第18話 初日の朝──の乱
◆
あー、もう!
ほんっとにもうっ!
今日も話しかけることができなかった!
あのときの人かどうか確認する! って誓ったのに!
どうしていっつも私はダメなんだろう……
ああ、根性なし、意気地なし!
こんなウジウジした自分が心底嫌で学院に入ったのに、これじゃいつまでたっても昔の私のままじゃないの。
変わらなきゃ!
明日こそは話しかけなきゃ!
そして勇気を出して聞いてみるの!
私の直感が正しければ、あの人とあの人が同じ人だとしたら、あの人こそ私の……いえ、スレイヤの救世主……
もしそうだとしたら、事情があって身分を隠しているんだわ。
鐘を壊すほどの光を集められるなんて、あの人しかいないもの。
ああ、だから私の言葉でお礼を言いたい!
誰も知らないあの人の秘密をふたりっきりで共有したい!
そのためには明日こそ進展させなければ!
でもどうやって話しかけたらいいの……
綺麗な双子の子といっつも一緒にいるから、私なんかが話しかけたら迷惑じゃないかしら……
こんな病的な私に話しかけられて喜ぶ人なんていないものね……
ああ、私もリアちゃんみたいに可愛かったらな……
そうだ! リアちゃんも酷いわよ! あの人と知り合いだったなんて!
そうよ! 今日も私が話しかけようとしたのに、リアちゃんが先に話しかけちゃうから!
そうだわ! 今日はリアちゃんに邪魔されたから話しかけられなかっただけ!
うん! 明日こそは頑張る!
ノースヴァルト卿に対する毅然とした態度も素敵だったわ……
しかも先生からノースヴァルト卿を庇うなんて、きっと正義感も強いんだわ。
そうだ、せっかく身分差がない校風なんだから、気さくに話しかけてみようかしら。
そうすれば、お淑やかぶってるって思われてる私も変われる……かも!
そうだわ! 決めたわ!
明日は思い切って、飾らずに打ち解けやすい私を前面に出して話しかけてみましょう!
お姉様も言っていたわ、男の人は気さくに肩を叩かれると喜ぶって。
男性恐怖症の私も、あの人なら……きっと……
◆
『……ルク』
『……るの、ラルク』
……ん……なんだ……?
「起きるの、ラルク」
ああ……その話し方はジュエルか……また迎えに……ん?
「さあ、早く起きて支度をするの!」
「ぶわッ! ジュ、ジュエルッ!? な、なにしてんだ!?」
「ん、なにって、ラルクがなかなか起きないから起こしてあげてるの」
「ち、違うっ! そうじゃないッ! なぜ俺の上に乗って、いや、その前にどこから入って──」
仰向けで寝ていた俺の上に、どういうわけか馬乗りになっている制服姿のジュエルが窓を見る。
まさか、と思い
「ま、窓から入ってきたのか!? な、なに考えてんだ──って、ジュエルがここにいるってことはリュエルは!」
リュエルもこの部屋の中にいるのかと、唯一自由の利く首を動かして部屋の中を確認する。
「ん、リュエルは窓の外で見張り役。その辺は抜かりないの」
するとジュエルの言葉を裏付けるように
『ジュ、ジュエル~、ま、まだぁ~? は、早くしないと、人が増えてきたわよ』
リュエルが窓から部屋を覗き込んだ。
次の瞬間──
「──きゃあああぁ! ジュエルぅ!! あ、あなたなんてことをぉおおぉ!!」
俺とジュエルの不埒な姿(?)を見て、顎が外れんばかりにリュエルが絶叫する。
「お父様ぁああぁ! ジュエルぅううがぁぁああ!!」
勉学に勤しむ少年が集まる男子寮に、絹を引き裂くような少女の叫び声が響き渡った。
「ホント勘弁してくれよ……」
寮の管理人に状況説明を求められ、寝起きということもあって上手い言い逃れも思いつかずに、必死に弁明するのが精一杯だった俺は、朝食をとる時間も奪われてしまい、朝からごっそりと体力やらなんやら奪われてしまっていた。
そのうえ、講堂までの小道を進む俺たち三人を、遠巻きに見ている他の男子生徒からの視線が恐ろしく痛かった。
「ごめんなさい、ラルクさん、私は必死に止めたのですが……」
「この学院は強い種を残すために恋愛には寛容だからいいの。昨日、なんとか先生も言っていたの」
「だからと言って男子寮に入り込むのはどうなんだ? リュエル、典範にはなんて書いてあった?」
「え、えぇと、確か156頁に、『女子生徒が止むを得ない事情によって男子寮に入る際には、その理由と滞在する時間を前もって寮長に伝え、寮長の許可を得ること』と……」
「はあ……なあ、ジュエル……そういうことをするとお父様が悲しむんじゃないのか……?」
「お母様はそうやってお父様を手に入れたの。強い男を連れて帰ればお母様は泣いて喜ぶの」
「……ごめんなさい、ラルクさん……ジュエルの言うことは間違ってはいないの……」
「──そ、そうなのか……で、でもジュエル、窓から入るのはもう駄目だぞ? 規律違反だからな」
そう言うとジュエルは、反省しているのかしていないのか、どっちとも判らない笑みを浮かべて首を傾けると、
「ラルク、いつお肉連れてってくれるの?」
可愛さを武器に話題をすり替えた。
「……はぁ……言うこと聞いてくれれば、一応もっと楽しくて美味そうなことも考えてるんだが……」
「ジュエル、言うこと聞くの! ラルクの言うこと聞くから、それ、連れてって欲しいの!」
リューイ族の扱いが、多少ではあるがわかり始めた俺は、ジュエルのことはとりあえず食べ物で釣ることに決めた。
さあ、いよいよ初日か……。
新品の制服は、見事なまでに身体に適合していた。
少しの違和感もなく、どんな動きをしようが邪魔にはならない。
なんならこの制服を着たまま素振りを千回したとしても、まったく阻害されることはないだろう。
白地に青の刺繍が入ったこの制服は、近衛兵にも匹敵する影響力を持つと聞く。
一本線ともなれば貴族ですら道を譲るそうだ。
四本線であったとしても、都中の人から羨望の眼差しを向けられるというが……
線なし──。
俺は一クラスである限りは線なしであってもまったく気にならない。が、『生徒から揶揄されるかもしれない』とレナウン先生は言っていた。
そのことに関してだけは問題になってくるかもしれない。
無論、揉め事の種になる可能性があるからだ。
まあ、紅白戦までの辛抱と言っていたからな……
それまでは下手に出ていた方が面倒事にはならないかもしれないな……
そんなことを考えながら小道を歩いていると、
「へ、へいラルク! きょ、今日もいい天気だね! ご、ご、ご機嫌にしてるかい!」
突然後ろから勢いよく肩を叩かれ、その痛さに驚いて振り返った。