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第53話 新しい噂



 顕現祭まで五日──。


 七年ぶりの顕現祭に向けて青の都は盛り上がりの絶頂にあった。

 騎士団や衛兵らが懸念していた、祭りの騒ぎに紛れての悪事も今のところ目立ったものはなく、七年前の顕現祭とは違い、人々の胸中は別にして表面上は穏やかに過ぎていった。

 魔法科学院、武術科学院の一部生徒が警らに取り組んでいることも、平和の維持に貢献しているのだろう。これは数年前から授業の一環として取り入れられている奉仕活動のひとつだ。

 貴族も多く在籍している学院の生徒らが見回りをすることで、防犯の一助となっていた。


 城から続く運河沿いには数えきれないほどの出店が軒を連ね、そこでは道行く人々をひとりでも多く引きこもうと、売り子同士による勧誘合戦の声が飛び交う。

 乗合所に停車した馬車が乗客を吐き出す度に、新しい人の波が店の前へと押し寄せる。

 もはやその光景は顕現祭が催される度に見られる名物となっていた。


「これはまた大勢の人だ、こう人が多いとなにを売っている店なのか見当もつかないな」


 そんな人で溢れる運河通りの中に、周囲から注目を集める五人ほどの集団があった。

 集団の中心にいる人物は、眉目麗しく非常に目立つ。

 ぴょんぴょんと跳ねて人垣の頭越しに店を窺い見るこの人物が、行き交う人々の視線を一手に引き受けていた。


「一の姫様、あまり我らから離れませぬよう、このような場ではどんな輩が潜んでいるか──」


「無粋なことを申すな、モルガ、郷に入りては郷、祭りに来たのだから祭りを楽しまねば、街道を整備していただいたラル……いや、なんでもない、とにかく、私も自分の身は自分で守れる、ほら、お前たちもあまり目を吊り上げているとモルガのように老いが早まるぞ」


「しかし姫様、あのようなことがあってより僅かしか過ぎておりませぬ、いつ何時姫様の──」


「おお! あれは髪飾りの店か! エルナの土産を選ぶに丁度良いのではないか!? 行くぞ!」


「ひ、姫様! お待ちくだされ! 姫様!」


 黄金に輝く縦巻きの髪を跳ねさせると、姫──レイアは、周囲からため息が漏れ聞こえるほどの美貌を振りまきながら、髪飾りが並ぶ店へと駆けて行った。







 ◆







「さあ、授業を始めるぞ!」


 ライカ教官が教室に入室するや否や


「といっても今日は先日通達した通り、学院外での授業だ。すなわち上級生たちとともに都の警備に参加してもらう!」


 俺たち生徒に指示を飛ばす。


「上級生たちはすでに何度も取り組んでいるが、お前たちは今日が初めてとなる、そのためいつもの班を崩して今から前に張り出す班ごとに巡回してもらうことになる。上級生一クラスの生徒が班長となってお前たちを指導する、しっかり言うことに従って都の犯罪撲滅に貢献するように! 以上!」


 ライカ教官は教室の壁に大きな紙を張り付けると、二言三言、注意事項を伝えてから退室した。

 俺はジュエルとリュエル、フレディアとともに、教官が壁に張った紙を見に行くため教室の階段を下りた。

 

 今日は入学してから初めて行われる校外授業、学院の敷地から外に出ての授業となる。

 七年前の騒乱以降に組み込まれた、社会貢献を兼ねての実技訓練で、各学年一クラスの生徒が実際に都に出て防犯活動を行う授業だ。

 俺たちはその授業に参加するのは今日が初めてのため、今回に限っては先輩が指導してくれることになる。

 次回からは一学年の生徒だけで巡回することになるから、今日で勝手をすべて把握しておかなければならない。


 上級生の一クラス……できることならあの人たちとは一緒になりたくないんだけどな……


 以前食堂で俺に絡んできたリオン先輩たちの顔が浮かぶ。


 階段を下りきって張られた紙の前に立つと──


「ラルク君! 僕と一緒だ! ええと……あっ! 班長……ヴァレッタ先輩……副班長……アーサー先輩……」


 俺より先に紙を覗き込んでいたフレディアが、班の面子を教えてくれた。


 真っ先に出てきた名前がリオン先輩でなくて良かったが……。

 ふむ。

 そうきたか。


「あとひとりは……アリーシア先輩……ラルク君知ってる?」


「アリーシア先輩……ああ、知っている。とても……優しい先輩だ」


 知っているもなにも、入学説明会の日に俺に向けて本気の魔法を放ってきた三学年一クラスの先輩だ。

 その後は学院のことをいろいろと教えてくれたから優しい先輩としたが……あの奇抜な行為をフレディアに話したら先輩のことを警戒してしまうだろうから黙っていないと……


 そういえばまだ時計塔を案内してもらってないな……


 話す時間があったらそれとなく聞いてみよう。


「む、ラルクと別の班になってしまったの」


「私もです。ラルクさんとも、フレディアさんとも、ジュエルとも別ですね……」


 ジュエルとリュエルの班を見てみると──ジュエルとリオン先輩が一緒で、リュエルとは茶髪のバード先輩が一緒だった。


 バード先輩の髪はもう生えたんだろうか。

 あれ以来顔を合わせていないからわからないが、とにかく同じ班になって気まずい思いをしなくて良かった──リュエルには申し訳ないが、今回ばかりは幸運に感謝しよう。


『ラルク君、この人たち……』


 フレディアもリオン先輩とバード先輩の名前に気が付いたのか、不安げに俺に囁く。


『ああ、俺も気付いた。でも大丈夫だろ? 班長と副班長は四学年一クラスの先輩だ、それに俺たちと違ってジュエルもリュエルも女子だ、あのときみたいなことにはならないだろう』


 俺が小声でそう返したが、フレディアはなおも心配そうに紙を見ていた。


 フレディアの心配もわかるが、ジュエルとリュエルは強い。

 リューイ族全員がそうなのかはわからないが、とにかく魔力の蓄積量が半端ではない。

 三階級相当の魔法を息も切らさずに連発するのだ。

 俺の変わりに交流戦に出たとしても問題なく戦えるだろう。


 この三カ月間一緒に授業を受けてきて、ふたりの強さを実感していた俺は


『フレディア、なにかあったとしても心配するなら先輩の方だと思うぞ』


 フレディアを安心させようと肩を叩いた。


「なんなの、また内緒話して。最近、ふたりの距離が近すぎるの」


「おふたりは仲が良いんです、親友なんですからいいじゃないですか」


 目を細めるジュエルをリュエルが宥める。


「ジュエル、リュエル、知っているとは思うが、学院内とは違い都の結界の中では思うように魔法が行使できなくなる。心配はしていないが、決して油断するなよ?」


「少しは心配してほしいの」


「心配っていってもなぁ……ジュエルたちの魔力なら六階級程度の魔法なら問題なく放てるだろう。まあ、一本線の先輩もいるんだ、そんな状況にはならないとは思うが……くれぐれも暴走して怪我人を出さないように気を付けろよ?」


「む、そっちの心配?」


「大丈夫ですよ、ラルクさん。ジュエルもこの数カ月でだいぶ成長しましたから。暴走なんてしませんよ」


 いや、君にも、というか君に言っているんだけどね。


 リュエルは正義感が強すぎるために、理不尽なことに対しては姉のジュエルよりもキレやすい。


「そうか……それなら良いが……よし、それじゃあ集合場所に向かおうか」


  全員の班を確認したところで俺たちは正門前に移動を開始した。







 ◆







「おはようございます。ヴァレッタ先輩、アーサー先輩、アリーシア先輩」


 集合場所に着くとすでに準備を終えた先輩方が待っていた。


「ああ、おはよう、今日はよろ──」

「おっはよ。線なし君、貴公子君」

「おはよう、ラルククン、久しぶり、元気にしてた?」


 三人とも知ってはいるが、ここにはフレディアもいるので簡単に名乗りと挨拶を済ませる。

 五人とも顔と名前が一致したところで、班長のヴァレッタ先輩が王都の地図を広げながら説明を始めた。


「私たちの班は運河通りを中心として付近一帯の警備にあたります。ご存じのように出店が多く建ち並ぶこの付近は一番の人出となっています」


 あの晩、食堂で会話した人とは別人かと思ってしまうほどに、ヴァレッタ先輩は真剣な表情で地図を指し示す。

 さすがは学院一といわれる生徒だ、授業には一切手を抜かないのだろう。それが都を護ることに直結するのであればなおのことか。


「犯罪や暴行を目撃したら班員が一体となって対処します。犯罪に直接介入する係がふたり、周囲を巻き込まないように安全の確認をしつつ野次馬の処理をする係がひとり、犯人の逃走経路を遮断し、同時に共犯者が近くにいないか不審人物を探し出す係がふたり」


 次回の巡回からは一学年だけで行うことになる。

 俺はヴァレッタ先輩の説明を頭に叩き込んだ。


「まずは私とアーサーが直接介入の係を担当します。アリーシアが安全確認係、線なし君と貴公子君が逃走経路を遮断する係。ふたりには必要であれば一般人の誘導もしてもらうことになります。なにか質問は?」


 説明を終えたヴァレッタ先輩が俺とフレディアを見る。


「敵を制圧するために行使する魔法ですが、どの程度の階級まで使用が許可されるのでしょうか」


 俺は至って真面目に質問した。


「敵を制圧って……線なし君……私たちの"敵"は窃盗や酔った客同士の喧嘩よ? 線なし君はいったいどんな巨大組織を相手に戦うつもりなの……?」


 やや口調を崩したヴァレッタ先輩が呆れ顔で俺を見る。


「しかしそれを想定した訓練なのでは……人員を適所に配置するのも──」


「ははは、君はもう少し肩の力を──」

「あのね? 線なし君、訓練は訓練だけれども、そんな悪の犯罪組織を根こそぎ撲滅するような訓練ではないの。それは騎士たちの役目。そもそも学院の制服を着た私たちが、目立つように都を巡回することに意味があるのだから。抑止効果ってわけね。実際、私が経験した過去三年間に処理した事件は窃盗が数件、それに誘拐未遂が一件よ。あとは事件ともいえない事件だけ」


「犬が逃げたとか、鳥が逃げたとか、奥さんが逃げたとか、そんなのばっかり。係を分担するのも結構大袈裟だけど、逃げた犬を捕まえるときには役に立つんだよ?」


 ヴァレッタ先輩に続いてアリーシア先輩が事例を上げてくれた。


 犬が……なんとも平和な都だ……

 その裏ではコンティ姉さん率いる騎士団や衛兵が活躍しているのだろうけど……

 それなら散歩とほぼ変わらない雰囲気じゃないか。


「わかりました。事件がないということは歓迎すべきことなので……少し俺も神経質になっていたようです」


 なにも起こらなければそれに越したことはない。

 人込みが苦手な俺は、なんでも悪い方向に考えてしまう癖がある。

 それになにかあったとしてもこの五人であればきっと大丈夫だろう。

 話をすぐに中断されてしまうアーサー先輩のことはよく知らないが。


「あとは道々教えるわ──では、ただいまより、うさぎ班、警備に出発します!」


 ヴァレッタ先輩の号令で俺たちは正門を出ると運河通りへと向かった。






 ◆






「ねえ、線なし君、噂知ってる?」


 正門を出てすぐ、俺の隣を歩くヴァレッタ先輩が俺の腕を肘でつついてきた。


「噂、ですか?」


 俺は前を向いたまま返答する。


「交流戦の出場選手の噂」


「ああ、その件ですか、なんだかいろいろと飛び交っていますね」


 ヴァレッタ先輩のお陰で、紅白戦中止に関する俺の噂はいつの間にか終息していた。

 しかしそれとは別に、今度は交流戦の出場選手を探る噂が流行し始めていたのだ。

 当然、俺はヴァレッタ先輩から忠告されたように出場に関する一切のことを誰にも話してはいない。

 妹弟子のエミルにも、顕現祭の準備であまり授業に参加していないミレアにも、もちろんフレディアや、うるさく聞いてくるジュエルたちにも。




 俺はヴァレッタ先輩と食堂で話した次の日の夕方、先輩の下を訪れて交流戦参加の意を伝えた。

 今右腕に嵌っている腕輪と引き換えに。

 その後、さまざまな噂が飛び交い始める。

 わざわざ食堂まで足を運んだヴァレッタ先輩たちを目撃していた生徒たちからは『光の貴公子が出場するらしい』と流れ、先輩に会いに行った俺を目撃した生徒たちからは『線なしが交流戦も中止にしようと訴えてる』と流れ。

 俺はどれだけ権力者なんだよ、と呆れてものも言えなかった。


 腕輪の使用方法などを訊ねるために、ヴァレッタ先輩を何度か訪問したのだが、時期的にそれもあまり良くなかった。

 憶測が憶測を呼び、最近では俺とヴァレッタ先輩が交際しているのではないか、なんていうくだらない噂も耳にした。


 また、武術科は教官枠と推薦枠を公表したのだから、こちらも公平にその二名を公表すべきだ、という声もあった。

 それはあっちが勝手にしたことらしいが、それを知ってどうしようというのだろうか。

 なぜ当日まで出場選手を伏せているのかも疑問だが、どうしてそこまで探り出そうとしているのかもまた疑問だった。

 まるで犯人探しのようだ。

 俺はまったく気にならないが、他の選手は針のむしろ状態だろう。

 

 だがそれもあと五日で終わる。

 交流戦が終了してしまえばまた静かな学院生活が戻って来るだろう。

 出場した俺がどんな状況なるのかまではわからないが。





「あの噂は本当のところどうなんですかねぇ?」


 ヴァレッタ先輩が俺の顔を覗き込む。


「どの噂ですか?」


「もう、わかってるくせに~」


「たくさんあり過ぎて見当もつきませんが」


 そう答えるとヴァレッタ先輩はつまらなそうに前を向いた。

 しかしすぐに


「言いたいけど、言えない~、線なし君の秘密~、あ~言いたい~言いたいの~」


 おかしな歌を口ずさみだした。


「ヴァレッタ先輩、変な歌を作らないでください。約束通り交流戦が終わったらすべての事情を訊かせてもらいますからね?」


「わかってるって~、あ~言いたい、誰かに聞いて欲しい~、私と線なし君のひ・み・つ~」


 さっきの真面目な先輩を見てどっちが本当の先輩なのかわからなくなりかけたが、やはりこの人はこっちの方が本性なのかもしれない。


「で、先輩、うさぎ班ってなんですか?」


「私の班の名前だよ? ぴょんぴょん!」


「…………」


 ふむ。

 なんとも平和な都だ。



 

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