


 ホッとした様子のヴァレッタ先輩が、驚いた顔で俺を見る。


「って、ちょっと線なし君!? なんであの子の香水の香りなんて知ってるの──」


「今日つけていた香水です。間違いありません。この香りを辿っていけばあるいは──」


 と、階段が残り数段となっていることに気がつき、


「──先輩! 光をあの先に!」


 ヴァレッタ先輩に光源の移動を頼んだ。

 すると、長いこと暗闇が続いていたその先に、障害物があることを発見し──もう少し近寄ると、


「どうやら扉のようですね」


 その障害物が木製の大きな扉であることが分かった。そしてその扉が少し開いていることも確認できた。


「──先輩、一度光を消していただけますか」


 後続に止まるように指示を出すと、次いで最大限の警戒をするよう促す。

 暗闇に目が慣れるまで、しばらくその場で息を殺し──


「──開きます」


 タイミングを見計らって、音をたてないようゆっくりと扉を開いた。


 扉の奥から流れてくる生暖かい風が頬を撫でる。

 身を低くした俺はすぐさま人の気配を窺うが、近くにそれがないことを確認すると、扉をすべて開ききった。


 ──暗い。 


 視界の先には明かりらしきものがなく、なにも映ってこない。

 ただ、闇が広がっている。


「──先輩、光魔法をお願いできますか」


 念のため小声でそう言うと、先輩が先ほど同じ魔法を行使する。

 が、光が不十分で、空間を照らし出すことができなかった。

 それだけでも、この空間がかなり広いものだと判断できる。


「お手伝いします」


 後ろにいたフレディアも光魔法を行使する。


「天井もかなり高いようだ。フレディアはもっと奥の方を、先輩は上空に光をお願いします。あと、もう少しだけ魔力を込めてもらえますか」


 先輩とフレディアが頷き、ふたつの光がすっと移動すると──その光は期待通りの効果を発揮した。


 と、そこには。


「えっ!? どういうことっ!」


「ラ、ラルク君、これって──」


 広がる光景に、ヴァレッタ先輩とフレディアが小さく叫ぶ。


「どうやら文献は間違っていなかったようですね……」


 信じられない光景だが、武術科書物院から借りてきた蔵書のおかげで予備知識を得ていた俺は、さほど驚かずに済むことができた。


 それでも一瞬、自分の目を疑わずにはいられなかったが。


 俺たち先頭集団が前に進む。と、続く生徒たちもこの摩訶不思議な光景を視界に収めることができ──皆揃って絶句している。


「──見ての通り、これは森だ」


 俺はフレディアの質問に答えた。




 地下深くで俺たちを待ち受けていたのは──鬱蒼とした森だった。


 それはバーミラル大森林をも想起させる、巨大な森──。


「──さあ。ここからが本番です」


 俺は、その中でもひと際大きくそびえ立つ木を見上げ、そう言ったのだった。



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