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第94話 白い帽子の少女



 ──さて……と。


 今日は予定通り一日書物院で過ごすか。



 朝。

 部屋で目覚めた俺は手早く身支度を済ませると、昨晩のことについて調べ物をするため書物院へと急いだ。


 今日、学院は休みだ。

 そのため(普段よりだいぶ速い時間ということもあるが)、進む小道に人影はなかった。


 ふう……


 モーリスとコンティ姉さんから解放されたのはつい二アワルほど前だ。

 それから急いで寮に戻り、かろうじて寝たものの、実質一アワルほどしか睡眠をとれていない。

 毎夜のリーゼ先輩との鍛練も結局休みとなってしまった


 しかし、さすがに眠いな……


 このままだと歩きながら眠ってしまいそうだ。


 よし。

 ちょっと眠気を覚ましてくるか……

 周囲に人は……


 俺は付近に人の気配がないことを再度確認すると、勢いよく真上に飛び上がった。


「リーファ!」


 リーファに頼んで速度を上げると、俺の身体はさらに空高く舞い上がる。

 ぐんぐんと高度を増し、雲を突き抜け──太陽が目の高さに見えてきたところで停止した。


 そして──


「っん……」


 思いっきり伸びをして、柔らかい朝の光を直接全身に浴びた。


「ぷはぁっ!」


 肺の空気をすべて吐き出し、再び深く吸い込む。


 それを何度か繰り返す。そうすることで徐々に頭が冴えてきた。


 ああ、この景色……


 雲海を真下に見る朝日は、いつか試練の森で見たものと何ら変わりなかった。


 なんだか懐かしいな……


 俺はなんとなく森がある方角へ身体を向けると、


「寝子丸ぅ! 元気にしてるかぁっ!」


 大きな声で叫んでみた。


「ま、聞こえるわけないけどな」


 それはそうだ。

 ここから森は相当離れている。


 ただ、今のでだいぶスッキリした。


 そうだ。


 スッキリついでに今後のことを順序立てて整理してみよう──と、俺はその場に留まり腕を組んだ。



 ええと……


 今日はこのあと書物院に行き、祠の封印と地下神殿について調べる。

 ミレアからの報告はおそらく明日になるだろうから、とりあえず今日は調べられるところまで調べてみよう。


 それにしてもクレイドル殿下か……

 まあ、モーリスとコンティ姉さんの依頼は後回しでも構わないといっていたから、まずは師匠の任務に関係していそうなことを優先しよう。

 

 昨日の件も突き詰めれば、任務と関係があるかもしれない。

 ならついでに、時間があれば闇の精霊についても調べてみよう。


 任務といえばエミリアは新しい任務を言い渡されたのかな……


 そういえば師匠もエミルも昨日は城で見かけなかった。

 ふたりしていなかったところを見ると、揃ってなにかしているのかもしれない。


 今エミルと顔を合わせるのは少し気まずいからな……

 明日、講義が始まったら様子を見に行ってみようか……


 ヴァレッタ先輩の婚約の件もある。

 結局詳しいことはなにも聞けていないから、改めて計画を聞く必要がある。


 婚約者がカークライトとは……


 ルディさんの店で闇の精霊使いの男はカークライトと口にしていた。

 あの反り曲がった剣は間違いなくバシュルッツの剣だ。

 それを隠そうともしないとは。

 白昼堂々とあんな真似をするなど、ただの間抜けかそれともよほど腕に自信があるのか。

 あの男とは冒険者街に行けばまた遭遇できるのだろうか。


 借りは返さないとな……


 白銀の魔女のこともなにか知っているかもしれない。


 それから……


 ああそうだ。いいかげんリーゼ先輩の剣も直さないとな。

 鍛練の度にチクチク言われるのも、ちょっと面倒だ。


 魔道具でどうにかなればいいが……


 近々モーリスに家の鍵を開けてもらうか。


 あとは……


 俺の素性がバレたことでこの先どうなるか、だが。


 茶会か……

 ああ……モーリスのせいで頭が痛い……


 だが、こればかりは俺にはどうすることもできない。

 逃げるわけにも隠れるわけにもいかないのだから。


 師匠も冒険者街で俺の名前を叫んだということは──なにか意味があるのかもしれない。


 あるのかもしれないが──


 ほんっと勝手だよな……あのふたりは。


 おかげで余計な苦労が舞い込んできた。


 まあ、なるようになれだ。


 こんなところか……?



 あ。



 クラウズ……



 …………




 よし。それは忘れよう。


 こんなもんだな。

 なにか抜けている気もするが……

 まあそれはその都度対処すればいい。



 頭の中を整理してかなり眠気が覚めてきた俺は、スッと力を抜くと地上めがけて急降下した。





 ◆





「きゃああ!」


 ──っと! しまった!


「す、すみません!」


 完全に油断していた。

 着地点には誰もいないと思っていたが──まだ完全に目が覚めていなかったのか。

 とにかく俺は慌てて謝った。


「本当にすみません! 誰かいるとは気付かずに──」


「い、いえ! 私の方こそ注意不足でした! も、申し訳ございません!」


 注意不足といっても……


 上空から人が降りてくるなど、普通は考えもしないだろう。


 とにかく今回は全面的に俺が悪い。


「怪我はありませんか!?」


 俺は下げていた頭を上げると、尻餅をついている相手に向かって手を差し伸べた。


「あ、ありがとうございま──! あ、貴方は!」


 俺の手を取り立ち上がったのは、瞳の大きな可愛らしい少女だった。

 ネルやミルと同じくらいの年齢だろうか。

 白い帽子を被り、上品なドレスに身を包んでいる。

 どうやら怪我はしていない様子だ。


「制服を着ていないところを見ると、ここの生徒じゃないのかな?」


 少女が驚いたような顔をしているため、なるべく親しげに話しかけてみたが──


「は、はい! あ、あの! ひ、人を探しに!」


「人探し? こんなに朝早くから? 誰をって、それなら職員棟に──」


「きょ、許可も得ずに入ってしまって申し訳ありませんでした! し、失礼します!」


 少女は俺の言葉を無視して、クルッと身体を反転させた。

 そしてそのまま駆け出そうとするが──


「──あっ!」


 湖から吹き抜けた風が、少女の被っていた白い帽子をいたずらにさらってしまった。


「──っと」俺はサッと手を伸ばしてその帽子を捕まえると


「──はい」少女に手渡そうとしたが、


「ん? どうしたの?」


 少女は頭を抑えてしゃがみ込んでしまっていた。


「も、もしかしてさっきので頭でも打った!? ちょ、ちょっと待って!」


 焦った俺はアクアに治癒を頼もうとしたが、


「い、いえ! どこも痛くありません! か、髪が……」


「え? か、髪? 髪がどうしたの?」


「ひ、人に、こ、この髪を見られるのは、て、抵抗が……」


 ん? 髪? 髪がどうかしたのか?


「どうして? とても綺麗な髪だと思うよ」


「え……」


「ほら、立って」


 俺は少女を再び立たせると、短く切り揃えられた白い髪の上に帽子をポンとのせた。


「あ……」


 少女はきょとんとした顔をしていたが、


「そうだ。君の名前──」


「あ、ありがとうございましたっ!」


 今度は帽子を両手で抑えると、勢いよく走り去ってしまった。


「な、なんだ……?」


 俺は、怖がらせてしまったのか? と若干落ち込むと同時、


 それにしても……


 あの少女の瞳が誰かと似ていたことに、しばしその場に佇み考え込んだ。


 あの瞳……どこかで……誰かの妹なんだろうか……




 と。

 そのとき。




「ははーん。空からラルクが降ってきたの」


 そ、その声は──


「『とても綺麗な髪だと思うよ』って、事案なの。事案発生なの。でも未遂で良かったの」


「ジュエル……」


「なんなの。その死んだ毒牙鼠みたいな目は。あの子を見る目と大違いなの」


「おい……」


「お、おはようございます……ラルクさん……」


「お、おはよう。リュエル……や、休みなのに今日はやけに早いな……」


「み、湖にお魚を釣りに……ジュエルが食べたいって……」


「そ、そうか! 魚か! それはいい!」


「そ。でもさすがに幼魚までは食べないの」






 ◆





「──そうだったのですか。早く探し人が見つかるといいですね」


「ああ。話は変わるが、ふたりは昨日城に行かなかったのか?」


「あ、はい。ご招待はいただいたのですが……」


「美味しいものもたくさん食べられると思ったの。でもリュエルが行かないって」



 ジュエルとリュエルのふたりは、昨日の舞踏会には参列しなかったという。

 であれば、俺のこともまだ知らないということだろう。

 当然いつかはバレるだろうが、それが今ではなくて俺は心底ホッとした。



「そうなのか。体調でも悪かったのか?」


「いえ……そういうわけでは……」


「リュエル。はっきり言うの。この国の貴族が怖いって」


「ジュエル!」


「なるほど。そういうことか。リューイは珍しいからな」


「制服を着てるから大丈夫って言っても全然聞かないの。この臆病狐は」


「ちょ! き、狐じゃない! だって制服を着ているからこそ狙われるかもしれないって! そういうのが好きな貴族もいるってジュエルが!」


「そんなの噂に決まってるの。リュエルが信じたせいで美味しいもの食べ損なったの」


「まあまあ。実は七日後に舞踏会が仕切り直される。そのときは一緒に行こう。俺やフレディアが隣についていてやるから、腹一杯食べるといい」


 こう言っておけばジュエルもおとなしくなるだろう。


「ほんとなの! それは楽しみなの!」


「仕切り直しって、昨晩なにかあったのですか?」


「ああ、そのことは長くなるから明日にでも話すよ。ほら、早く行かないと魚が満腹になってしまうぞ?」


「あ。そうなの。リュエル急ぐの。たくさん釣れたらラルクにもお裾分けしてあげるの。特に幼魚ね」


「あ、待ってジュエル! もう……それではラルクさん、失礼します」


 ふたりが立ち去ると、鳥たちのさえずりが聞こえてきた。



「はぁぁぁ」



 ようやく日常を取り戻した俺は、さっきの少女のことなどすっかり忘れて、書物院へと急ぐのだった。




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