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第24話 巨神



 上空に舞い上がり"残された魂"の状態を確認する。

 ──すると奴はまだ水辺を彷徨っていた。


 だが──


「──なんだ……? 成長……しているのか……?」


 先ほどまでと形状が異なっている。


 ただのいびつな塊であったものが、巨大な人の姿を模し始めていた。


 その様相は、まるで──


「……巨神……」

 

 幼いころに文献で見た神々の姿に酷似していた。


 こうして見ている間にも徐々に輪郭がはっきりしてくる。

 比較できるものがないからどれほどの大きさかはわからないが、頭の部分はすでに学院の敷地内で最も高い建物である時計塔のてっぺんを超えているように見える。


「──アクアッ! リーファッ!」


 あれを完全体にしては不味い──


 俺の本能が反射的に加護魔術を行使させた。

 俺の眼前に数十の氷の矢が出現し、その矢をリーファが猛烈な速度で前方へと噴出させる。

 もはや視認することも困難となった氷の矢が大気を切り裂き黒い巨像へ突き刺さる──ことはなかった。

 矢は巨像を突き抜け、その背後にある黒く濁る湖の水中へと消えていった。


「──ッ!」


 巨像を確認すると、何事もなかったかのように動き続けている。


 氷の矢が通用しないというのか!

 それならッ!


「──フランッ! ステアッ!」


 続けざまに真っ赤な炎がたぎる矢と鋼よりも硬い矢を放つ。

 二属性合わせ百を超える矢は、先ほどと同じように音だけを置き去りにして突き進み──やはり巨像の体躯を透過し、湖面を荒く波立たせるに終わった。


 クソッ!

 実態がないから物理攻撃が効かないのかッ!?


 だが絶対零度の氷の棺に閉じ込めようとも、煉獄の業火に炙ろうとも"残された魂"は意に介さずに成長を続ける。そしてその体躯には筋肉らしきものも形成されだしていた。


 まさか加護魔術が通用しないのかッ!


 俺の身体に戦慄が走った。

 精霊の力が通用しないなどと想像だにしていなかった。


 このままでは打つ手がない!

 どうすれば──


 目の前の敵に対して集中し過ぎていたことと、加護魔術が通用しないという焦りから生じたほんの僅かな隙が、そのことを許してしまった。


「──爆ぜろ! 火炎弾!」

「──敵を穿て! 氷槍!」


 いつの間にか建物の屋上に出てきていた生徒たちが、好き勝手に黒い巨像に向けて魔法を放ち始めたのだ。

 魔法を行使しているのは生徒だけではない。教員の姿も確認できた。

 あれが"敵"だということを認識したのだろうが──


「──よせッ! やめろッ! 危険だから中に入っていろッ!」


 慌てた俺は必死に叫ぶ。が、詠唱を終えて放たれた魔法はすでに巨像に到達しようとしていた。

 

 魔法は通用しないぞッ!

 俺の加護魔術でも傷ひとつ付けることはできないんだ!

 七階級程度の魔法でどうこうできるわけが──

 

 しかし──俺の目の前で、俺の予想をはるかに超える事態が繰り広げられた。

 巨像に到達した魔法はその体躯を突き抜けることなく、見事に命中したのだ。


 あたった!? 魔法は通用するというのか!?


 俺はその事実に一縷の望みを見いだせたような気がした。

 だが──それもうたかたのように消え去った。


 なぜなら──


「──魔法を吸収している……だと……」


 巨像が一段と大きさを増したからだ。


 奪魔アブソーブ能力──


 放たれた魔法から魔力を吸収できる能力など聞いたことはないが、今の不自然な成長ぶりを見るに、そうだとしか考えられない。

 そして──俺の予想したとおりに、巨像は次々と着弾する魔法を余すことなく吸収し、見る間に恐ろしいほどに巨大化してしまった。


 単なる闇の塊だったものが筋骨隆々とした体躯を成し、尋常ならざる"気"が全身を覆っている。

 それは対峙したことなどないが、"神のみが持つ気"としかたとえようがなかった。


「──魔法を放つのをやめろッ! 敵は奪魔アブソーブ持ちだッ! 今すぐ詠唱をやめろッ!!」


 俺は後ろにいる生徒たちを振り返り、あらん限りの声で叫ぶ。

 だが生徒たちは奪魔アブソーブ能力のことなど知識にないのだろう。

 命中しているのをいいことに次々と魔法を行使している。


「──くそッ!」


 聞こえているはずなのに俺の言葉に耳を貸そうともしない、教員を含む魔法師たちに苛立った俺は巨像に放たれる魔法を遮断するために俺と生徒たちの間に障壁を張ろうと──


「──ッ!」


 したが、背後から夥しい数の殺気を感じ、すぐさま振り返るとその殺気へ向けて障壁を展開した。


 ──その判断は正解だった。


 巨像との間に張った障壁に、先ほど俺の肩を貫いた漆黒の矢が鈍い音を立てて突き刺さったのだ。

 その数はリーファが生成した竜巻で対処した矢よりも遥かに多い。

 黒い矢が隙間なく突き刺さった障壁は漆黒の壁と化していた。


 しかし、本来七階級程度の魔法を放っている生徒たちへ向けて張ろうとした障壁だったためにそれほど硬度はなく、千を優に超えるだろう矢のすべてを防ぐことはかなわなかった。

 矢が重なってしまった部分からだろう、数十本の矢が後方へ抜けてしまっていた。


 ──みんなは! 無事か!


 巨像を警戒したまま後ろを振り返り生徒たちの様子を確認する。と、ほとんどの生徒は無事なようだが何人かの生徒は漆黒の矢を受けて倒れ込んでいた。


 すぐさまアクアを使役して治療させようとしたが、すでに治癒魔法を行使できると思われる魔法師が治療行為に当たっていた。

 であるなら怪我人はその魔法師に任せるとして──前方へ向き直ったとき、俺はまた驚かされることになった。


「──こいつッ! 矢からも魔力を吸収できるのかッ!」


 さらに大きさを増した巨像の姿に──。


 おそらく巨像は自分で放った矢を通じて、相手の魔力を奪ったのだろう。


 ということは魔力の高い魔法師が大陸中から集まるこの魔法科学院は、こいつが成長するにはうってつけの場所だった、というわけか。

 最初に放った矢もそういう意図があったに違いない。

 俺にも矢は刺さったわけだが、俺には魔力がないから通用しなかった、ということなのか──。


 しかし──


 これが完全体なのか?

 


 そこに在るのはもはや神だった。

 見紛うことない、幼い時分に俺が読んだ神話に出てくる神、常闇の巨神──。

 全身を黒鋼くろがねのような筋肉で包み、厳かに立つ姿は神々しさが満ちている。

 "残された魂"──巨神は、自らの身体の機能を確認するかのように全身に気を巡らせている。



 というより、これで完全体でないのなら対処するすべなど皆無だぞ……

 こんなのを相手にどうしろっていうんだよ……




 正直、想定外だった。


 魔法師の魂を集めて邪心を復活させようとしている計画は、七年も前に明るみに出ていた。

 例の神殿の事件だ。

 当時、猊下の立場にあったドレイズという中心人物を逃してしまってはいたが、ドレイズの息子を捉えて目論見を洗いざらい吐かせたことにより一応の解決とはなっていた。

 だが数年前に師匠が青の都を訪れた際、立ち寄った青の湖の底に見た黒いよどみは、神殿の奥から発見された女性たちの骸の魂だったという。

 師匠はすぐさま浄化したのでその際は黒の都になるようなことはなかったのだが、今から三カ月前、再び魂の澱みが溢れたときには、この都は黒く染まった。

 そのときは体調を崩していた師匠に代わって俺が派遣された。

 そして確かに"残された魂"を確認した俺は、師匠に言われた通りに浄化して事なきを得たのだが──

 

 "残された魂”の正体がこんなものだったとは──。


 師匠もあんな状態になるわけだ。


 くそっ!

 まるで今年は特別高位の魔法師が集まることを想定していたようじゃないか!


 俺は怒りが脳天に込み上げてきた。


「──魔法師たちの無念の魂を踏み台にして復活するような神が……」



「──神であっていいはずがないッ!!」


 ぶっつけ本番だが第六の印を結ぶしかない。

 俺は全四属性の複合魔術を行使すべく、集中するために次なる印を結ぶ覚悟を決める。


 しかし──


「【──貴様が我を蘇らせたシュウエイか──】」


「──なッ! せ、精霊言語だとッ!」



 脳に直接伝わる精霊言語にふいをつかれ、結びかけていた印を解いてしまった。






 

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