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第107話 潜む光



「……ということを耳にしたのですが──」


 鍛練場でアイザルが呟いていた台詞せりふをその通りに伝えた俺は、付近に人がいないか再度確認した。

 が、さっきまでいた医務室とは違い、移動してきた書物院はとても静かで(というよりも魔法科とは違って利用している者は教官生徒含めひとりもいなかった)、話を始める前と同様、終えた今も俺たち四人以外に人の気配は感じられなかった。


「──余計な話でしたらすみません。ですが、先輩方にはお伝えした方がよろしいかと思いましたので」



 『残すはあの弓使い』──。


 アイザル先輩の発言。

 武術大祭の予選が開催されていると知ってしまえば、部外者の俺でも、その言葉の意味は容易に想像がつく。


 告げ口と言われてしまえばそれまでだが、アイザル先輩がなにか企んでいるのであれば、それを阻止してやりたい──と、初対面で門外漢の俺でもそう思ってしまえるほどに、今ではアイザル先輩のことを心のどこかで不快に思っているのかもしれない。

 ただでさえあんな酷い真似をしている槍使いが、さらに不正までして覇権を手にしてしまうなど、まかり通っていいはずがない、と思うのは当然だろう。


「余計だなど……ラルクさん。お話しいただいてありがとうございました」


 しばらく考え込んでいたハウンストン先輩が頭を下げる。

 顔色が悪いのは、今の話のせいか、体調のせいか。


「弓使いってやっぱり僕のこと……かな」


 誰に回答を求めるでもなく、ひとりごちたオリヴァーが弓を大切そうに抱える。

 オリヴァーの顔も青い。

 いたずらに不安にさせてしまったのであれば申し訳ないが、やはり黙っている訳にもいかなかった。


「あの男! オリヴァーになにをしようっていうのよっ!! こうなったら私が直接──」


 ガタンと椅子を鳴らして立ち上がったリーゼ先輩だったが、


「リーゼ! 早まった行動は慎んでください!」


 ハウンストン先輩が宥めると、鼻息を荒くしたまま席に着いた。

 今にも剣を抜きそうな勢いだ。


「この話をどのように処理されるかは先輩方にお任せします。取り越し苦労で終わればそれでいいのですが。ただ、俺としてはもうひとつ。オリヴァーとは別な点で気になったことが──」


「手筈、ですね」


 俺の指摘をハウンストン先輩が言い当てた。


 『あいつもすでに手筈は……』──。


 アイザルはそうも言っていた。


「アイザル先輩のいう『あいつ』が誰に当たるのかはわかりませんが……すでに対策済みの実力者がどこかにいるはずです。心当たりなど、ありませんか?」


 『()()()あの弓使いのみ』──。

 残すは──。

 つまり、弓使いとは別の人物に対して、もうすでになんらかの処置を終えている、と考えられる。


「実力者は多くいますから……この場で特定するのは難しいでしょう。ひとりひとり当たってみないことには……」


 ハウンストン先輩が再び考え込む。


「──注意してください。あのアイザル先輩です。どんな卑劣な手を使ってくるかわかったものではありませんから」


「忠告ありがとうございます」


 顔を上げたハウンストン先輩は再度礼を言うのだった。






 ◆






「これも関係なさそうだな……」


 俺が書物を棚に戻すと、


「早くしてよ。私だっていろいろ調べたいんだから」


 俺の隣でつまらなそうに立っているリーゼ先輩が急かす。


「そんなこといってもどこになんの文献があるのやら……」


 膨大に並ぶ書物からまた一冊を手に取ると、俺はそうぼやくのだった。


 魔法科と違い、ここの書棚はまったく整理がされていない。

 年代も地域も、分野もすべてが適当に並べられているのだ。

 武術科の面々にとって、書物とはその程度の意味合いなのだろう。


 リーゼ先輩のいう『調べたい』も、ここにある書物を漁って──などということではなく、俺が先ほど話した件について、生徒たちに聞いて回りたいということだ。


「本なんてどれも同じじゃない。急いでってば。スティアラ先輩ひとりじゃ心配なのよ」


 そういいながら、リーゼ先輩がつま先を鳴らす。



 ハウンストン先輩とオリヴァーは、あのあとすぐに書物院から出て行ってしまった。

 きっとひと足先に情報収集をしているのだろう。 


 そんななか、リーゼ先輩はハウンストン先輩の指示によって仕方なく俺に付き添ってくれていた。

 諸々の礼ということで、主席の一声で快く書物院を解放してくれたのだが──。

 目当ての本はなかなか見つからなかった。



「そんなにそわそわしなくても。アイザル先輩だってすぐには手出ししてこないでしょう」


「はぁ? あんたねえ。先輩は今日久しぶりに外の空気を吸ったのよ? それなのにいきなりあんなことになって──」


「ハウンストン先輩はお強いんですよね?」


「そ、それはそうだけど……でも病み上がりだから……」


「……まあ大丈夫でしょう。先輩が心配するようなことにはならないと思いますよ? ──お!」


 俺はようやく都の地下について記述されていそうな文献を見つけると、それを小脇に抱えた。

 だがこれ一冊では情報不足だ。

 もう数冊は欲しい所だが──。


「大丈夫って。なんの根拠があるのよ」


 根拠か……。


 本を探しつつも、俺は、さっきからそのことについて、言うべきか言わざるべきか迷っていた。


 オリヴァーはともかく、ハウンストン先輩が陰謀に巻き込まれることのない根拠を──。

 

 しかし、ここから先は俺なんかが踏み入るべきではないのかもしれない。

 なんだかんだ言ったところで俺には関係ない事案でもある。


 だが──ハウンストン先輩を姉のように慕うリーゼ先輩のことを思い、俺は口にすることを決断した。


「──なぜって、ハウンストン先輩は病気のふりをしているだけですから」


「なっ! ちょっとあんたなに言ってんのよっ!」


 それを聞いたリーゼ先輩が声を荒げる。

 だが俺は構わずに話を続けた。


「理由まではわかりませんが、弱ったふりをしているということでしょうか」


「は、はあ!? あんた適当なことを言うにも──」


「先輩ならアジャスラをご存知ですよね。バーミラル大森林四層付近に生息する細菌種の魔物です」


「は、はぁ? いきなりなに言ってんのよ!」


「あれ? ご存じありません?」


「し、知ってるわよ! アジャスラなら闘ったこともあるし! 実態があやふやでやっかいな魔物だったわね。って、だからそんな魔物とスティアラ先輩となんの関係が──」


「ハウンストン先輩の症状はそのアジャスラが持つ特有の細菌、アジャスラ菌によるものです」


「は!? はあっ!? さ、細菌!?」


 やっぱり大声を出した。

 ここを選んで正解だったようだ。


「細菌といってもその菌は人間にとって害はなく、命を脅かすこともありません。とにかく身体が細くなってしまうのです。多少咳き込むことはあるそうですが。──思い当たる節はありませんか?」


「ほ、細く……咳……」


「そう。驚くほどに細く。その効果から、古くは減量するために高貴な身分の女性が高値で買うようなものだったとか」


「そんな細菌があるなんて知らないわよ……それに担当医だって……」


「それはそうでしょう。第四層を探索できる冒険者なんて今はいませんから。仮にいたとしても扱いの難しいアジャスラ菌を持ち帰るなど、とてもではないですが不可能でしょう。ですから菌や、その菌が引き起こす症状は現在となっては知られていないと思います」


「じゃ、じゃあ、な、なんであんたがそんなことを……」


「俺にとってあの森は庭みたいなものですからね」


「はあ!? あの地獄の縮図のようなバーミラル大森林が庭だっていうの? いくらあんたでもそれは──あっ! も、もしかして──」


「もしかして、なんです?」


「い、今はいいわ。そ、そんなことよりあんたの言っていることが正しいとして! どうしてスティアラ先輩がそんな細菌の存在を知っていて、それにそんな菌を服用する必要があるのよ!」


「そこまではわかりません。誰かに聞いて知ったか、ここの書物の中にそれらしいことが書かれた文献があったのか。手に入れたのも、たまたまなのか、計画的なのか。服用したのは……そうですね。弱くなったふりをする必要があったとか? まあ、どちらにしてもなにかあるに違いありません。──お! これも関係していそうだな」


 俺はまた書物を抱えた。

 するとリーゼ先輩はドン、と足を鳴らして、


「ちょっと! そんな本なんてどうでもいいから真剣に答えなさいよ!」


 よりいっそう大きな声で怒鳴った。

 こんな騒ぎ、向こうだったら追い出されてしまうに違いない。


「わかりました──」


 俺は覚悟を決めると、


「──先輩。どうか怒らずに、そして気を悪くせずに聞くと約束してください。俺のことを割と信用してくれているんですよね? 俺も鍛練を共にするリーゼ先輩だからこそ打ち明けるのですから」


 先輩の望み通り真剣な表情をして、身体を先輩の正面に向けた。


「な、なによ急に」


「約束できます?」


「わ、わかったわよ」


 再度確認すると、先輩も覚悟を決めたかのように腕を組んだ。


 そのことに俺は先輩の目を真っ直ぐに見据えると、



「──ハウンストン先輩からは()()()を感じます。とても悪意のある()()()です。──ですから先輩も十分に気を付けてください」


 包み隠すようなことはせずに、そう言った。


 俺がハウンストン先輩から感じた”嫌な感覚”のことを、今ここで説明しても先輩には理解してもらえないだろう。


 俺は先輩に忠告しながらも、ハウンストン先輩の瞳の奥に潜む鋭い刃物のような光を思い出すのだった。




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