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第61話 休めない休日・昼前



「相変わらず人がいないな……ここは」


 貴族街も奥まで歩いて来ると、とても顕現祭直前の都とは思えないほどひっそりと静まり返っている。

 一軒一軒の屋敷が途轍もなく広いということもあるが、この界隈は喧騒とは無縁の世界なのだろう。

 同じ都に在りながら、まるで異なる世界に迷い込んでしまったかのような感覚に、いつか見た夢のことを思い出す。


 人々の熱気もここには無く、土と木の香りが溶け込んだ爽やかな風が優しくそよいでいる。

 実際に自然豊かなこの貴族街は、他の区画に比べて外気が低く快適だ。

 制服を目立たなくするために購入した薄手の上着を羽織っていても涼しく感じるほどに。


 俺は人のいない非現実的な貴族街を奥へ奥へと進んで行った。





 ここを通るときには特に気を付けないと……


 あと数アワルもすればヴァレッタ(うさぎ)班の四人が訪れることになっているクロスヴァルト侯爵邸の前を、息を殺し少しの足音も立てずに通り過ぎる。

 ここで家の者とばったり鉢合わせしてしまうような()()()()()()()()()()()()()

 

 そーっと、そーっと……


 門の奥を覗き見たい衝動も理性で抑え、無事に敷地の前を通過することができた。

 敷地内の人の気配を探るようなことも、無論控えた。


 ネルとミルが来ているということは、母様も来ているはずだ。

 この森の奥に懐かしい家族が揃っていると想像するだけで、目の奥がツンと痛くなってくる。


 『──平民がなにを期待しているんだ』


 誰にも会いたくないはずなのに、誰かが門から出てきてくれるのを待っているかのような自分の感情に、身分の違いを言い聞かせて先を急いだ。


 クロスヴァルトのことを意識しないように努力しようとしても、昨日の今日ということもあってなかなか厳しかった。





 ◆





「ここはまた大きな屋敷だなぁ」


 桁外れに広いクロスヴァルト家の前を通り過ぎると、その隣にクロスヴァルト家の倍はあろうかと思しき広大な森が造成されていることに気が付き、感嘆の声を漏らした。


 七年前はなかったような気がするけど……。


 よく見ると、新しく整備されたばかりのようだ。

 土や木々も瑞々しく生気に溢れ、他の造られた森とは違い、どことなく生命力を感じる。


 どこかの貴族が新しく屋敷を建てたのだろうか。


 大きな屋敷、といってもここからは通り沿いに生い茂る森しか見えない。

 クロスヴァルト家のものよりも立派な門が建っているのを見て、勝手にそう思っただけだ。

 きっとこの奥には想像を絶するようなバカでかい建物が建てられているのだろう。


 平民の観光客が泊まれる安い宿を建てた方がよほど有益なのに……


 以前、宿がなくて困り果てた経験から、そんなことも考えてしまう。


 今では冒険者街の宿も綺麗になってるんだろうけど……


 どうせ、なんとかヴァルトの家だろう──俺はそれ以上興味を持つようなことはせずにコンティ姉さんの家を目指した。







 ◆







「あれ? もしかして……サティちゃん?」


「そうですが……!! え? キョウさま……でいらっしゃいますか?」


「はは、今はラルクだけどね。──久しぶり、サティちゃん、元気にしてたかい?」


「失礼いたしました、ラルク様! よくぞおいでくださいまさした! コンスタンティン男爵から伺ってはいたのですが、本当に別人ですね!」


 コンスタンティン邸の門の脇に立っていた女性に声をかけてみたところ、やはりサティちゃんだった。


 サティちゃんはコンスタンティン家に使える三姉妹のうちの、一番下の女の子だ。

 俺と同じ年だから、今年で十四歳か。

 侍女の制服を着て、若草色の髪を後ろで束ねている姿は、長女のパティさんや次女のレティさんにますます似てきている。


「随分と大人になったね、昔のお姉さんたちにそっくりだよ」


「ラルク様こそ! 七年前とは比べ物にならないほどカッコよくなっています! その黒い髪もすっごい素敵です!」


「ありがとう。みんなも元気にしているのかな?」


「はい! もうラルク様がいらっしゃるのを今か今かと心待ちにしていました! 先日は急用でおいでになられなかったので、この一カ月をとても長く感じていたのです!」


 サティちゃんは嬉しそうに顔を綻ばせながら、門に魔力を流す。

 すると巨大な門がスーッと開いて


「さあ、皆さまお待ちです! どうぞ!」


 サティちゃんがお辞儀をして歓迎してくれた。







「──なんていうこともあったんです!」


「へぇ、そんなことがあったんだ」


「そうなんです! そうしたらロティさんとパティ姉様がびしょ濡れのままレティ姉様を追いかけて──」


 サティちゃんの口からひっきりなしに出てくる近況報告を聞きながら、館まで続く小道を歩いていると


「──!!」


 ただならぬ気配を察知し、俺は反射的に身構えた。


「──最後はレティ姉様も──ええと、ラルク様?」


 突然立ち止まった俺にサティちゃんが首を傾げる。


 直後──


「──うなッ! うなうなぁッ!」


 小道の先から巨大な岩が突進してきた。


「──ッ! 岩、じゃない! あれは、ね、寝小丸ッ!?」


「あら、子寝小丸もお迎えに来たようですね。抱っこが好きなんです」


 子寝小丸!? 子!?

 む、迎え!? 抱っこ!?

 あれが迎え!?

 いや、あれは迎えなんてもんじゃないぞ!

 あんな突進を食らったら俺は門の外まで吹き飛ばされるぞ!


 ドドドドド、と、小道ぎりぎりの幅で突進してくる魔物を見て、背筋に冷たいものが流れる。

 道幅は狭く、左右には木立が邪魔をして、よける場所がない。


 サティちゃんだけでもどうにか──


 サティちゃんを横目で確認すると、この状況を心得ているのか、小さな身体を活かして木の隙間に入り込んでいる。


 え? サティちゃん!?

 俺はこれをどうすればいいの!?


 本能的に生命の危機を感じた俺は


「──りん!」


 思わず印を結んだ。

 屋敷の中で油断していたし、もう、それだけ切羽詰まっていた。

 印を結び終えると同時──


 ──ズドンッ!!


 寝小丸と変わらない大きさの魔物の頭が、俺の身体にぶち当たった。

 俺は両手を広げてそれを受け止める。

 全身がビリビリとして骨がきしむ。

 印を結んだことが奏功して、身体が吹き飛ばされるのはどうにか防ぐことができたが、衝撃は収まらない。どころか、魔物は四肢で地を蹴って俺を押し倒そうとする。

 俺は歯を食いしばってそれをどうにか堪える。

 恐ろしい魔物は俺の顔をべろべろと舐め、グルグルと喉を鳴らして──

 

 ──ぺろぺろ? グルグル? 

 もしかしてこいつじゃれてるのか?


 どうしたものかとサティちゃんを見ると、微笑ましそうにニッコニッコしている。


 そういうことなら──


「──ぴょう!」


 もうひとつ印を重ねがけすると、巨猫の頭の下に潜り込み、


「ッっどりゃあッ!」


 身体の一部を掴んで思いっきり真上に投げ飛ばした。


「うなー!」


 ポーンと上空に放り投げられた巨大な魔物は、可愛い声を上げながら遠く小さくなっていく。

 しかしすぐに落下を始め──


「ッうっりゃぁッ!!」


 着地する寸前に気合で放り投げる。


「うなぁぁぁぁ」

「どりゃぁぁぁ」


「うなぁぁぁぁ」

「どりゃぁぁぁ」


 これを十回ほど繰り返したところで、お互い十分に満足すると、


「──ふう、よろしくな、子寝小丸」

「うな」


 心通わせて小道を進んだ。




「うな」


「いや、いいって」


「うぅな」


「どうしても?」


「うな」


 「わかったよ」と肩をすくめながら俺が子寝小丸の背に乗ると、


「サティちゃん、子寝小丸が背中に乗れって」


「ラルク様……子寝小丸の言葉がわかるのですか?」


「ん? まあ、なんとなく。ほら、早く背中に乗って」


「い、いえ、私は──」


 俺は遠慮するサティちゃんを強引に背に乗せると


「よし、子寝小丸、出発だ!」


 子寝小丸の背中をポンポンと叩く。


「いいぞ! 子寝小丸!」

「きゃあぁぁあ!」


 試練の森で寝小丸と遊んでいたときのことを思い出し、つい、昨日のことも忘れてはしゃいでしまった。





 


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