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第30話 シャルロッテの憂鬱な日々 前



「シャルロッテ、どうしたの? 最近ボーッとしていることが多いようだけれど」


「あ、ごめんなさい! えぇと、それで……ごめんなさい……なんのお話でしたっけ……」


「もう、フレディア様のことよ。光の貴公子、フレディア様」


「……フレディア……様……」



 またその話題……


 あの事件以来、学院はフレディアという生徒の話で持ちきりだった。


 十日前、青の湖から突如として現れた謎の巨大生命体。

 『巨神』と呼ばれる脅威を、入学実技試験のときにも見せた光属性の魔法で、見事撃退したフレディア──。


 ほぼすべての生徒たちの間ではそういうことになっている。

 

 そういうことに──。


 だけれど私は知っている。

 フレディアの放った魔法よりも、いえ、今まで見たどの光よりもはるかに美しい光が出現したことを──。

 そしてその光がフレディアの放った矢と一体となり、絶大な力を込めた矢に姿を変え、脅威を打ち破ったことを──。


 奇想天外な体捌きで、それをしてのけた『線なし』の少年──。


「ラルク様……」


 私はそのことを知る数少ない生徒のうちのひとり。


 なぜ本人は公表しないのでしょう。

 なぜフレディアの手柄となっていることを良しとしているのでしょう。

 あれだけの力を秘めていながら、なぜ──。


「シャルロッテ? 今なにか言った?」


「え? いえ、なにも……」


「ラルク様、とか言わなかった?」


「いえ、そのようなことは……あ、私、教室に忘れ物をしたようです。──取りに戻りますのでみなさんはごゆっくりしていらしてください」


 私は知人の言葉を適当な返事で誤魔化すと、白亜の建物を後にした。





「はぁ……」


 私はあの建物が好きではない。

 特権階級の生徒が集う社交場──。

 数年前から身分による差別には厳しく対処するようになった学院ではあるが、しかし未だに根強く残る過去の慣習。


 セントラルヴァルトの名を持つ私も、このサロンに集う資格を有しているのだけれど……


「はぁ……疲れます……」


 肩が凝って仕方がない。

 家の力が大きいというだけで、自分たちの実力なんて他の生徒たちと大差ないのに──。

 いえ、魔法なら私たちより強い生徒だってたくさんいます。


「──ラルク様こそあのサロンに集うに相応しいお方です……」


 貴族の出というだけで特別扱いなんて……

 私の意見に同意してくれる唯一の親友のリアちゃんも、あの日以来忙しくしていてなかなかお話しできないし──

 

「ラルク様にお会いして、あの綺麗な光のことについてお聞きしたいのですけれど……」


 それはそれで()()()以来、会話もできずにいる。


「はぁ……我ながら情けないです……」


 結局、今でもラルク様の正体を聞けないまま──。







 七年前、初めて体験する顕現祭に浮かれてしまった私は、普段であれば決してとらない行動──雑踏へと足を踏み入れてしまったのだ。

 人混みが苦手な私は人の多い場所を訪れただけで具合が悪くなってしまう。

 それなのに、あの日は──今考えると、どうかしていたとしか思えない。

 ひとり貴族街から馬車に乗り、城前広場で降りた──まではいいが、大陸中から集まったのでは、と思しき人の数に目を回して蹲ってしまったのだ。

 進むことも引き返すこともできず、ただただひたすらに、昔から得意だった気配を消す術を行使してしゃがみこんでいた。

 人の流れが収まるまで耐え忍ぼう──と。


 しかし人は減るどころか増える一方。


 私は親友のリアちゃんが巫女に選ばれたことが嬉しくて浮かれるあまり、両親の忠告も無視してひとりで外出してきたことをひどく後悔した。



『あぁ、もうだめ……』


 意識が朦朧としてきたそのとき、


『大丈夫ですか?』


 私を気遣う声が耳に入った。


 顔を上げるとその声の主は私と同じ歳くらいの少年だった。

 少年は私を救護施設まで抱きかかえて運んでくれ、そのお陰で私は快方に向かい事なきを得た。


 しかし、あのときは状況が状況だっただけに、お礼を言うこともできず、また、名を訊ねる間も無く少年は立ち去ってしまったのだった。


 顔も声も憶える間も無く──。


 ただ、『おまじない』と言っておでこを優しく摩ってくれたことしか憶えていない。

 それともうひとつ、そのときに少年の周りを漂っていた魂が洗われるような美しい光──。







 あれから七年が経った先日。


 入学試験の際、あのときと同じように具合を悪くして、人混みの中で気配を消して蹲っていた私を見つけ、『おまじない』と言って助けてくれた少年──。


 そして教官や生徒の魔法が一切効かない──どころか、魔法を吸収して巨大化してしまった巨神を相手取り、圧倒的な力で以って倒してしまった『線なし』の生徒──。



「──七年前のあの少年が、あのラルク様だったなんて……」


 私の中ではもう結論が出ていた。

 私を救ってくれたのはラルクというひとりの少年に違いないと。


 奇跡的にあのときの少年と再会を果たすことができたというのに、お礼も言えずにいる人見知りな自分が腹立たしくて仕方がなかった。



 






「……教室に報告書を取りに行きましょう」


 決して嘘を吐いてあの居心地の悪いサロンから逃げ出してきたのではない。

 教室に()()()()()先日の一件についての報告書を取りに行こうと講堂へ向かっていると


「あれは……ラルク様……?」


 道の先を歩くラルク様を偶然発見し


「あっちにあるのは……確か書物院……」


 お礼を言う機会を与えてくれた神に感謝を申し上げながらラルク様の後を追った。


「今度こそ──」

 



 


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