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第60話 休めない休日・朝〜昼



 顕現祭まで四日──。

 交流戦まで三日──。




 ◆




 窓の外が白くなるにつれ、実は昨日見た光景はすべて夢の巫女が運んできた夢幻だったのではないかと思えてくる。

 このまま朝を迎えたら悪夢から覚めて、すべては夢の中で起きたことだと種明かしをしてくれるのではないだろうか──と。

 しかし未だ両手に残るネルとミルの肌の温もりは、それが幻覚などではなく、現実世界で遭遇した出来事なのだと強烈に訴えてくる。


 妹を乱雑に扱う変わり果てた十二歳の弟。

 口を揃えて兄はいないという九歳の妹──。


 いったい俺が出てからなにがあったというのか。


 あんなに優しかったマーカスが……

 もう少しで攫われるところだったというのに、なぜネルとミルは平然としていたのだろう……


 考えれば考えるほど、深みに嵌まってしまう。


 執事のレスターならすべてを知っていそうだけど……


 だが、執事であってもクロスヴァルトの人間と接触することはやめておいた方が良いだろう。


 そうだ、トレヴァイユさんの執事のカルディさんであればなにか知らないかな?

 もしかしたら今でも叔父の関係であるレスターと、連絡を取り合っているかもしれない。

 今度理由を付けてクルーゼ伯爵の屋敷を訪問してみるか……。

 


 そのとき、部屋の扉が叩かれる音に長考は中断された。


 こんなに朝早くから誰だ……?


 思考の海深くから浮上した俺は


 マーカスたちのことは交流戦が終わってからゆっくり考えよう……


 そう先送りすることにした。


 本音をいえば今日一日すべてを使ってでも、弟妹のことを考えていたい。

 しかし、今日は朝から夕方まで予定が詰まっている。

 とにかく今は交流戦に向けて気持ちを切り替えるしかない──という、もっともらしい言い訳を建前にして、自分自身に言い聞かせた。


 俺は一睡もできずに、ぼーっとする頭を左右に振って無理やり意識を覚醒させると、寝台から下りて部屋着を脱いだ。






「どうしたフレディア、随分と早いな。出掛けるのは二の鐘だぞ?」


「おはよう、ラルク君」


 制服に着替えを済ませて扉を開けると、そこに立っていたのはフレディアだった。

 一の鐘もまだだというのに、フレディアはすでに制服を着ている。


「さっき僕のところに伝報矢が届いたんだ……送り主はライカ教官なんだけど……」


 そう言ってフレディアが巻物を手渡してきた。


「ライカ教官から? 俺が見てもいいのか?」


「ラルク君にも伝えるようにって……」


 俺は首を捻りながら、それを受け取ると開封済みの巻物に目を通す。

 朝早くに教官が伝報矢を放ってくるなど、悪い予感しかしないが……。


 案の定、それを読んで一気に眠気が吹き飛んだ。


 そこに書かれていた内容は──


 クロスヴァルト侯爵自ら昨日のことについて礼を言いたいそうだから、ヴァレッタ班は全員で四の鐘に侯爵の屋敷に行くように。


 簡単に言うとそういったことだった。


「どう思う? ラルク君……」


「どうもこうも、フレディアも知っての通り、俺は今日は忙しい。どう調整しても行くのは不可能だ。悪いが四人で行ってきてくれ」


 ──不自然な返答ではなかっただろうか。


 俺はフレディアに顔色を悟られないように、部屋の空気の入れ替えを装い、窓に向かった。


「それは知ってるけど……前回も僕の都合でロティさんのところに行けなかったんだし……でも相手はこの国で王家の次に高名な貴族なんでしょ? 断ったりしたら不味いんじゃないのかい?」


 朝靄が混ざる空気を吸って気を落ち着かせる。


「さすがに罰は受けないだろう。体調不良ということにしておいてくれ。──フレディア、あのときの交換条件、覚えてるか?」


「え? まさかこれも僕がやったことに──」


「すまないが、そうしてくれないか?」


「ちょ、ちょと! そればかりは無理だよ! 実際に助けたのはラルク君なんだし! 僕はなにも見ていないんだから、助けた状況を説明しなさい、なんて言われたら──」


「大丈夫だ、双子は俺のことは見ていない。それに何度も言うが、助けたのは俺じゃなくて別の人物だぞ?」


「だとしても──」


「安心しろ、俺が見たことは朝食を食べながら事細かく教えてやるから。それと、ヴァレッタ先輩には上手く言っておいてくれ」


「ひ、酷いよ……ラルク君……」


「ほら、早く『了承しました』とライカ教官に返信しないと──ああそうだ、フレディア、クロスヴァルト様の前では俺の名前をなるべく出さないようにしてくれないか? ほら、貴族に目を付けられるとなにかと自由を奪われて、この間のように困っている親友をパパッと助けてあげられなくなってしまうだろう? その辺もヴァレッタ先輩に、な?」


「な? って、またそんな無茶を……」


「ロティさんたちにはよろしく伝えておくよ。フレディアが逢いたがっていたと」


「僕だってそっちに行きたいのに……」


 ぶつぶつ言っているフレディアを残して、動揺を隠すためにも俺はさっさと部屋を出た。


 まさかクロスヴァルトから呼び出しが来るとは……

 せめて七賢人議会開催されるまでは……

 せめて七賢人議会でクロスヴァルト家の沙汰が決まるまでは、俺とラルクロアが結びつかないようにしなければ……


 そうでないと、今までの行いがすべて水泡に帰してしまう──。


 三日後、交流戦でうまく立ち回らなければ、実力がばれてしまうかもしれないという危険もあるが、どちらにせよそれは今ではない。


 今日は考えることが多すぎだろ……

 

「あ、そういえば昨日、先輩に紅の剣姫とやらのこと聞くの忘れたな……」


 剣姫という人物のところにもクロスヴァルトから招待状(?)は届いているのだろうか、などということも考えながら食堂へ向かった。








 ◆







 日ごと観光客が増えていく都の目抜き通りを進み、目当てのパンを大量に購入した俺は王室専属薬師であるバルジンさんの屋敷に向かった。


 本日最初の予定である、マールの花を持ち込むためだ。

 その後は昼までにコンティ姉さんの館に行ってロティさんの治療を行い、時間が余るようであれば冒険者街に行き、ルディさんにクロスヴァルト産羊肉を仕入れることができるか相談する予定でいる。


 パンを買ったあと、ぶらりと例の胡散臭い果物屋の前を通ったのだが、今年は店を出していないようで、まったく別の店が出店していた。

 珍しいものがあればまた購入してみようかとも思っていたのだが──そうは上手くいかないようだ。


 何組かの騎士や衛兵とすれ違うも、大きな問題はなさそうだということは、彼らの朗らかな表情からも読み取ることができた。

 昨日の誘拐騒ぎなどどこ吹く風か、都の人々は祭りの雰囲気を余すことなく楽しんでいる様子に、人込みの中にいる俺も深い安堵を覚えた。





「バルジン様は留守ですか……」


 バルジンさんの屋敷に到着し、案内された部屋は七年前に通されたような豪奢な応接室ではなく、簡素な造りの部屋だった。

 あのときはトレヴァイユさんの紹介ということもあって、子どもだった俺でも特別扱いしてくれたのだろう。


「本日は朝から城に行っています」 


 対応してくれた若い男の薬師が言うには、バルジンさんは今日は終日外出の予定だという。


「……ところでこの場所はどなた様から紹介されたのですか?」


 口調は丁寧だが、どことなく不審人物を見るような目付きの薬師が訊ねてくる。


「紹介? ええと……随分と昔のことなので忘れてしまいました……この素材を買い取ってもらおうかと思って持ってきたのですが……」


 ここでトレヴァイユさんの名を出すわけにはいかない。どこでどうボロがでるのかわからないのだ。

 俺はマールの花が一杯に詰まった革袋の口を解くと、薬師に見えるように広げてみせた。

 すると今の今まで、怪しむように俺の制服(特に刺繍の辺り)を見ていた薬師が


「これは……おお! マールの花では! このような状態の良いマールの花はいつ以来だ!」


 目の色を変えて袋を覗き込む。


「この素材は今でも買い取ってもらえるのでしょうか?」


「もちろんですとも! 仙薬を調合するにはこの花が欠かせません! こんなに大量に持ち込んでくださるとは!」


 良かった。

 都には、今は青の聖女エミルがいるから薬草なんて需要がないかもしれないと危惧していたが、杞憂だったようだ。


「どのくらいで買い取っていただけるのでしょうか」


「うーん、これほど良質なものとなるとバルジン室長でないと何とも……数え終えたら書類を作成しますので、明日の朝……城で確認して下さい……三つ、四つ……」


 薬師は最初の態度とは打って変わって、ほぼ陶酔状態でマールの花の数を数えている。


 これが門番や衛兵だったら花の出所とかをしつこく聞いてくるのだろうが……


 職人は、良い素材を前に盗品だとかの確認はしないようだ。

 まあ、これも制服の効果なのかもしれないが。


 水晶貨だとまた面倒だな……


 買い取り金を受け取れるのは当分先になりそうだが、当面の生活費に困ることはなくなりそうだ、と俺は胸を撫で下ろした。





 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 水晶貨で思い出したんだけど屋敷って買ったの?話出てきたっけ まだモーリスと会ってないからわからないのかな
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