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第16話 そして知らされる僕の力


 静かな部屋。

 心落ち着かせてくれる淡い色調で統一されているなか、凝った造りの机の上には今朝フラちゃんが摘んできたという鮮やかな紫色の花が活けてあり、動揺する僕に憩いを与えてくれていた。

 少しだけ開いている窓からは午前中の日差しとともに微風が入り込み、薄手の窓かけをふわりと揺らしている。


「まず、ラルクはどこまで覚えてる? そこから話をしよう」


 僕も順序を飛ばしてでも聞きたいことはたくさんあった。

 だけどモーリスさんが真剣な表情でそう聞いてきたので、僕は寝台の背もたれに背を預けたまま、知っている限りのことを答えた。


「モーリスさんが僕を支えてくれたところ……ですか。盗賊から飛んできたいくつかの魔法を避けてたら、光がばーっと盗賊たちに向かっていって。そうしたら盗賊たちが氷漬けになって……そしてモーリスさんに抱えられて……だと思います」


「光……? ……そうか。わかった。いいか、ラルク。このことはあの場にいた、というよりも今この場にいる俺たちしか知らない。この話を誰かにしたところで到底信じてもらえないだろう。それほどに……荒唐無稽な話だ。だから俺たち全員この先、この話を誰かにする必要はない、ということで意見は一致している。それを踏まえて聞いてくれ」


 僕はみんなの顔を見た。

 全員がモーリスさんの話を肯定するかのように頷く。

 最後にモーリスさんと目を合わせた僕は、モーリスさんの言葉の意味を受け止め慎重に頷いた。

 僕を見るモーリスさんが「よし」と言うと大きく息を吐き、話を続ける。


「俺は一部始終を見ていた。見ていたのはアリアさんやフラっこが首をはねられたところだけじゃない」


 ジャストさんが脳裏に情景が浮かんだのか顔をしかめる。

 僕は、夢や幻じゃなかったんだ──とアリアさんとフラちゃんの首に目をやった。


「お前の様子がおかしくなったところも見ていた。俺は魔法に詳しくないからよくわからないが盗賊の放った風刃(ウィンドエッジ)を平然と体捌きだけでかわした。魔法に詳しくない俺でも常人にできることじゃないことだってのはさすがにわかる。一度だけじゃない、二度まで躱していた。でだ、二度目の魔法を躱した直後、どういうわけか盗賊たちがいきなり凍りついたんだ。百を超す盗賊全て、ひとり残らず全員がだ。……で、倒れ込んだお前を俺が受け止めた」


 モーリスさんの話は僕の記憶と一緒だった。


「俺は倒れたお前を岩陰まで運び、アリアさんとフラっこの隣に寝かせた。そのとき、不思議なことが起こっていたんだ。アリアさんとフラっこの……切断された首が繋がってたんだよ……こう、そんな事実なかったってくらい綺麗に」


 モーリスさんが自分の首を擦りながらジャストさんを見る。


「私も盗賊に目を奪われていたので……アリアとフラの異変まで気が付かなかったのですが……モーリスさんの言う通りです」


 モーリスさんの視線を受けたジャストさんがそう付け足す。


「アリアさんとフラっこは心臓も動いてただ眠っているように見えた……俺はジャストさんとしばらくその場で呆けていたよ。いったい何ががどうなってやがる、と。だがいつまでもそうしているわけにもいかず、危険は去ったようだったからこの後どうするかって話になった。俺とジャストさんふたりで四人を担いで山を越えるのはきつい。俺が来た道を引き返して盗賊共の馬を奪って助けを呼んでくるかって話になってんだが、盗賊が下で待機しているかも知れない、火水に入るか山を越えるか、さあどうするかってときにふたりが目を覚ましたんだよ」


 僕はそれが信じられなかった。

 致命傷……どころじゃない。


「そんなことって……最高位の治癒魔法でさえ……」


 たとえ第一階級の魔法師でもそんなこと不可能だろう。

 父様からも"死人"を生き返らす魔法など存在しないと教わっている。


(即死だったはずのふたりが目を覚ますなんて……)


「ああ、俺もジャストさんも今のお前と同じ顔だったさ。亡霊を見るような目をしていたと思うぞ? だが亡霊じゃない。多少ふらついてはいたが確かにアリアさんとフラっこだった。常識外れの光景だ。神の奇跡かとも思った。だが……いや、これは後にしよう。まあ、そんなわけで俺たちは戻ることはせずに予定通り……とは行かず多少道に迷いはしたが、どうにか山の反対側へ出ることができた。そこに運よく通りかかった隊商に帯同させてもらい、ナッシュガルまでやって来られたってわけだ」


「じゃあ僕はそのあいだずっと気を失って……」


「ああ、今日で丸十日だ」


「十日も! す、すみません! ご迷惑をおかけしてしまって……あ、あの、みなさん本当にありがとうございます」


「だから、礼を言うのはこっちなんだって。おそらくだが盗賊を壊滅させたのも、ふたりを蘇生させたのもお前の力だ」


 頭を下げた僕の肩に、みんなを代表して礼を返すモーリスさんの大きな手が乗せられる。


「え? 僕は何も──」


「いや、さっき言いかけたことなんだが、お前が詠唱のようなものを口走った後、盗賊が動かなくなったんだ、俺はあの後ずっと考えていたが、ラルク、お前の力だとしか思えない」


 モーリスさんが僕の目をまっすぐに見てくる。


 詠唱なんてした記憶もないし、仮に詠唱したとしても僕は無魔だ。

 どんなにあのとき魔法を欲していたとしても、それが叶うはずがない。


 馬車で逃げる最中(さなか)話してはいたが、僕は魔法が使えない、ということをもう一度モーリスさんに伝えようと──


「モーリスさん、僕はそもそも──」


『無魔の黒禍──(わざわい)(もたらさ)れ、世界は混沌に支配された──』


 したとき、ふと、父様の言葉が頭をよぎり、その先を続けることができなくなってしまった。


「…………みんな、悪いがここからは俺とラルクのふたりきりにしてもらえないか? ラルクも目を覚ましたばかりで疲れているだろうから俺がゆっくりと聞いて、あとでみんなに伝えるとしよう」


 言い淀んでしまった僕を見かねたのか、モーリスさんが気を利かせてくれる。

 それを受け「あとでしっかりと礼を言わせてほしい」と言うジャストさんを先頭に、モーリスさん以外の一同が部屋から出ていった。





「疲れていないか?」


 ふたりきりになると、モーリスさんが優しい笑みを浮かべて水差しを手渡してくれた。

 僕は礼を言いそれを受け取ると、口にはせず手に持ったまま答える。


「体調はまったくと言っていいほど問題ありません。ただ……」


 十日も寝ていたのだ、体調はすこぶる調子がいい。

 しかし、正直、精神的にはくたくただった。

 雲をつかむような話を立て続けにされたのだ。


 僕があのふたりを生き返らせた?

 僕があの盗賊たちを全滅させた?


 あり得ないにもほどがある。


(どう説明したらモーリスさんにわかってもらえるんだろう……)


 モーリスさんは無魔のことを知っているのだろうか。

 どこまで話していいものなのか。

 モーリスさんは僕の素性を知ったら、あの貴族たちと同様に僕のことを白い目で見るんじゃないだろうか。

 それどころかそんな僕を看病しているジャストさんにも迷惑がかかるんじゃないだろうか。


 陰鬱な思考が頭の中を駆け巡り、


「七歳のガキの顔付きじゃねえぞ、ラルク。なんだってんだよ、どこぞの貴族の嫡男様みたいな深刻な顔しやがって。まあ似合っているのが癪だけどな」


「あ、はは……」


 モーリスさんの軽口にも苦笑いで返すことしかできなかった。


「…………ラルク」


 少しためを作ったモーリスさんが、タイミングを見計らって話を切り出した。


「俺、五年ほど前にクロスヴァルトの屋敷に遊びに行ったことがあってよ、」


 ──!!


 唐突にモーリスさんの口から予想だにしない名が発せられ、僕は手にしていた水差しを落としてしまった。


「あ、馬鹿っ! 勿体無え! ジャストさん秘蔵の薬水(ポーション)だぞ!」



 ク、クロスヴァルト?

 なぜモーリスさんがその名を?

 なぜ今、その話を?



 こぼした水を拭きながらモーリスさんが何か言っているが、僕の耳には一切入ってこなかった。


「ったく、勿体無えことしやがる……でな? そこの大貴族の息子にラルクロアって、当時二歳の長男がいてよ、まあ、順当に育っているならば、今はお前と同じ七歳ってわけだ」



 なぜ……?

 ラルクロアの名まで知っている……?

 どうしてモーリスさんが……?

 いつだ、いつ……?

 五年前……?

 僕が二歳のとき……?



「おい! 聞いてるか!?」


 モーリスさんの声に我に返ったときには、布団も床も綺麗に拭き取られていた。


「あ、す、すみません……僕がこぼしたのに……」


「いいって、気にすんな。まあ、俺は貴族のお家事情なんか知らんし首を突っ込むつもりも無えけどよ、お前が困ってるっ、てんなら力になってやりたくてな。無論、人違いだったらこんな話してもチンプンカンプンだろうから聞き流して忘れてくれて構わないぞ」



 そう言うモーリスさんの目は、今までのモーリスさんのイメージを覆すほどに覇気と知性に溢れ、ただならない雰囲気を漂わせている。


 たとえるなら父様と同じ、いや、それ以上だろうか。


 "権力を持つ者のみに与えられた神からの恩恵"のようなものを感じざるを得なかった。


 その叡智に富んだ目に射すくめられた僕は、誰かに縋りたい思いを抑えきることができず──気付くとぽつりぽつりと辛い経験を話し始めていた。





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