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第83話 騒がしくも、静かな夜 3



「ルディちゃん! 同じのをもう一杯! いや! 二、いや、三杯!」


「は、はい! すぐにお持ちいたします!」


「ありがとー!」


 追加の注文を受けると、ルディさんは厨房へと走っていった。





 師匠は『コンティと話がある』といって先に城へ帰ったが、俺とエミルはまだルディさんの店で食事を続けていた。

 六の鐘の音が聞こえたのは二アワルほど前。

 つまりあと一アワルほどで日付が変わる。


 今いる場所は、ルディさんの店の敷地の最奥、川沿いの静かな場所に建つ、つい先ほど出来上がったばかりの離れだ。

 とある客から金貨が詰まった革袋を渡されて、『これで他の客の視線を気にせず食事ができる個室を造ってほしい』と頼まれ、突貫で仕上げたらしい。

 俺が店に来たとき、ルディさんの姿が店になかったのは、この離れの最終仕上げに付きっきりだったからだそうだ。

 飛び交う職人たちの声や反響する木槌の音のせいで、外の騒動にはまったく気が付かなかったという。

 



 指示役の男が消えた後、俺と師匠は他の九人を縛り上げようとした。だが、驚くべきことに全員の心臓はすでに停止していた。

 俺はかなり手加減をしたつもりだったので、何が起こったのかわからずに師匠に解を求めたが、師匠曰く『おそらく口封じだね』ということだった。

 

 『これが闇の精霊様の力だよ』


 俺はそのとき師匠の口から初めて『闇の精霊』という言葉を聞いた。


 俺は師匠に『闇の精霊』について詳しく聞こうとしたのだが、そこへ複数の警備団が駆け付けてきたことにより、それどころではなくなってしまった。

 仕方ない、と、俺は警備団に向き直ると、こうなった経緯を簡単に説明した。

 知り合いが攫われそうになったので、助けようとしたらこんな騒ぎになってしまったのです、と。

 いくつかの警備団が集まってきていたが、その中には、俺が敵の矢から命を守った警備団の姿もあったので、その辺の説明は割とすんなり済んだ。

 一人ぐらい殺さずにおいて欲しかったです、と団員に苦笑されたが、俺は、殺すまではしておらず、気絶させただけです、と付け加えておいた。


 本来ならこの後、警備団だけでなく衛兵と一緒に詰所に行って、いくつもの確認作業などをさせられるところなのだろうが、俺はそういったことは一切なかった。

 まあ、それは俺が着ている制服の効果と……師匠の美貌のおかげだろう。

 警備団の視線がそれを物語っていた。

 学院の生徒は……そして美人とはここまで有利なのか、と素直に感心した。


 先ほど居合わせた警備団からしてみれば、師匠が叫んだ名前のことも訊ねたかったに違いない。

 だがその際、都合よく他の団員から『交流戦見ました!』と握手を求められ、そしてそれに応じることによって彼らが質問をする隙を与えずにいたのだった。


 しかし、そうこうしている間に、また人だかりが出来始めてしまった。


 俺は師匠に、騒ぎが大きくなりすぎたので場所を変えましょう、と提案したのだが、クロスヴァルトの羊肉以外は食べないよ、と返ってきたので、仕方なく店に戻ったところ、ちょうど離れを完成させ終えたルディさんが店の入り口に立っていて、事情を話したら是非離れを使用してくださいとのことだったので、これ幸いとここを利用させてもらっているのだった。(依頼主より先に使用してしまっていいのだろうかという罪悪感はあるが)


 おかげで俺がラルクロア=クロスヴァルトだと知られた後も、衆目に晒されることなく食事をとることができているのだが──警備団から解放された後、すぐにこの離れに逃げ込んで(?)きたので、外が今どういう状況になっているのかまではわからずにいる。


 まあ、ほとぼりが冷めるまで、ここでしばらく待つのが賢明だろう。





 クロスヴァルトの羊肉を食べながら師匠と交わした会話の要点は主に四つ。


 一つは交流戦の黒幕。

 黒幕とは、交流戦の会場に『精霊封じ』を仕組んだという人物のことだ。

 やはりあの場所では『精霊封じ』か、『それに相応するなにか』が働いていたらしい。

 師匠は伝統ある交流戦を穢したと相当憤っていた。

 その黒幕なる人物は、闇の精霊と契約を交わした人物と深く関係しているそうであり、先ほどの一件と合わせてもう一度裏をとり、それが判明し次第、俺に教えてくれることになった。

 師匠が急ぎコンティ姉さんのところへ向かったのも、その裏とりが理由だ。




 次に俺の新たなる任務。


 『一つはラルクロア=クロスヴァルトとして善の限りを尽くすこと。そしてもう一つはラルクとして心身ともに悪に染まること』


 任務の一つ目はまだ理解できる。

 俺も以前から考えていたからだ。

 無魔の黒禍が善行を積んでいけば、必ずやクロスヴァルト家の汚名を返上することができるはずだ。

 ただ、表だってそれを行うというのは予想外ではあったが──。

 そしてそれとは一転、ラルクは悪に染まれという任務。

 意味を訊ねたが、師匠は多くは答えず、ただ『地下神殿に行くといい』とだけ助言をくれた。

 説明は以上。

 地下神殿とは、と訊ねても答えてはくれない。

 結局、書物院に行って自分で調べるしかない。

 任務の内容が不明瞭なのは、まあいつものことだ。

 師匠を信じると覚悟を決めている俺は、それ以上質問はしなかった。




 次はクロスヴァルトのこと。


 師匠は交流戦の際、父と話す時間を持った。

 話した内容までは教えてくれなかったが、俺はそのときの会話が、今回の任務である『()()()()()として善を』と関係しているのでは、と思っている。

 弟マーカスのことも師匠は考えていると、言っていた。

 俺もなにか手伝えませんか、と願い出たが、『今のおまえさんにできることといったら、任務を忠実に遂行することだけだね』とのことだった。


 クロスヴァルトの羊肉に拘ったのも、父と話したことによって、懐かしい味を思い出したからだ、とも言っていた。


 他には、スコットの刑について触れたとき、エミルが師匠に『クラックの無事を確認しに行きます』と相談していた。

 だが師匠は、『おまえさんは他にやることがある。クラックのことは聖教騎士に任せておくんだね』と諭され、エミルはそれに従っていた。




 そして最後。


 闇の精霊──。


 闇の精霊は使役するのがもっとも難しく、それもあって契約を交わしている者は限られているという。

 また、闇の精霊の前では、他の精霊は委縮してしまう、ともいう。

 そう聞いた俺は、闇の精霊と精霊封じとを関連付けずにはいられなかった。


 闇の精霊。とても脅威となる存在だ。



 『おまえさんにはまだ少し早いと思ったが──いい機会だったからね』


 師匠はそう言うと杯を空け、窓の外に目を遣った。

 川の流れを静かに眺めている師匠を見て、俺は──そしてエミルも、言葉を続けられなかった。

 あのとき見せた師匠の瞳は、わずかに潤んでいた。

 美しい師匠の横顔はなぜか少し淋しげで、まるで愛おしいものを手放してしまったかのように……


 師匠のあんな表情を見るのは二度目だ。


 ミスティアさんとファミアさんが()()姿()で帰ってきたあの日と──そして今日。


 幼いながらに、二度と見たくない、と思っていた師匠の表情だったのだが、あれは俺の気のせいだったのだろうか。


 たぶんこれも訊ねたところで答えてはくれないだろう。


 気のせいといえば、闇の精霊を使役するあの男がこの店にいたのは、本当に偶然だったのだろうか。

 師匠が美しく変化し、その師匠を狙ってこの事件が勃発した。

 普段の師匠であればああいった輩は俺に処理させるか、無視するかのどちらかだ。

 だというのに今回は積極的に関与していった。

 結果、俺の昔の名を叫び、そして俺は闇の精霊と対峙することになった。


 師匠は俺によく見ておけと言った。


 だとすると、すべては師匠の……

 果たして……


 いや、しかし冒険者街の店、さらにはこの店を選んだのは俺だ。

 俺が貴族街の店を紹介していたら……

 その前に、そもそも誘われたとき、今日は用事があると断っていたら……

 



「……さま!」


「……聖者さま!」


「聞いてますか! 聖者さま!」


「あ、ああ! す、済まないエミル!」


「で、聖者さまはどう思っていらっしゃるのですか!」


「どう……って……? なんの話だっけ……?」


「もう! やっぱり聞いてませんでしたねッ! 聖者さまはいっつもいっつもそうなのです! 初めてお会いしたときも──」


「エミル、さすがに少し飲み過ぎ……」


「お、お待たせいたしました……聖女様のお飲み物をお持ちいたし──」


「ああん! ルディちゃん! ありがとー! もう、私このお店大っ好き!」


「あ、ありがとうございます……」


「エ、エミル、そんなに飲んで大丈夫か? もう軽く二十杯は超えて──」


「大丈夫です! 今日は飲みたいのです! これも聖者さまのせいですからねっ! 私の聖者さまがあろうことか、あのような男を前に膝をつくなど! 私がもっと早く皆様の避難を終えていれば──でも、私は怒っているのです! 聖者さまはいっつもいっつも本気を出さずに、もう! 優しすぎるのです! そうです! 聖者さまは優しすぎるのです! ときにはもっと非情になってください! そんなふうですから私以外の女性にも──」



 俺だってもう一度あの男に会ったら、そのときは借りを返すつもりだが……

 エミルがそこまで憤慨すると、逆に俺が冷静になってくるよ……



「ラ、ラルク様、さんはお飲み物は……」


「あ……み、水で……」


「か、かしこまりました……」


「お水ぅ!? そんなの許しませんっ! ルディちゃん! これと同じものを三、いや、五杯いただけますか!」


「あ、ありがとうございます……」


「聖者さま! 今日はとことん付き合ってもらいますからねっ!」



 さっきと立場が逆じゃないか。


 ああ……

 俺の酔いはすっかり醒めたよ……




 こうしてブレナントの聖女改め、青の聖女エミリアは、俺だけでなくルディさんにも意外な一面を見せつつ、夜が更けていくのであった。



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