第75話 幕間2 試合の余波
「ああ……間違いない……ようやく……」
人目を惹く美しい少女は、激闘を終えたばかりの屈強な聖教騎士──に抱え上がられた少年、正確には少年の額を見て呟いた。
その瞳は涙に濡れ、少女の可憐さを色濃く飾っていた。
◆
「あれが俺たちの知っている線なしと同じ人物なのかよ……」
「まだ信じられねえよ……」
「さすがラルクなの!」
「す、すごかったですね……」
ラルクと同じ一学年一クラスの生徒は、それでもラルクの実力を多少は知っているために、他のクラスの生徒に比べるとまだ驚きは少ない方だった。
一方、他クラス、他学年の生徒は
「やべえぞ! 俺あいつの悪口散々言ってたぞ!」
「こ、このあいだ喧嘩を吹っかけた俺はどうすりゃいいんだよ!」
「あ、謝りに行くか……」
「いや、殺されるぞ……」
蜂の巣をつついたような状況になっていた。
そんな様子にクラウズは、
「ふん、いまさら何を……」
その辺に転がる石ころを見るような視線で生徒らを一瞥し、鼻で笑っていた。
◆
「わたくし、試合中ラルクに胸を撫でられました……」
ギョッ、と戸惑う生徒らなどそこに存在していないかのように、ミレサリアは自分の胸を抱いた。
「私も、です……とても温かい手で触られたような……」
その隣でシャルロッテが恍惚な表情を浮かべる。
ふたりはラルクの声なき声を聞いていた。
その声を噛み締めるように試合場のラルクをじっと見つめる。
「あのように触られたのは初めてでした……」
「私もです……ああ、今もラルク様の感触が……」
学院を彩る美少女ふたりのそんな様子を見て、周囲の男どもはやり場のない怒りを覚えていた。
◆
そのころミューハイアは、学長室でひとり神に感謝を捧げていた。
それは敬愛する祖母が息を引き取ったときよりも、長く、深い祈りだった。
「数奇な運命の巡り合わせは、私を彼の下まで導いて下さった……」
銀に光る涙が止めどなく頬を伝い落ち、膝をついた床を濡らしていた。
◆
「今ごろみんな大騒ぎね。良い気味よ。線なし君のこと線なし線なしって馬鹿にして」
「ヴァレッタ先輩も人のこと言えないんじゃ……」
フレディアが遠慮がちに指摘するも、ヴァレッタは
「私はいいの。とっくに線なし君の実力を知っていたんだから。本当の線なし君を知ってて線なしって言うのと、知らないで線なしって言うのとではまったく違うわ」
得意の持論を展開してフレディアを困らせる。
「はは。ヴァルはなにかとラルクのことを目に掛けていたようだからね。僕が聞いても理由は教えてくれなかったけど、なるほど。こういうことだったんだね」
アーサーが白い歯を見せて軽快に笑う。
試合が始まる前まではエミリアを除く女性陣から冷遇されていた分、無理にでも明るく振舞っているように見えた。
「本当にラルクには頭が上がらないよ……でも俺はうさぎ班じゃないから……」
と安堵するハウッセンを、ヴァレッタとアリーシアが睨みつける。
「エミリア教官の試合にも演説にもドキドキしたけど、ラルククンも凄かった。っていうかほとんどなにをしてたのか見えなかったけど。エミリア教官は割と落ち着いていましたよねぇ。もしかして……エミリア教官、ラルククンが強いって知ってました?」
ハウッセンからエミリアに視線を移したアリーシアが、他の生徒が聞くに聞けずにいたことをズバッと聞く。
「私は……その……」
「聖職者は嘘を吐いていいんですたっけぇ? あれ? あれぇ?」
「知って……いました……」
「がーん! やっぱり! ラルク君とどんな関係なんですか! っていうか、あの演説最後になんて言ってたんですか! 聞き取れなかったんですけど!」
他の四人もエミリアとアリーシアの会話を聞きつけ、ふたりの傍に集まって来る。
「それ、私も聞きたいです!」
「僕ももっとラルク君のこと、知りたいです……」
ヴァレッタとフレディアが詰め寄る。
エミリアは戸惑い、数歩後退するが、すぐに後ろの壁に行く手を阻まれ逃げ場を失ってしまう。
そのとき、都合良く扉からラルクが現れ、困惑するエミリアを颯爽と助け出してくれる──はずもなく、エミリアは五人から回答を迫られた。
しばらく逡巡したエミリアではあったが、
「わ、私は……ラルクの妹なのです……」
やはり嘘を吐くことは憚れるのか、言葉を選びつつも正直にそう答えた。
「……」
だが五人はエミリアを憐みのこもった目で見る。
「エミリア教官……それ、他の人に絶対言っちゃだめなやつですからね……」
アリーシアがそう言うと、
「まさか全学院の憧れで、聖職者のエミリア教官がそんな妄想行為を……」
ヴァレッタも引き気味になる。
そして一時、魔法科学院には兄貴肌の男子生徒がわらわらと増殖するのだが、それはまた別の話。
少しぶつ切りになってしまいましたが……
ラルクの生活環境はガラリと変わりそうです。