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第117話 フードの奥の素顔



 不敬罪を言い渡す……?

 ハウンストン先輩が、俺に、か?


 俺は、フードをのぞき込むハウンストン先輩の頭の中を理解することができなかった。


 『仮』であろうとなかろうと、俺はアイザルよりも身分が低い。

 アイザルは、性格に難あり、とはいっても貴族であることに違いはなく、そして俺は平民だ。

 つまり、俺は、言い訳することも弁明することもできずに不敬罪を言い渡されることになる。


 それはある意味、当然だ。


「──ふっ」


 ただ、不敬罪という言葉など久しく聞いていないことに、そして、それをまさに今、自分自身が言い渡されようとしていることに、俺は可笑しくなり、つい噴き出してしまった。


「な、なにがおかしいのだ!」


 すると、すぐさまアイザルが突っかかってくる。


「いや、そういえば貴族とはそういうものだった、と思い出したら滑稽で仕方なくてな」


 激高するアイザルに、俺が笑った理由を説明すると、


「笑っていられるのも今のうちだ! さあ、さっさと顔を見せろ!」


 アイザルは、ますます声を荒げてきた。


 いったいこの男は何を根拠にそこまで偉ぶれるのか。

 相手の素性も確認せずここまで強く出られるということは、強力な後ろ盾があってのことなのかもしれない。

 それか余程の知恵足らずか。

 まあ、いずれにしろ、コンティ姉さんがアイザルの名前を記憶していないのだから、大したことはないのだろう。


「なにをもたもたしている! 怖気ついたのか! たとえそうだとしても不敬罪は免れないぞ!」


 しかしよく喚く男だ。

 だが、まあ、そこまで言うのなら──。


 俺は、これ以上騒ぎになる前に素顔と制服を見せてこの場をやり過ごそう、と、フードに手をかけたが──、


「その前に」


 そういう声とともに、ハウンストン先輩が俺の両手を掴んだ。


「私の話を少し聞いていただきます」


 ハウンストン先輩は俺の両手を下すと、アイザルたちの方へ向いた。


「今更なにを──」


「私の父は」


 アイザルの声を無視して、ハウンストン先輩は続ける。


「──私の父は、先日城で催された舞踏会への参列を許されていました」


 突然始まった、なんの脈絡もない話にアイザルが口を挟もうとする。

 だが、そんなアイザルを手で制すると、ハウンストン先輩はさらに続けた。


 そして俺は、『舞踏会』という言葉を聞いて、嫌な予感を覚えた。


「その舞踏会のさ中。クレイモーリス殿下の御前において、ある人物が殿下専属の近衛騎士に任命されたそうです」


 ああ、これはまずい。

 その話は非常にまずい。


「もちろん知っているさ。俺もあの場にいたからな。ただ──」


 アイザルもいたのか。

 ということは……俺のことを……


「こっちじゃなく没の若造ふたりが任命されたんだ。気分が悪くて俺は途中で退場したがな。そんなことより──」


 退場……それなら俺の顔までは見ていないということか。

 

 だがそんなこと今はいい。


「ハウンストン先輩──」


 俺は良くない流れになりかけている話を止めようとしたが、


「任命式が今どう関係するんだ」


 ハウンストン先輩を睨むアイザルの言葉で遮られてしまった。


「本日、私が止むを得ず約束の時刻に遅れてしまったのも、そのことが原因なのです」


 ハウンストン先輩が話を続ける。

 オリヴァーの様子を窺うと、オリヴァーはなにか納得したかのように大きく頷いていた。

 それがなにを意味しているのか不明だが、とにかくこれ以上ハウンストン先輩に喋らせるのは危険だ。


「ハウンストン先輩。先輩がなにを言おうとしているか知りませんが、今は関係ない話は避けるべきではないでしょうか」


 俺は先輩の背に向かってそう言った。

 すると、ハウンストン先輩はスッと踵を返し、俺と向き合う姿勢をとった。

 俺は驚き、先輩の顔を見る。


 そして、先輩は制服の裾を摘まんだかと思うと──、


「こうしてお目にかかれて光栄に存じます」


 右足を後ろに引き、膝を折った。

 そして──、


「到着が遅れましたこと、そして先ほどの不躾な発言を心よりお詫び申し上げます。ラルクロア=クロスヴァルト様」


 それは優雅なお辞儀をしたのだった。

 すると、その様子を見ていたオリヴァーまで──、


「数々のご無礼、大変失礼いたしました。ラルクロア=クロスヴァルト様」


 片膝を床につき、礼を執る。


 ──!


 この流れに面食らった俺は絶句してしまった。


 ちょっと待ってくれ!


 俺は慌ててハウンストン先輩の上半身を起こそうとするが──先輩はそれを許さない。


 な、なんなんだ!?

 なぜいきなりこんな真似を!


 ふたりの突然の態度に、この場をどうやって切り抜けるか、頭を猛烈に回転させる。

 

 いっそのこと全員凍らせて──いや、そんなことしたら両校の間に遺恨が残ってしまう。

 気を失ったふり──はさすがに通用しないか。

 あの窓から外に──ああ、フレディアを置いていくわけには……

 人違いでは、と誤魔化して……


 などと必死に考える。

 

 しかし、最悪なことに、この状況はこれで終わりではなかった。


 先ほど俺が名乗った女生徒三人がこちらへ駆け寄ってきたかと思うと──、


「さ、先ほどは大変お見苦しいところをお見せいたしました! 改めまして、ロレーヌ=ハシュレイと申します! じゅ、十八になりますが、特定の相手はおりません! ここ、今夜、ラルクロア=クロスヴァルト様にお会いできたこと、心より感謝申し上げます!」


 そう言って丁寧に頭を下げるハシュレイ先輩を先頭に、


「さ、先ほどは……あ、あの、カトレア=ロッソラーノと申します……」


「た、大変失礼を……テ、テネシア=ブランシュと申します」


 続くふたりも揃ってお辞儀をする。


「──え……」


 俺は動揺し、声にもならない声を出す。


 だ、黙っていてくれと頼んだのに……

 ハウンストン先輩の後だけに責めるわけにもいかないが……


 しかし、ハウンストン先輩だけでなく、オリヴァーも知っていた……のか……?

 いや、そんなそぶりは見せなかったが……


 正面を向くと、つい先ほどまで無表情だったはずのハウンストン先輩が、今では満面の笑みを浮かべて俺を見ている。

 オリヴァーは──と、オリヴァーもニコリと微笑み返してきた。


 まるで動揺している俺を愉しんでいるかのような笑顔だ。


 なんだってハウンストン先輩は……


 だが、動揺しているのは俺だけではなかったようだ。


「な、な、な……」


 おかしな声が聞こえてくるので、そちらを見ると、アイザルがこれでもか、というくらいに目と口の両方を大きく開いていた。

 取り巻きふたりも同じく、口をあんぐりと開けている。


「──ラルクロア様。私の話は終わりましたので、そろそろフードをお取りいただけませんか?」


 「さて、不敬罪となるのはどちらでしょう」と、口調も変わったハウンストン先輩が、嬉しそうに俺を見る。


 そうか。

 そういうことか。

 だが──。


 どうしたものかと、一旦周囲を見回す。と、驚くべきことに室内にいる全ての生徒がこちらに、いや、俺のことを見ていた。

 あの大男も、その仲間も、好き勝手騒いでいた生徒らも、一人残らず俺に視線を向けている。


 こうなってしまっては──逃げも隠れもできなさそうだ。

 ここで逃げ出したところで、もはや手遅れだろうが。


 七日後の任命式では確実に知られることになるのだから、それが少し早まっただけだ──。


 そう覚悟を決めた俺は──、


「──わかりました」


 着ていた外套の留め金を外すと、深く被っていたフードごと外套を脱いだ。


 そして──。


 俺の顔と制服が灯りの下に露わになったのと、紫の龍を模った伝報矢が俺の足元に刺さったのは、ほぼ同時のことだった。




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