第10話 遥か昔──
学院の敷地を出た俺は、コンスタンティンさんに諸々の礼を言っておきたいと考え、城を訪ねた。が、あいにく留守にしているとのことで会うことは叶わず、この後どう時間を潰しものかと思案を巡らせた。
試験の結果がわかる五の鐘まではまだだいぶある。
コンスタンティンさんの館に行ってロティさんの治療を試してみる、というのもあるが──
でもそれには時間が足りないか……
ロティさんの治療には修行中に思い出した『九字』を最後まで切る必要がある。
まだ最後まで詠唱したことがないのでなにが起こるかわからないから、不測の事態に備えて時間はたっぷり取っておきたい。
本音を言えば、ぶっつけ本番になる前に一度試しておきたいのだが──なかなかその機会がなかった。
「もっと早く思い出していたらステアとの契約も楽にできたのにな……」
地の精霊、テラステアとの死闘を振り返り、背筋に寒いものが走る。
「あんな思い、もう二度とゴメンだよ……」
ぼそっとぼやくと、ステアが俺の頬をそっと撫でる。
「わかってるよ、相応しいか試しただけなんだろ?」
そう言い苦笑いを浮かべると、光の珠は、すっ、と消えた。
四柱目の精霊となるステアと契約を結んだ際、灰色だった俺の髪は漆黒に染まってしまった。
その前、火の精霊フランと契約したときには灰色になってしまったのだが、今は完全に黒一色になってしまっている。
そして四柱の精霊との契約を済ますと同時に、俺は前世のことを思い出した。
黒禍倞──。
まだすべてを思い出せたわけではないが、やはり俺は師匠の見立てた通り、黒禍倞だった。
黒禍倞の魂がラルクロア=クロスヴァルトの魂となって生まれてきた、というべきなのか。
そして黒禍倞こそが、無魔の黒禍であった。
──遥か昔のことだ。
地球という世界の日本国という国の学生だった黒禍倞は、幼馴染である黒禍深逢を失った。
深い悲しみに襲われた黒禍倞は、どうにかしてもう一度黒禍深逢と逢うことができないか考えた。
思考に思考を重ね、ありとあらゆる方法を試みる。
黒禍倞は普通の学生ではなかった。
学生とは別に、国の要職である『内閣府直属、特殊魔術武装部隊、第一等特別魔術師』という肩書きも持っていた。
その立場ゆえの権力や人脈、すべてを使い、黒禍倞はついにあるひとつの仮説に行きついた。
黒禍深逢の魂は地球とは異なる世界、異世界に迷い込んでいる──と。
その仮説が正解であることを信じて疑わなかった黒禍倞は、世界を超える決断をする。
黒禍深逢の魂との邂逅を果たすために──。
その世界が、今俺がいる世界というわけだ。
だが、そこから先が思い出せない。
どのような手段でもってこの世界へ移動してきたのか。
ひとりで来たのか。
それとも誰かと連れ立ってやって来たのか。
黒禍深逢と出逢うことができたのか。
そして、なぜ国に尽力したというのに最終的には酷い殺され方をしたのか。
黒禍倞と無魔の黒禍とは同一の人物である──ということは薄っすらと記憶にあるのだが、それらのことがどうしても思い出せないのだ。
それともうひとつ、黒禍深逢を失った原因も思い出せずにいる。
その部分の記憶だけ墨で黒く塗りつぶされているかのように暗い闇となってしまっているのだ。
黒禍深逢を失うことになった理由は、この世界と関係があるような気がしてならないのだが、肝心なところは真っ暗でなにも見えない。
そのことを思い出そうとすると、決まって暴走しそうになる。
全身が力み、心がどす黒い感情に支配されそうになるのだ。
それはあの夢を見た後と似たような感覚だった。
黒禍深逢が殺される夢──。
あの夢が実際に起こったことだとするのならば、黒禍深逢は目を覆いたくなるほど無残な殺され方をしたことになるのだが──そうでないことを祈りたい。
師匠は『なにかのきっかけで思い出すかもしれないから今気を揉んでも仕方のないことだよ』と言っていた。
そしてここからは俺と師匠の憶測になるのだが、この世界にやってきた黒禍倞、つまり無魔の黒禍の魂が何千年という時を超えてラルクロア=クロスヴァルトの魂となってこの世に生まれてきた、ということらしい。
俄かには信じられない話だが、俺の記憶がそれを証明している。
七年前の師匠の考えは間違ってはいなかった。
俺は邂逅者であったというわけだ。
黒禍倞の記憶を思い出したとき、俺はおかしくなりそうだった。
だが、『すべてはこの世の理そのものである精霊様のお導きだよ』という師匠の言葉と、揺り動かされる俺の心を温かく包んでくれた精霊たちのお陰で、どうにか自我を保つことができた。
なぜこの時代に生まれ変わってきたのかはわからないが、俺は師匠の言葉に従い、精霊の導きのままに進むつもりだ。
世界を超え、時を超えてやってきた魂のためにすべてを解明したいと考えている。
そして黒禍倞がこの世界で為せていないことがあるのならば、さらにそのことを精霊たちが望むのであれば、俺はこの身でそれを全うしようとも覚悟を決めている。
すべてを思い出したときのために精霊が側にいてくれているのだろうから。
だが、その壮大な目標の前に俺にはやるべきことがある。
大切なふたりを助けるために必須となる魔法科学院への入学だ。
「受かるとは思うんだが……」
いつの間にか城から遠く離れた場所まで歩いてきていた俺は、ポケットの中から受験票を取り出して一瞥すると、夕飯をとれる店を探すことにした。