第8話 入学試験 2
次に案内された試験会場は、森の中の小道を進んだ先、木々が大きく開けた場所にある魔法競技場と呼ばれる施設だった。
四区画ある魔法競技場は学院の生徒たちが魔法の授業や修錬を行う施設らしい(学院内の対抗戦や武術科学院との交流試合を行う大闘技場は別にあるそうだ)。
俺たちは受験番号順に四つの集団に分けられた。
といってもひとつはすでに実技試験を始めている。
例の貴族たちと思しき集団だ。最も奥の施設にいるので正確には数えられないが、ざっと百人はいるだろうか。
よって俺たちが分けられる集団は三つだ。
ひとつの集団が約三百人ほど。
俺は自分の番号を確認して、一番左端の第四競技場の前に向かった。
競技場は四区画とも六角形をしており、六つある角には印の刻まれた石柱が高くそびえている。
そして石柱と石柱を結ぶ面には、ぼやっ、と霞む透明な壁のようなものが張り巡らされていた。
「──魔法障壁……」
おそらくそうだろう。
四つの競技場すべてに張られている障壁はそれだけでかなりの技術を要する。
一度、御者を務めていたデニスさんの魔法で見たことはある。が、それを常時行使し続けているとなると、相当高位の魔法師が必要になるはずだが──
「あの石柱……魔道具か……」
そう見当をつけ、ぼそりと呟くと
「正解! 君、凄いね! 名前は?」
案内係を務めていた上級生に、ふいに声をかけられた。
「え? ラルク……ですが……」
そう答えながら、ちら、と肩口に目をやると一本の線が刺繍されている。
活発そうな女性──何学年かはわからないが、学年での最高階級、【一本線】の生徒だ。
「ふぅん、ラルククン、ね、やっぱりその黒髪と黒眼はクロカに憧れて真似してるの?」
「え?」
唐突の質問に面食らい、俺は上級生の顔を凝視してしまった。
「あ、違うんならいいや。キミもクロカ世代みたいだから影響されちゃってるのかなって」
キミも……? クロカ世代……?
言葉の真意を探ろうと、さらに上級生の表情を窺おうとしたが
「──はい! じゃあ説明するからこの班の人たちは集まって!」
上級生は俺の前から移動し、全員に聞こえるような声で説明を始めてしまった。
仕方なく俺もその列に並ぶ。
「私はこの班を担当する三学年のアリーシアよ! 今から実技試験の説明を行うから、よく聞いてね!」
ざわついていた受験生たちが、しん、と静まり、上級生の説明に傾注する。
「試験はいたって簡単。競技場の地面に書かれている円の中から、あそこに見える大きな鐘に向かってキミたちが行使できる最大限の魔法を放つ、それだけ。円に入る前に私に受験票を渡してね。で、円に入ったら、名前、行使する魔法、古代魔法師か現代魔法師かを大きな声で申告すること。魔法師の階級は言わなくていいからね。鐘に魔法が当たったら鐘の上部にある石板に数値が出るわ。その数値というのはキミたちが行使した魔法の威力、つまり数字が大きければ大きいほど魔法の力が強い、というわけね。もちろん数値の高い順に合格が決まるから、そのつもりで頑張って。──はい、ここまでで質問がある人!」
「はい! 質問いいですか!」
手を挙げた受験生に対し、上級生は「はい、そこのキミ、どうぞ!」と指をさす。
「俺は現代魔法師なんですけど、それじゃあ古代魔法師の方が有利じゃないですか! だって高価い魔石を使えばそれだけ大きな数字が出るわけですから!」
「うん、うん」とあちらこちらから賛同の声が漏れる。
「そのことなら大丈夫よ、あの鐘は魔道具なの。ちゃんと当たりさえすれば、魔石の質に関係なく、純粋な魔力だけが数値化されるわ。そのかわり、ちゃんと鐘に当ててね? あ、心配しないでいいわよ、外しても大丈夫だから。この競技場に張られた障壁は魔法を吸収するから思いっきり放っていいかわよ? た・だ・し・外した時点で不合格が確定しちゃうから気を付けてね?」
「今年の受験者は八階級以上の受験者だからそんな失態は見せないと思うけど」と上級生が質問に応じると、現代魔法師たちは納得したのか静かになった。
「──質問がないようなら試験を始めるわ! 全員競技場の中に入って!」
競技場の中に入ると五人ほどの学生と教員らしき男の人がふたり待機していた。
あの人たちも試験を手伝うのだろう。
「はい、じゃあ早速始めるわよ! 八百番から順に円の中に入ってもらうから、次の人はその後ろで待機していてね!」
一番手は受験票番号八百番の受験生だ。
俺と同じ年ほどの女の人は、おずおずと緊張気味に上級生に受験票を渡し、円に入ると
「ナ、ナンシーです。えっと、火炎球を行使します。現代魔法師です……」
消え入るような声で説明する。
すると奥にいる教員が「聞こえないぞ! もう一回!」とダメ出しをする。
ナンシーと名乗った受験生は
「ナンシーです! 火炎球を行使します! 現代魔法師です!」
吹っ切れたように声を張った。
そして両手を胸の前に組んで詠唱を始める。
ややあって行使するタイミングが整ったのか、両方の腕を前方に突き出し、
「──火炎球!」
と叫んだ。
ナンシーの前に現れた火球は一直線に鐘に向かって飛んでいく。
そして円から百メトルほど離れた場所にある鐘に見事当たると、ゴォン、という鈍い音が鳴り響いた。
そして上級生の説明通り、鐘の上部にある石板に数字が刻まれた。
──68。
これが彼女の最大限の力で行使した魔法の威力なのだろう。
それを数人いる係りの者が記録している。
ナンシーは上級生に向かってぺこりと頭を下げると円から出た。
今の時点で彼女の出した68という数字が高いのか低いのかはわからない。が、満足そうに頷く上級生を見るに、さして悪くはない数字なのでは、と思われた。
「──はい次! まだたくさんいるんだから次々行くからね! 終わった人は帰っても構わないし、邪魔にならないようにするなら他の人の試験を見学していても構わないわよ!」
上級生がそう説明を加える。
ナンシーが下がると後ろに控えていた男の受験生がナンシーに倣い、魔法を行使した。
放った魔法は火球。派閥は古代魔法派。
ひょろひょろと飛んだ火球は鐘に当たりはしたが、鐘の音はかすかにしか聞こえてこなかった。
──12。
次の受験生の数値は21。
その次は27。
ナンシーの68よりも数値が低かった受験生たちは項垂れて円から出る。
これでナンシーの68はそこそこ良い数値なのだろうことがなんとなくわかった。
最低でも68付近まで出さないと、八十人の合格者の枠に入ることは厳しいということだ。
彼らの諦め顔も無理からぬことだろう。
いや、しかし、一番奥の試験会場では百人ほどの貴族たちが試験を受けている。
その全員が68より高い数値を出すことだってあり得るのだから、ひょっとするとこの班からは、というか貴族以外の班からは合格者が出ない可能性だってあるかもしれない。
まあ、貴族の血は強力な魔法師を生み出すために紡がれているからな……
弟のマーカスだったらどれくらいの数字を出すんだろう、などと考えていると、
「すみません。あの鐘を壊してしまっても罰則はありませんか!?」
なんとも豪胆な台詞が聞こえてきた。
一同が注目する先に俺も目線を向けると、なんとも線の細い受験生が円の中に入っていた。
長い金色の髪を後ろでひとつでまとめており、ぱっと見では女に見える。が、声は確かに男の声だった。
名前はすでに言い終えた後だったので声だけで判断しなければならないが、さっきの声があの人物の声ならば男であることは間違いないだろう。
「ハハハ! 威勢がいいね! えっと、フレディア……クン? クンでいいんだよね?」
「……はい、僕はれっきとした男ですが……」
「うん、フレディアクン、キミの心配はいらぬ心配だよ! なにせあの鐘は第一階級魔法師の魔法にも耐えてきた逸品だからね! まあ、壊すつもりで挑む、という姿勢は大事だけどね? もし壊してしまっても隣の競技場に移動するから、やっちゃっていいわよぉ?」
「──そうですか。わかりました。それと、過去最高の数値を教えていただくことはできるのでしょうか」
「過去最高はねえ、大昔に921という数字が出たらしいけど、本当かどうかはわからないわ、尾ひれが付いて伝わっているだけかもしれないしね。ちなみに最近だと今四学年【一本線】にいるヴァレッタ先輩が出した733が最高かな」
921とか733とかいう恐ろしく大きな数値を聞かされたため、場が騒然となる。
ナンシーが出した68ですら霞んでしまうほどに、貴族との圧倒的な力の差を見せつけられた、と。
そのヴァレッタという四年生がどういう人物なのかは知る由もないが、おそらくは高名な貴族だろう。
「──そうですか。ありがとうございます」
確かに男であっていたフレディアという受験生は、聞いた数値に顔色一つ変えることなく詠唱を開始する。
「──奔れ! 聖なる光の矢!」
驚くほど短い詠唱の後に叫ばれた魔法の名は光属性のものだった。
ここにいる者の何人がその魔法を目視できただろう。
まさに光の速度で放たれた矢は、瞬きをする間もなく鐘を穿ち、
──グォオオオオン!
凄まじい音を周囲に轟かせた。
受験生全員が堪らずに耳を塞ぐ。
石板に表示された数値は
──729。
「──おおッ!!」
その瞬間、競技場がわっと湧いた。
上級生の言う通り、鐘を壊すことこそ適わなかったが、733という四学年【一本線】に限りなく近い驚くべき数値を出した。
これほどの光属性魔法を……
本来光属性魔法は、その代表的な魔法である伝報矢をみてもわかるように、攻撃用魔法としては適していない。
暗闇を照らしたり、迷宮内で道に迷わないよう標を残したり、と、補助的な役割として使用する魔法師が多い。
それを僅か短期間の詠唱であそこまで集束させ、一本の矢として放つとは……。
驚嘆に値する完成度だ。
俺も他の受験者同様、目を瞠りフレディアに注目する。
だが当のフレディアは結果に満足がいかないのか、奥歯を噛んでいつまでも鐘を睨みつけていた。
「なかなか凄いものを見せてもらったよ! はい! 次!」
上級生は事務的に試験を進めようと手を振り、次の受験生に場所を譲るよう促す。
フレディアは険しい表情のまま下がると、腕を組んだ姿勢で石柱にもたれかかった。
どうやら自分の番が終わっても帰らずに、このまま続く受験者の試験を見学していくようだ。
次の番の受験生はなんともやりづらそうに円に入った。
その後は特別目を見張るような魔法を放つ者は現れず、徐々に俺の番が近付いてきた。