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第119話 幼少編 最終話 しばしの別れ



「イリノイ婆さん、聖女エミル、カイゼル、そしてキョウ、この度はよくぞ都を護ってくれた。陛下だけではなく俺からも礼を言わせてもらいたい。まあ、今回の騒乱のすべてが解明されたわけではないからな、いろいろと後始末が面倒っちゃ面倒だが、残務的なものはすべて我々に任せて欲しい。──ああ、そうだ、褒美の品に関しては後日達しが出るからな、大いに期待してくれよ?」


 いったん言葉を切ったモーリスが


「──それでは、英雄キョウと青の都に乾杯!」


 高々とグラスを掲げる。



 城で行われている晩餐会を抜け出してきたモーリスとミレサリア殿下が加わり、コンスタンティン邸での食事会が再開となった。



 モーリスが祭りにあわせて城へ戻ってきたのは、身分を隠して遂行していた王の勅命を終えたからだそうだ。

 偶然僕と出会ったときも、出奔して遊び歩いていたわけではなく大事な任務の最中だったらしい。

 そのことは陛下を含めて数人しか知らないと言うから、僕にも本当のことは説明できなかったそうだ。

 シリウスという国の要人がスレイヤ王国に亡命してそれがなんとかかんとか、と言っていたが、正直僕には縁遠い世界の話でよくわからなかった。

 最後にモーリスが含み笑いをしていたのが多少気になったくらいだ。



 モーリスは水色の髪の僕をひと目見て、すぐに僕がラルクだと気が付いたそうだ。

 やはりモーリスにはなにか特殊な能力があるのか、と疑いたくもなる。

 御者のデニスさんは冒険者街で息抜きをしているという。

 ここに来てくれればいいのに──とも思ったが、『男爵の家の食事会に参加する』なんて、逆の立場だったら間違いなく断る。

 だから明日にでも目立たない格好をして僕の方から会いに行くことにした。

 デニスさんにはモーリスの素性を教えていないらしい。

 モーリス的には教えても構わないそうだが、この国の王子だと知ってしまったら今までのようにお忍びで外出したいときに気軽に御者を引き受けてくれなくなってしまう、と、話すことを躊躇しているそうだ。

 僕は、今後もあっちこっち振りまわすつもりなのか──とデニスさんを気の毒に思ったが、デニスさんも固定客がいた方が収入面で安定するだろうと考え、『そのときは相場の倍の値を払ってあげて下さいね』と、余計かもしれないお節介を焼いておいた。



 モーリスが参加したことで、僕は自分の荷物の中にあった虹香茸を提供することにした。

 お師匠様が調理を引き受けてくれたので、前から頭にあった『モーリスにお師匠様の料理する虹香茸の炭火焼を食べてもらいたい』という念願が叶ったことになる。

 僕の想像した通り、モーリスはお師匠様に飛び付く勢いで、虹色に光るキノコの調理方法を尋ねていた。

 そう簡単には聞き出せないんじゃないかな、と思ったが、意外なことにもあっさりと教えてもらっていたことには驚かされた。

 さすがはモーリスといったところか、彼は人の懐に入り込む天才だ。


 モーリスは、お師匠様とカイゼルさんとはまだモーリスが幼いころにスレイヤ城で一度出会ったことがあるそうだ。が、エミルとは初対面らしい。


 ちなみにミレサリア殿下だが、エミルとはブレナントの街で面識がある。

 前に聞いたが、何年か前、聖女と称えられるエミルに会いに行ったそうだ。

 当時のことを懐かしむように、殿下とエミルが楽しそうに会話を交わしていた。

 お師匠様とカイゼルさんとは、殿下が生まれた直後に会ったことがあるらしいが、殿下本人は憶えていないとのことだった。



 今はモーリスもミレサリア殿下も魔道具を取って素顔をさらしている。

 コンスタンティンさんがパティさんたちに、このことは口外しないよう念を押していたが彼女たちならそんなことをせずとも大丈夫だろう。

 だからこの場で姿を欺いているのは僕とコンスタンティンさんのふたりだ。

 僕の場合、魔力がないからここで魔道具を取ってしまうと、腕輪に魔力が溜まるまで使用できなくなってしまう。

 僕はそのことに多少負い目を感じつつも『庵に帰るまでは変装を解くわけにはいかないので』と、みんなには了承してもらった。



 『この場だけでも気を使わないで欲しい』と言うモーリスとミレサリア殿下を中心に、終始和やかに時間は過ぎて行った。 






 ◆







 しばらくすると支度を済ませたロティさんが庭に出てきて円卓の席に着いた。


 これで全員が揃ったことになる。


 ロティさんは、外に出るのは何年かぶりのことらしいので、最初はおどおどしていたが、元々は活発な性格なのか、すぐにみんなと打ち解けていた。

 さすがにこの国の第二王子と第二王女が同席していることを知ったときには驚きのあまりグラスを落としてしまっていたが。


 僕とお師匠様の間にミレサリア殿下とモーリスが座り、お師匠様とコンスタンティンさんの間にロティさんが座った。


 しかしカイゼルさんとモーリスの食いっぷりは見事なもので、お師匠様が焼いた虹香茸はもちろん、パティさんが用意してくれていた食材もすべて綺麗に平らげてしまっていた。 






 ◆





 

 六の鐘が鳴った時分、酒も料理も綺麗に片付き、そろそろ食事会もお開きになる、といったところに


「──キョウ様! 卵が動いています! 急いでいらしてください!」


 パティさんの一番下の妹のサティちゃんが駆けてきた。


 一日ばかり早いけど、もう生まれるのかな? 


 僕は少し席をはずすことを断り、パティさんとサティちゃんと厨房に向かうと、


──パリ、パリパリ


 まっ黒な卵の殻にひびが入り始めいていた。


 なにが生まれてくるんだろう──。

 

 パティさんとサティちゃんも興味津々といった表情で籠を覗き込んでいる。


 そのまま無言で見守ることしばし。

 殻の一部が完全に割れて、中から生き物が顔を出した。

 怪しい異国の商人からクレール銀貨一枚で購入した卵から生まれてきたのは──


『──ウニャァ』


「──え!?」

「うわぁ! 可愛いぃ!!」

「猫ちゃんだ! 子猫ちゃんが生まれてきた!」


 なんと猫だった。

 猫と言っても


「──ね、寝小丸さんじゃないか!」


 見覚えのある猫、そう、寝小丸さんをそのまま、ぎゅうっ、と小さくした猫だった。

 大きさこそまったく異なるが、寝小丸さんそのものだ。


『うにゃ』


 鳴き声も寝小丸さんそっくり。

 僕が撫でると嬉しそうに目を細めるところも似ている。


「キョウ様、この子はお腹が空いているようですが」

「あ、ああ、なにかあげられるようなものは……」

「パティお姉さま、猫ちゃんは馬の乳を飲むのです!」


 サティちゃんの知識でパティさんが馬乳を持って来た。

 それを水で薄めて猫の鼻先に近付けると、ものすごい勢いで飲み始める。


「か、可愛い! こんなにちっちゃい子猫を見るのは初めて!」


 普段はきりっとしているパティさんが悶えながら猫を見ている。


「でも、僕が知ってるのと同じ種類の猫だとしたら、ものすごく大きく育ちますよ、この猫……」


 僕は、たぶん今も庵の入り口で大岩のように丸くなっている寝小丸さんを想像して苦笑した。


「可愛いね! パティお姉さま! 名前! この子の名前は!」


 サティちゃんが馬乳を飲む猫を見て嬉しそうに飛び跳ねる。


「キョ、キョウ様、どうされますか?」


 パティさんは冷静を装ってはいるが、視線はちらちらと猫を追っている。

 もう抱っこしたくて堪らない、といった様子だ。


 そんなふたりを見て僕はコンスタンティンさんにひとつお願を聞いてもらおう、と、この場をふたりに任せて食事会の席へ戻った。







 ◆








「──ということで、ロティさん、今はまだ僕は貴方を従者にすることはできません」


「──しゅ、ぎょ、う……」


「はい、修行に専念してロティさんの目を回復できる力を必ず手に入れて見せます。呪いを解く力を。ですからそれまで、ロティさんの目の代わりになるように、この猫を預けます」


 僕はそう言って、コンスタンティンさんからこの館で飼う許可をもらった猫をそっとロティさんの手に抱かせた。

 そのときコンスタンティンさんが、自分の腕輪を擦りながら哀しげな表情を見せたが、それがなぜなのかはわからなかった。


「──ね、こ……で、す、か……?」


 子寝小丸(本当は魔物?)はお腹がいっぱいなのか、くうくう言って眠っている。


「はい。名前はロティさんが決めて下さい。とても賢い猫に育ちますから、生活がぐんと楽になると思いますよ?」


 この猫の種類を知る人はこの場にはいなかった。

 お師匠様でさえ知らないのだから無理もないのだが。

 だが寝小丸さんと同じく賢くなることには変わりないだろう。


「必ずロティさんの呪いを解いてみせます。ですから、それまではどうかこの猫と待っていてください」


「──せ、い、じゃ、さ、ま……」


 子寝小丸を優しく撫でたロティさんは、納得したかのように頷くと


「い、つ、ま、で、も、お、ま、ち、し、て、い、ま、す……」


 そう言って頭を下げた。


 これでまた僕が強くならなければならない理由がひとつできた。

 

 加護魔術の力を強めてロティさんにかけられた呪いを解く──。 


 

 その後、お開きとなった後もロティさんとパティさん三姉妹の四人は猫の名を夢中で考えていた。


 




 ◆





 翌日──。


 エミルの提案で女装をした僕は、完璧な変装に満足しながら(開き直り)、デニスさんとの挨拶を済ませた。

 「そんな趣味があったのか!」と半歩下がったデニスさんに事の次第を説明するのは一苦労だった……。

 

 お師匠様もエミルもカイゼルさんも予定があるので僕ひとりで街をうろつき、寝小丸さんのお土産も購入した。



 そして──


「じゃあ、モーリス、水晶貨八枚渡します。本当にあまり大きな家は必要ないですからね? 余った分は孤児院と治療院に寄付してください」


 青の都を出発する前に、城門前で待ち合わせた髭面仕様のモーリスに革袋を渡した。


「おう、任せろ! 女を連れ込めないような汚くて小さい家にしてやるよ」


「……お兄さま?」


「ば、ばか、リア! 冗談だ、冗談ッ!」


 やはり無魔の僕では水晶貨は使えなかったため、どうしたものかとお師匠様と相談したところ『それなら褒美と合わせて都に屋敷を買っておけ』と言われたのだ。

 その話を横で聞き、『それなら俺に任せろ!』と胸を叩いたモーリスに一任したのだが……。

 正直、心配でたまらない。


「モーリスじゃないんだから女の人なんて連れ込みませんよ!」


 まあ、水晶貨の使い道など他には考えられないし、屋敷はあればあったで困らないだろうけど。





「ラルク、実際に頼ることはなくとも形式上、お前はリアの近衛だ、下手にちょっかいを出す奴はいないと思うが、気を付けろよ?」 


「はい、モーリス。お師匠様もいますし、カイゼルさんもエミルもいますから、それに僕は修行があるから、貴族の相手なんてしていられませんよ」



 お師匠様とエミルはまだ用事が済んでいないらしく、あと数日は都に残るそうだ。

 カイゼルさんはレイクホール辺境伯の護衛として三日後にここを発つ。

 それまでは冒険者街の()()をするそうだ。

 僕が冒険者街の惨状を話して聞かせたら、『いつの間にそんなに弛んだんだ!』と怒りを見せていた。

 冒険者街も昔はもっとまともだったらしいが、高位の冒険者の威光が弱まってしまった今、あの一角は無法地帯となってしまっているそうだ。

 カイゼルさんは『半日もあれば()()()()綺麗に掃除して見せよう!』と大槍を地に叩きつけていた。



「──修行ってお前、まだ強くなるつもりなのかよ、そんなに可愛いのに」


「モーリス? これはエミルに言われて仕方なくやった変装なんですけど? 強くなるのに外見なんて関係ないですから」


「ハッ! なんだか少し見ない間に大人になったな、ラルク。 ──でもお前、ガキのころからそんなに力んでいると禿げるぞ?」


「構いませんよ、髪なんかより大切なものが僕にはたくさんありますからね」


「何だよ、お前そんなくさいこと言うようになっちまったのか? ったく、本当にお前七歳なのかよ」


「はは、もしかしたら……モーリスより年上かも知れませんよ?」


 冗談めかしてそう言いうと


「──ラルクロア様……お兄さまより年上なんて……それではおじさまになってしまいます!」


 ミレサリア殿下が紅い髪を揺らし、ぶんぶんと首を振る。




「ではモーリス、えぇと、リア……、僕は修行に戻ります。リアの危機の際には駆け付けますので、その際には──」


「何だよ! お前らめんどくせぇな! んなこと言ってねぇでほらっ!」


──ドンっ!


 モーリスが僕の背中を勢いよく押す。

 すると僕とミレサリア殿下の距離は鼻先が触れ合うほどに縮み、


「──あ、ぉ、お元気で……」


「──は、はい!!」


 ふたりの間に甘酸っぱい空気が流れた。



 

 解決していないことはまだたくさんあるが、お師匠様から指示された『無魔の黒禍』の騒動に決着を付けた僕は、ふたりに別れを告げ都の門へと向かった。



 

「さあ、明日からはまた寝小丸さんと一緒に修行だ!」






 幼少編  完







 

お読みいただだき、ありがとうございました。

これにて幼少編の終了となります。

最後は幕間がなくなったり二転三転してしまいましたが、ここまでお付き合いいただき感謝です。


次編は一気に時が進んで七年後、十四歳になったラルクが活躍する予定です。

少しお時間をいただきますが、ブックマークはそのままにお待ちいただけると幸いです。



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