第27話 七年越しのありがとう
「──それも答えられないの……? それではなにもわからないじゃないの。もう!」
質問されるたびに『その件については答えられません』『陛下から直接聞いてください』と、のらりくらりとかわす俺に、学長は苛立った様子で唇を尖らす。
さすがにこれ以上不興を買うのは下策か──。
俺はそう考えると、非協力的ともとられかねない回答をせざるを得ない理由を学長に話しておこうと
「──申し訳ありません、学長。私に関する全権は陛下及びイリノイ=ハーティス様に帰属していますので」
陛下と師匠の間で交わされている『俺の扱い』に関する要点を伝えることにした。
◆
俺の説明を聞き終えた学長の最初の一言は、
「……貴方って、いったい……」
ジュエルや729点と同じものだった。
「そのことに関しても、詳しくは陛下の口からでないと……先ほど申し上げた肩書を持つ加護魔術師であることと、スレイヤ出身の平民であることは口外を許されているのですが……」
俺が学長に説明できたのは、師匠から聞かされた条件のうちの一部に過ぎなかった。
『必要に迫られたときにはこう言うように』と師匠から指示された内容だ。
つまり──
今後、有事の際には聖教騎士団ではなく、俺が優先的に派遣される。
俺に対する指示権は第一にイリノイ=ハーティスが持ち、第二に国王陛下が持つ。
その際、俺はスレイヤ王室直属の特殊部隊所属であるため、何人であっても俺の素性を詮索できない。
であるから、俺は国王陛下及びイリノイ=ハーティス以外の人物からの質疑に応答する義務は生じない。
そして俺が関わったことはすべて、俺から国王陛下とイリノイ=ハーティスに仔細に亘り報告する──。
といったことだ。
今回の一件は陛下や師匠から直接受けた任務ではないが、三カ月前の異変の延長線上にある事案であることに相違はない。
だから俺は先の条件に当てはまると判断し、陛下や師匠の指示を仰ぐかたちをとった。
俺とて『俺の扱い』に関するすべてのことを師匠から説明されているわけではない。
師匠には『他にも色々とあるが、お前さんは知らなくていいようなことばかりだからね』と言われてしまい、その先には踏み込めなかったのだ。
しかし、聞いた条件はすべて俺にとって都合のよいものばかりだったので、それを取り付けてきてくれた師匠に深く感謝した。と同時に、陛下と対等にやりあえる師匠こそ何者なんだ──と思わずにはいられなかった。
だからその条件を聞いた学長が目を丸くするのも当然だろう。
任務完了時の報奨についても師匠はどうのこうのと言っていた。が、俺はそういったことには興味はなかったので、深く掘り下げるようなことはしなかった。
俺が師匠に言われた通りの任務を遂行するのは、ファミアさんとミスティアさんの代替要員になれれば──という思いと、今は直接の関与を訴えることはできないが、いつかはすべてを打ち明けることができた際に、少しでも無魔の黒禍とクロスヴァルトの印象がよくなればいい、という打算があってのことだからだ。
無論、弟子であるということは大前提にあるが。
序列一位と二位の聖教騎士が戦線を離脱したのはレイクホールにとっては大きな痛手となり、スレイヤ王国の各町村の巡回も今まで通りとはいかなくなってしまった。
師匠もそのことを憂いていたのだが、俺が四精霊と契約を交わしたことによって、師匠は俺を聖教騎士の代役として派遣することを決断したのだった。
そして陛下や師匠から言い渡された任務を遂行する際に『聖教騎士ではない俺の立場を便宜上どうするか』という話になったところ、ふと頭に思い浮かんだ黒禍倞の記憶を拝借して師匠から陛下に伝えてもらい、今の肩書となったわけである。
「──ですので、今回の一件も私からではなく陛下からの説明をお待ちいただきたく」
「王室にそんな特殊な組織があったなんて……」
学長が首を振りながら肩を竦める。
不承不承ながらもこの場では納得しておくしかない、といった表情だ。
俺もそれ以上話すことがなくなり、ふたりだけの医務室は少しの間沈黙が続いた。
しかし──
「──話は変わるけれど、ラルク、あなたは七年前この都を救ったキョウという少年を知っていますか?」
学長の質問する声が静けさを破った。
突然でてきた『キョウ』という名前に俺は一瞬眉を寄せたが、
「キョウ……? ああ、噂では聞いたことがあります。なんでも僕と同じ加護魔術師だとか」
学長が俺の表情を窺っているような気がしたため、努めて冷静にそう答えた。
すると学長は
「……ええ、それはこの世のものとは思えぬほどに美しい魔術を使う少年でした……」
俺を見ていた視線を、俺の後ろにある窓の外へと移す。
七年前のことを思い出しているのか──しかし学長の表情からはなにも感じ取ることはできない。
「そうなのですか……その少年がどうかされましたか?」
「あの少年のお陰で私は心を入れ替えることができたのです。前学長であった祖母のように、そして都を救ってくれたあの少年のように強くならなければならない、と。ですから機会があれば直接会ってお礼を伝えたかったのですが……」
なぜこのような話の流れになったのかは、わからない。
しかし俺は自分のことを他人のように話さなければならなかった。
「──そうだったのですか。でも彼は、あれ以来公の場には姿を見せていないとか」
すると学長は俺へと視線を戻し、
「そうなのです……ああ、そういえばジュエルから聞いたのですが、ラルクは試験の最中は冒険者街に宿を取っていたのだとか。あの水色の髪の少年のお陰でこの都の冒険者街もとても綺麗になったのですけど、知っていましたか? 昔はそれは酷い有様だったのです」
話題を変える。
冒険者街……もちろん知っている。
だがそれは俺の功績ではない。
「確かに見違えましたね。以前は本当に物騒でした。それが今や観光名所になっているそうですから。でもそれは聖教騎士団の指導の賜物と聞いていますが」
カイゼルが秩序を取り戻してくれたのだ。
それははっきりしておかなければならない。
「ああ、そうでしたね。実は私も昔、一度だけあの冒険者街の宿を利用したことがあるのですが、もう怖くて怖くて。大部屋だったので男の人に襲われはしないかと眠れぬ夜を過ごしたことを思い出します……」
「学長も利用されたことがあったのですか。私も昔泊まったことがあるのですが、学長と同じで眠れませんでした。いびきやら歯ぎしりやらがうるさくて。仕方がないので屋根の上に逃げ出して星を見ていました──学長? どうかされましたか?」
「い、いえ、屋根の上なんて落ちたら危ないのではと……」
「……あ、そういえば実際落ちましたよ。確か突然女の人がぶつかってきて──学長?」
学長が落ち着きなく視線を彷徨わせる。
俺は体調でも悪くなったのかと心配するが、
「あ、いえ、な、なんでもないの! あ、そ、そろそろ私も中講堂へ行かなくては!」
どうやらそういうわけでもなさそうだった。
学長が腰を上げて医務室から出ていこうとする。が、俺を振り返ると
「ラ、ラルクは突然どこかへ行ったりしないわよね!? 本当にこの学院の生徒なのよね!?」
おかしなことを言い出す。
「は……? え、ええ、一応合格……しましたから……え? まさか取り消しとかあるのですか? 今日の騒動が原因で成績が悪くなるとか!?」
「そんなことはありません! い、いいのです! この学院にいてくれるのなら……いいのです……」
「……学長……?」
「あ、行かなくては! ラルクはもう少し休んでいなさい? 無理はしないで」
学長がそう言ってくれるのであれば、もうひと眠りさせてもらおうと
「は、はあ……では、お言葉に甘えて……」
起こしていた身体を寝台に横たえた。
実際のところ、エミルが治癒してくれたとはいっても身体の疲れは絶頂に達していた。
「生徒たちには私の言葉で説明しておきますから、安心してください。──それと……ありがとう……」
「いえ、礼など必要は──」
俺は恐縮してそう返すが、
「違うのです! あ、いえ……違うというのは……」
学長が戸口に立ったまま、もごもごとなにかを言っている。
出ていくのか行かないのかはっきりしない女性だ。
『……このお礼は……貴方がこうして成長した姿で私の前に現れてくれたことに対して、であって……』
「え? なんですか? 声が小さくて聞こえませんでしたが……」
"残された魂"との立ち回りで疲労困憊だった俺は、半分うとうとしながら学長の話しを聞いていた。
すると学長は再び部屋に入って来ると俺の隣へとやってきて──突然横になっている俺の上へ覆い被さった。
「──は!? が、学長!?」
頬を撫でる学長の長い髪がくすぐったい。
そして──
「ありがとう……あのとき、私を、都を救ってくれて……」
学長は俺の耳元でそう呟いた。
「え!? が、学長!?」
「ふぅ、やっと言えました……」
小さく吐息をついた学長が顔を上げると
「──私を成長させてくれたお礼よ! こんな美人さんからキスされるなんて一生ものなんだから! 感謝なさい!」
俺の頬に唇を付ける。
「うぇ!? は!?」
学長は亜麻色の髪をふわりと舞わせると、目を白黒させている俺を残して医務室から出ていってしまった。
「な、なんだったんだ……」
俺はなにがなんだかわからずに、しばらくの間、学長が出ていった扉を見つめたままでいた。
部屋には彼女が残していった甘い香りがいつまでも残っていた。
俺があのときの女の人が学長だったと気が付くのは、もう少し後になってのことだった。
青年編 第一章 残された魂 完
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この後、何話か幕間を挟んで第二章の開始となります。
青年編・第二章は日常パートと紅白戦が中心となる予定です。
今後も引き続きお付き合いいただけると幸いです。