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第20話 聖教騎士団


 スレイヤ王国自治領レイクホール──


 人口約六百、スレイヤ王国最北部に位置するレイクホールは、人口だけで見ると王国内では下から数えた方が早い規模の領地だ。

 しかしながら面積は広い。その大半が森と多くの湖で占められているとはいえ、単純に広さだけでいえば王国に於いて三本の指に入る。

 隣国と境界を接するこの地は、元はレイクホールというひとつの王国が繁栄を謳歌していた。

 しかし今から約三百年前、当時勢力拡大主義にあったスレイヤ国王率いるスレイヤ王国軍がこの地に攻め入り、城を陥落させたことから現在ではスレイヤ王国下の自治領となっている。


 約一万あった人口もこのときを境に数を減らされていた。度重なるスレイヤ軍の蛮行によって──というわけではない。レイクホールの民は特殊な魔法を行使できるため、その力を最大限活かすことを条件として、特別な待遇を施したうえでスレイヤ王国各所に生活圏を与えていったのだ。


 攻め落としてからしばらくはスレイヤ王弟の直轄地となっていたのだが、数年後からある理由により統治責任者を元レイクホール王家に連なるものに就かせていた。当然、強力な監視体制の下、である。

 本来であれば隣国への侵攻に備え、軍事力が高く勢いに乗っているスレイヤ王国軍を配備させたいところであったが、いくつかの事情から撤兵を余儀なくされたのだった。

 そして現在ではレイクホール王家の末裔にあたるユーティリウス=レイクホールが辺境伯としてこの地を治めている。


 当時絶頂期にあったスレイヤ軍の撤退──そうせざるを得なかった理由の一つが国境線上にある『試練の森』にあった。

 広大な森は肥沃な地であると同時に、魔物や獣が多く生息する。

 レイクホールの民は森から様々な恩恵を受ける側面、常に危険と隣り合わせにいた。

 そのため彼らは永い年月をかけて魔物から身を守る特殊な魔法を生み出すことに成功していた。

 無論スレイヤの軍人が簡単に使えるような術式のものではなく、いくつもの魔法を重ね合わせることによって効果を発揮する複雑な複合魔法だ。

 よってスレイヤ軍は早い段階で試練の森付近の防衛をレイクホール軍に委ねるほかなかった。

 試練の森の魔物たちはスレイヤ国の軍事能力を以ってしても抗うことは敵わなかったのだ。

 スレイヤ軍は少なくない被害を出した時点で試練の森を踏破することを諦め、と同時に森を介した隣国への侵攻も気勢が削がれることとなった。


 そのレイクホールの特別な魔物除けの魔法が、敗国にもかかわらず高待遇を受け、新たな居住区までも与えられている所以である。

 ただし、危険な魔物の生息地に近く、そのうえ脅威となる魔物の動きを牽制する、という条件が伴うが。


 そして二つめ──これこそが当時のスレイヤ王家が直接の統治から手を引いた最大の理由である──が、『聖教騎士団』の存在にある。

 この騎士団はレイクホール王国が攻め落とされてなお、スレイヤ王国に対し全政権機能を明け渡すことなく『自治領』としての処遇を選択させた、いうなればレイクホール王国最後の砦であった。


 七神の一柱、ブレキオスこそが絶対の神であるという教義の下に集う聖教騎士団の結束は固く、個々の能力も秀でていた。

 その力はレイクホールが自治領となり三百年が経過した今でも衰えることはなく、むしろ試練の森の魔物をスレイヤ王国内に雪崩込ませぬ抑止力となっているがために、団員約三十人と数こそは少ないが敗国軍とは思えぬほどの実権を握っている。

 聖教騎士団は、形式上ではスレイヤ王国の配下にあるのだが、実態としてはレイクホール辺境伯の手飼いの私兵でもあった。

 つまるところスレイヤ王国にとってレイクホール自治領とは、なんとも度し難く喉に刺さった魚の骨のような存在だった。



 スレイヤ王国最北端、試練の森から南に馬車で三日の地に、レイクホール辺境伯が城を構えるレイクホールの街はある。


 そして日が暮れる直前となる今、砂煙を巻き上げる一台の馬車がレイクホールの街の門へと近付いていた。




 ◆




 馬車は門番に止められることもなく滑るように街中へ入ると、そのまま石畳に蹄と車輪の音を響かせて通りを進んでいく。

 日の落ちる時間帯とあってか、ひっそりと静まり返る通りに人影はなく、その馬車を目にする者もいなかった。


 馬車はしばらく通りを進むと、とある大きな建物の前で停車した。


「お勤めご苦労様でした。ミスティア様」


 御者が務めを果たすより先に、馬車の扉に手を掛けた青年が恭しく頭を下げながら取っ手を引く。


「グストンか、久しいな。息災であったか」


 カツンと踏み台に踵を鳴らし、そう言いながら降りてきたのは見目麗しい騎士姿の女だった。

 襟元に金の刺繍が施された上着は、青年の着ているものと揃いのしつらえであったが、青年がズボンを穿いているのに対し、女は丈の短いスカートを履いている。


 「そのような勿体ないお言葉、有難うございます」といっそう低頭した青年が言葉を続けた。


「今冬は試練の森も静かなもので二度ほどしか出征する機がありませんでしたので」


 腰を曲げて目線を低くしている青年の前を、女の細く白い脚が通り過ぎる。

 女は青年の話に特段興味もないのか、言葉を返すでもなく馬車から降りたつとすぐに建物に向かう。

 歩く女の肩に御者の男が外套を羽織らせると次いで車内から鞄をひとつ持ち出してきた。


「ミスティア様、荷はこれだけですか?」

「ああ、残りは後から来るカイゼル達に預けてある」


 青年騎士が女の少なすぎる荷に疑問を持ったのか、御者から鞄を受け取りながら質問をすると、女は「遅いから置いてきた」と歩みを止めることなく返事をする。


「しかしミスティア様も予定よりだいぶご到着が遅れたようですが……」


 先に建物に向かう女の背に向かって青年騎士が遠慮がちに、しかし女の耳に届くように音量を上げた声で質問すると、


「戻る途中で予定外の報告が届いたのでな、少しばかり対応に追われていたのだ」


 女が長い石段を上がりながら早口で答えた。


「予定外……無魔、の件でありますか」

「ああ、そうだ、それだけでもないのだが……と、そのことで急ぎの報告がある。猊下はおられるか」

「は、地下の礼拝堂におられます。ご案内いたします!」


 ようやく女に追いついた青年が意気揚々と案内を買って出る。


「ふ、よい、ひとりで行ける。それよりグストン、荷を私の部屋へ運び入れておいてくれ」

「は、承知いたしました」


 が、女に断られた青年は一瞬だけ肩を落とすが、すぐさま小走りで建物の扉の前まで急ぎ近付くと厳かな扉を押し開き、女が前を通るのを待った。


 騎士二人が建物に入りきってしまうまで御者の男は馬車の前で頭を下げ続けていた。

 傍目には忠実な部下と映ることだろう。

 しかし、もう辺りは暗闇が支配しているため御者の表情までは窺うことができなかった。




 ◆




 一方その頃──




「デ、デニスさん!! ちょっと!! 速過ぎますって!!」

「喋るなラルク! 舌を噛むぞ!」


 我らがラルクは、レイクホールに向かって疾走する馬車の中で、揺れと必死に戦っていた。



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