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第24話 丘の上の家、母様の温室


「疲れた……」


 食堂を出てから何人かの街の住人とすれ違いながら、おじさん(名前を聞くのを忘れた)に教わった通りの東地区にやってきた僕は、どうにか目的の家を探しあてようと苦労していた。


 最大の手掛かりとなった”東地区”だったけど、東地区だけでも恐ろしいほど広大だ。

 隣接する一軒一軒がとてつもなく広く、歩いて回るような作りではない。

 どう考えても馬車でなければ移動困難だろう。


 まさか平民の僕がこんな屋敷に住むんじゃないだろうな……。


「ん?」


 少しだけ休もうと道端の石に腰かけて一息ついていたとき、誰かに見られているような視線を感じ、ふとその方角に目を向けた。


(気のせいか……?)


 だがそこは何もない空中。誰かがいるはずもなかったから、僕は気のせいかと立ち上がろうと──


「んんん?」


 腰を上げたとき、今度は反対側から見られている感覚にハッと振り返った。

 しかしそこは家の壁。誰かがいるはずもない。


(やっぱり気のせい……かな?)


 でもなんとなく見られている気がする。


(よし、なら……)


 僕はその視線を感じる先に意識を置いたまま何食わぬ顔で立ち上がり、いつもと同じように歩き始め──


「──誰だッ!」


 意表を突いて振り返った。

 しかしそこは家の壁とは反対に広がる、鬱蒼とした森のような木々が密集した空間。じーっと目を凝らすが、結果誰もいないことが判明する。


「なんだ、気のせいか」


 ちょっと敏感になり過ぎだな──と自省した僕は気を取り直して再び歩き始めた。


 そしてあてもなく彷徨い歩くこと1アワル。

 それでもようやく三つの家の門を越えただけだ。

 一応三つとも門の外から「ラルクです! 誰かいませんか!」と大声で僕の名前を叫んでみたけど、誰も出てこなかった。というか中まで聞こえていないのかもしれない。 


「だめだ~、これじゃあ今日中に探せないよ」


 東地区がこれほど広大だとは思わなかった。ほぼ森の中を歩いているようなものだ。


 だいたい「丘の上の家」なんて名称だけで辿り着けるわけがなかったんだ。

 そこからして致命的な間違いを犯していたんだ──。


 道端に情けなくへたり込んだ僕は、ついに立ち上がる気力すら失ってしまった。


 もう動けない。幸いお腹は一杯だから今夜はあの木の陰で野宿しよう。  


 まだ十分に日は高いが、そう覚悟を決めた時だった。

 東地区に入ってから何度か気になった、あの『誰かに見られている』視線をここでまた感じ取った。

 「疲れてるからかな」とも思ったが、さっきまでとは違いもっとはっきり見られている感覚に、僕は重い腰を上げてその視線を感じる方角へ近寄ってみた。

 僕が近寄ると視線の主も離れていく。僕が立ち止まると視線の主もその場から動こうとしない。


(これは気のせいなんかじゃないぞ……)


 何かの気配を感じるのだ。

 今までは顔を向けるとすぐに気配らしきものが消えてしまっていたけど、今はしっかり感じとることができている。

 僕はこれがいったいなんなのか確かめてやろうと、その気配を追いかけて行った。

 そして歩くこと暫し。気が付くと僕は誰かの屋敷の門の前に立っていた。

 重厚な鉄の門扉の向こう側には森のような庭が広がっている。


「なんだ? この中から感じるぞ……?」


 不思議な感覚はさっきよりも強くなっていた。

 しかし勝手に中に入ることはいくらなんでも問題があるだろう。

 これだけ大きく立派な門構えの屋敷であれば、貴族か名家であることは疑う余地がない。

 勝手に入ってしまえば酷い咎めを受けることも疑う余地がない。


(これ以上気配を探索することは無理だな)


 諦めて門に背を向けて帰ろうとしたとき──。

 ギイッと金属の擦れる音に振り向くと、ゆっくりと大きな門が開いていった。


「あれ? 勝手に開いたぞ……?」


 そして中からいっそう強くなった気配が、僕を呼び入れているような錯覚を与えてくる。

 好奇心に駆られた僕はそれに引っ張られるように門をくぐり、誰のものとも知れない屋敷に足を踏み入れてしまった。




 僕は不思議な気配に誘われるままに森の中を歩いていく。

 どこか紅狼の森と似たような景色と空気に、懐かしさこそ感じるものの、恐いと思う気持ちは一切なかった。




 暖かな木漏れ日が降り注ぐ森を抜けると、ガラス張りの温室が目に入ってきた。


(──ッ! あれは!)


 まさに母様が大切にしていた温室と瓜二つの構造に、僕は思わず声を上げてしまいそうになった。

 そんなことあるはずがないのに、本当にクロスヴァルトの庭に迷い込んでしまったのかとさえ思ってしまう。 

 ますますここで引き返すわけにはいかなくなってしまった僕は、よそ様の敷地ということも忘れて温室に近寄っていった。

 日の当たり方や光の反射の仕方、換気窓や入口の配置など、本当にそっくりに仕上げられている。

 温室は全てこういう造りなのか。これは偶然の一致なのか、そうじゃないのか。

 いろいろな疑問を浮かべながらいつも母様が紅茶を飲むテーブルが配置されていた辺りを外から見て見ると──


「──母様ッ!」


 懐かしい母様の姿をそこに見つけ、今度こそ我慢できずに叫んでしまった。 

 どうして母様がここに──いや、よく見ればまったくの別人だ。

 優雅に紅茶を飲む姿はそれでも母様に似てはいるけど、母様よりも年を取っているようだし、何より髪の色が違う。温室の中の老人は白いけど母様は金髪だ。


(それはそうか……)


 ここはクロスヴァルトから遠く離れたレイクホールの地だ。

 どう間違えても母様がいるはずがない。どうして母様と見間違ったりしたのだろう。

 そう思うとなんだか急に恥ずかしくなって、母様のことを一瞬思い出したこともあり、いつもの癖でつい外套のポケットにしまってあるメダルを握ろうとしてしまい、フラちゃんにあげてしまったことを思い出すと、さらに親離れできていない自分にとどめを刺された気分になった。 


(あ、でも遠い親戚だとしたら似てても仕方ないか)


 そんな僕は心の中で言い訳をする。

 第一、この屋敷が目指す”丘の上の家”と決まったわけでもないのに。

 色々な感情がごちゃ混ぜになっていっぱいいっぱいになってしまったいたとき、


(わらべ)、いったいどれだけ待たせるつもりじゃ」


「──うわっ!」


 突如しわがれた声が耳元で聞こえ、驚いた僕はその場に尻もちをついてしまった。

 辺りをきょろきょろ見回すが僕の近くには誰もいない。

 それでも確かに耳のすぐ近くで聞こえた声を不思議がっていると、


「情けない童じゃ、はよこっちに来い」


 再び耳元で声がした。

 僕はまさか──と思い、立ち上がるとガラス越しに温室の中を覗き込む。

 するとさっきまで優雅にお茶を飲んでいた老人が鋭い目つきで僕を睨みつけている。


「ひっ!」


 やっぱり声の主はあの人だ、と思うのと同時、勝手に入り込んだことが見つかってしまった恐怖とおばあさんの眼力に気圧された僕は小さな悲鳴を上げてしまった。


「これ! なにが『ひっ!』だ、人を魔物みたいに扱うんじゃないよ!」


 するとまた耳元で怒られる。

 頭が混乱して固まっていると「そんなとこで突っ立ってないで早く入ってこないかい!」となんだか聞いた覚えのある台詞(セリフ)でまた怒られる。

 なんだか今日は怒られてばかりだ。でも勝手に入ったことは僕が悪い。


(仕方ない、しっかり怒られてこよう……)


 僕は慣れた手つきで複雑な作りをしている温室の扉を開けると、おばあさんのいる場所まで怒られに向かった。





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