第15話 みんなとの再会
今度は水面を跳ねる魚のように勢いよく意識が浮上し、その力感のまま覚醒することができた。
目を開くや否や僕は──
「----!! ----!!」
全身全霊でそう叫んだつもりだった。
しかし自分の耳に伝わってきたのは、かすれて聞き取りづらくそのうえ内容もわからない、か細い呻き声だった。
付け足すなら起き上がることもできずに横たわったまま、ただ『あうあう』と声にならない声で呻いていただけだった。
全身に力が入らない。
借り物の身体に魂だけしまい込んでいるような感覚だ。
「目が覚めたか! ラルク!」
困惑している僕の視界を緑の瞳のひげ面が占領する。
端正であるのに人懐っこく愛嬌のある顔立ち。その丸くてつぶらな瞳を見て僕は一瞬、サーラスが会いに来たのかと思った。
無垢な瞳をキラキラ輝かせて、僕の頬をぺろぺろと舐めてくるサーラス。
もっともサーラスは紅狼の森で飼っていたフォレストドッグだから、ここにいるはずがない。
というか目の前のひげ面は言葉を話している。フォレストドッグのわけがない。
「----!!」
僕は視界に広がる顔に向かって名を叫ぶ。
が、やはりさっきと同じく声にはならず、僕の口からは呻き声しか出なかった。
「ああ、意識は戻ったようだな。っと、しゃべらなくていいぞ、まだ安静にしていろ。まってろ、今水を飲ませてやるからな──」
そう言うと、モーリスさんは僕の視界から消え、その後ややあって戻ってくると僕の身体をそっと起こした。
「-----!!」
僕は喉の奥から声を絞り出して状況の確認をしようとするが、モーリスさんは「まずはこれを飲め」と水差しを口元に近付けた。
僕はモーリスさんの言うとおり、小さく口を開くとゆっくり水を口に含む。
水は適度に冷えていて、嚥下すると喉の渇きが一気に潤った。
食道を通り胃に落ちた水は、細胞一つ一つに行き渡る感覚を与えてくれ、こんなに美味しい水は初めてだ──と感動すると同時、全身に力が込み上げてくる。
「あ、ありがとうございます、モーリスさん……」
声も元に戻ったようだ。
えらく美味しかった水の効果と「礼を言うのはこっちだ」というモーリスさんの落ち着き払った顔つきもあって、幾分か冷静さを取り戻した僕は、
「ジャストさんとデニスさんは無事ですか? それにここは……いったいあの後どうやって──」
それでも他の人たちのことが気になり矢継ぎ早に質問を浴びせた。
「心配するな、みんな無事だ。ああ、ここはナッシュガルのジャストさんの家だ」
モーリスさんが「これも全てラルク、お前のお陰だよ」といっそう顔を綻ばせる。
僕は、あの場所から遠く離れたナッシュガルにいるという事実よりも、みんなが無事だということの方に意識を奪われ、安堵から全身の力が抜けてしまった。
「っと、大丈夫か? ラルク、ほら、まだ横になってろ」
「……あぁ、すみません、モーリスさん……安心したらなんだか気が抜けちゃって……でも……ジャストさんにはなんと言ったらいいか……僕があんな場所に案内してしまったばっかりに……アリアさんとフラちゃんが……」
みんな無事に逃げ切ることができたようだが、家族を失うことになってしまったジャストさんに僕はどんな顔をして会ったらいいのか──
ひとり残されたジャストさんの憂いを思うと、心が張り裂けそうだった。
「やはりそうか……あ、いや、なんでもない、もう一杯水を持ってきてやろう」
モーリスさんは少し戸惑った様子だったが、辛そうな表情で部屋から出て行くと水差しをいっぱいの水で満たして戻ってきた。
その水のお陰だろうか。僕の身体にもだいぶ活力が戻ってきていることが実感できた。
水差しを机の上に置いたモーリスさんが、暗い表情のまま話を続ける。
「ああ……ジャストさんは……家族を失った辛さに自害しようとまでしてな……俺が必死に説得して……なんとか……」
「そ、そうです……か……」
「お前にも相当言いたいことがあるようだぞ? 何かはわからんが、えらいもん要求されるんじゃないか?」
「そ、そうですよね……僕は取り返しのつかないことをしてしまったんですから……」
「ま、そんときは俺が間に入ってやるから、安心しろ、悪いようにはさせねえよ」
「モーリスさん……いえ、僕はしっかり咎めを受けます。何をされても文句は言えない立場ですから。僕の命で償えるなどとは到底思えませんが、ジャストさんの要求は全て受け入れる覚悟です」
僕はモーリスさんの緑の瞳を見据え、力強くそう答えた。
すると一瞬、モーリスさんの目が右上に泳ぎ、次いで顔を伏せると肩を震わせ呼吸を荒くしてしまう。
「大丈夫ですか! モーリスさん!」
戦闘の際に悪くした個所があったのかと心配した僕は、モーリスさんの揺れる肩を擦ろうと──
「──も、もう駄目だっ! おいっ! みんなっ! もういいぞっ! 言質は取った! 入ってくれ!」
突然顔を上げたモーリスさんが部屋の扉に向かって大声を放った。
すると部屋の外から扉が大きく開かれ、
「ジャストさんっ! デニスさんもっ!」
ジャストさんとデニスさんが入室してきた。
ふたりの表情はとても厳しく、僕、というよりモーリスさんを睨んでいるようにも見える。
そしてその後ろから部屋に入ってきたのは──
「アリアさんッ!? フラちゃんッ!?」
至って元気そうなアリアさんとフラちゃんのふたりだった。
これに思わず、
「え!? え!? え!? ええぇぇええッ!?」
三度見をした僕は恥も外聞もなく取り乱してしまった。
僕は確かに盗賊が放った風刃によって、アリアさんとフラちゃんの首が斬り落とされた瞬間を目の当たりにしている。
しかし何度見てもそこに立って僕を見ているのはアリアさんとフラちゃんだ。
わけがわからない!
けれど、ふたりの表情はジャストさんやデニスさんと同じで非常に険しく、モーリスさんに鋭い視線を放っている。
無言で立っているだけに余計そう見える。
「私たちは反対したんですよ! ラルク君! 命の恩人に対してこのような振る舞いはいくらなんでも失礼が過ぎると!」
「いいんだって! ラルクにはこっちも驚かされてんだからこのくらいの演技したって! これでおあいこだ! それに言質を取ってやったぞ? なあ、フラちゃん?」
え? ジャストさん、どういうこと?
モーリスさん、演技って? え?
「モーリスさんよ、にいちゃん可哀想に頭がこんがらがっちまってるぜ、早く種明かししてやれよ、ったくタチの悪い悪戯だ」
「はっはっはっ! いい顔だぞっ、ラルク! 大成功だなっ!」
え? デニスさん? 種明かし? いた……ずら?
モーリスさん、大成功って?
「ごめんなさい、ラルク君。モーリスさんがどうしてもって……」
「ラルクおにいちゃんは悪くない! 悪いのはひげなのっ! フラは目が覚めたらラルクおにいちゃんに飛びついてお礼をしようと思ってたのに!」
ア、アリアさん……フラちゃんも喋った……
やっぱり生きてる……
「は〜っはっは! いやぁ〜、笑わせてもらったぜ! ホンットお前は素直というか、疑うことを知らないというか、まあ、なんだ、そんなお坊っちゃま体質のお前を鍛えてやろうと思ってな──」
「そんなこと言ってモーリスさん! ただ驚かせたかっただけではないですか!」
「そうよ! フラたちに説明してるときすっごい悪い顔してたもん! 悪ひげだよ! 悪ひげ!」
ジャストさん……フラちゃん……なんとなくだけどわかってきたよ……
ああ、モーリスさんの顔が盗賊より悪人顔に見えてきた……
でもどうしてそんなことが……
「悪ひげって……さ、冗談はこれくらいにしておいてラルク、事の顛末を説明してやる。その顔を見るとお前も何が起こったのかわかっていないようだからな。そうしたら次は俺の質問に答えてくれ。いくつか聞きたいことがある」
表情を真面目なものに変えたモーリスさんが、椅子に座り直すと他の四人も椅子に座る。
それを確認したモーリスさんが今までの経緯を話し始めた。