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第114話 懲りない男


 

 ここまでのところ、これといった問題も特には起こらず、賑やかに宴は進んでいた。


 無料ただで美味い酒と食事を楽しめているのだ。揉め事など起こしてこの場から追い出されたくない、というのも秩序を保っている理由のひとつにあるのだろう。

 その証拠に、リーゼ先輩たちのような口論は、あれを最後に一度も起きていない。

 その際には、あれほど剣呑な空気を放っていた闘気使いの男たちも、今では何事もなかったかのように笑顔を見せている。




 ◆




「ん~。やっぱり気のせいじゃないよな……」


 会話の途中で、隣に座るオリヴァーが首を傾けた。


「どうした。オリヴァー」


「あ、いえ。……それより本当にすみません。僕が友達に声をかけちゃったせいでここまでの騒ぎに……こんなに大きな広間まで貸し切る羽目になっちゃって……」


「まあ、たしかにちょっとアレだが……だが、オリヴァーだけの責任ってわけでもないだろ。元を正せばリーゼ先輩がオリヴァーに話したことが発端だしな」


「そう言ってもらえると……でもラルクさん怒ってますよね……ここにいるのが交流戦で活躍したあのラルクさんだって気づかれたら……大変なことになっちゃいますから……」


 オリヴァーが神妙な顔で周囲に目を配る。


「怒ってなどいないから、そろそろその敬語はよしてくれないか──」


 もう少し慣れたら……と苦笑いするオリヴァーの肩を軽く叩くと、


「──それに、これだけ人数がいれば却ってバレにくいってこともあるしな」


 さっきから恐縮しきりのオリヴァーを励ました。


 実際、極力気配を消していることもあってか、俺のことを怪しんでいる生徒はいない。

 昨日の夕方に顔を合わせたばかりのアイザルでさえ、こちらを気にすることもなく、殿下の武勇伝に聞き入っている。


 とはいえ……

 そろそろ出た方がよさそうだな……


 さすがにもう人の流れは止まっているが──それでも総勢一学年分くらいの生徒はいる。

 これだけ多ければ、当然あの夜、舞踏会に出席していた生徒もいるはずだ。先ほどのハーシュレイ先輩のように。

 つまりその生徒は、『クレイモーリス殿下の騎士に任命された魔法科学院のラルクという生徒が、実は七年前に姿を消したラルクロア=クロスヴァルトであり、そしてその人物こそ無魔の黒禍である』──ということをすでに知っているということになる。


 いくら気配を消していようと、万が一気づかれて芋蔓式にそれらのことを知られてしまうのは避けなければならない。


 オリヴァーがハウンストン先輩の看護で城にいなかったのは幸いだったが──


 ──さて。そろそろ帰るか。


 まだ来ていないハウンストン先輩と、出ていったきりのリーゼ先輩が気にはなるが、これ以上待つ義理もない。

 こうして店には来たんだ。約束を破ったことにはならないだろう。

 寧ろ、待ちぼうけを食らっているこっちの方こそ、破られたといってもいいくらいだ。

 ふたりが今、この場にいないというのに俺が自ら誠意を見せる必要もない。

 それに、たとえ今更ながらに『ラルクロアを紹介しろ』──と言われたとしても、逆に断る理由はできた。

 ハウンストン先輩とリーゼ先輩のふたりだからこそ紹介しようと思ったのです、でもいいし、彼は恥ずかしがり屋だからこの人数に驚いて帰ってしまいました、でもいい。

 とにかく、この大人数の前で正体を晒すなどあり得ない。書物院を貸し切ってもらった礼としてでは、まったく釣り合いが取れていないのだから。


 止むを得ず例外はつくってしまったが──


「やっぱり気のせいじゃなさそうだ……ラルクさん。カトレア先輩たちと何かあったんですか? 三人してさっきからずーっとラルクさんのこと見てるんですけど……」


「そうか? 気のせいだろ?」


 興味を持たれないよう背を向けていたが、その視線には気づいていた。

 彼女らが、隠すそぶりもなく俺の一挙手一投足を監視している、ということを。

 話を続けようとする三人を強引に振り切ってオリヴァーのところまで来たのだったが──気配を消してはいるが、一度認識されてしまえば容易く目で追えてしまうのだから仕方ない。


 長居は無用だな。


「もしかして、ばれてる……とか……?」


「そんなことないだろ? ──それより俺はそろそろ失礼するよ」


 グラスを空にした俺は、このあと別の用事があるから、と席を立った。

 まもなく城に行ってミレアと情報交換をしなければならない。


「本当にすみません。実家で用事を済ませてから来るとのことだったんですけど。なにをしてるんだろう……放った伝報矢にも返事がないですし」


「病み上がりなんだから無理しないほうがいい」


 俺は気にしていないから──手をひらひら振ると、オリヴァーは、


「それにラルクロア=クロスヴァルト様もまだ来なさそうですし……」


 やっぱり噂なのかなぁ、と肩を落とす。


「それはわからないが──また今度、機会があったら食事でもしよう。オリヴァーからも二人によろしく伝えておいてくれ。ああ、それと例の件だが。部外者の俺が厚かましいかもしれないが、なにかわかったらリーゼ先輩経由で教えてくれないか? ほんの少しだけだが、関わった者としてやっぱり気になるからな」


 例の件とはアイザルの企みのことだ。

 話せることだけで構わないから、と頼むと、わかりました、とオリヴァーが頭を下げた。

 

 そして、別れを告げた俺はフレディアを連れて早々にここを立ち去ろうと、()に向かって歩きだしたのだが──、


「──オリヴァー。どうしてお前がここにいる」


 その声に立ち止まる。

 先を確認すると──それは、取り巻きを連れてこちらへとやってくるアイザルの口から発せられた声だった。




 ◆




 なぜここに──。



 少し前に確認したときには、奴は殿下たちと賑やかに酒を飲んでいたはずだが──。


 今の今まで殿下がいた場所を見るが──その場所に殿下はいなかった。

 おや、と思い部屋の中を見回すも、どこにも見当たらない。

 生徒たちは、宴の中心人物がいなくなったことによって、わらわらと好き勝手な行動をとり始めていた。


 なんでこのタイミングで──。


 俺が帰ろうとした矢先、殿下は消えてしまった。


 急用でもできて帰ってしまったのだろうか──。


 あと少し、あとほんの少しだけ酒盛りを続けていてくれていたなら、俺はフレディアを連れて何事もなく店を出られていたというのに。


 一歩遅かったか……


 後ろを振り返る。

 と、オリヴァーは怯えてそこから逃げ出す──ようなことはせず、堂々と立っていた。

 ──だが、表情は硬い。


 俺はフードを深く被りなおすと、アイザルの視界から外れつつ、奴の行動を注視することにした。


 

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